電車から降りると、むっとした熱気が俺の体に絡み付いてくる。 どうせ絡まれるならさっきのような美人に絡まれたいものだが……。 そんな馬鹿な事を考えながら、俺は改札を通過して、外に出る。 そこは郊外とはいえ、東京。駅前には大手デパートをはじめとして、様々な店がひしめき合っていた。 もう一年も東京にいるというのに、未だに高いビルがあると上を見上げながら歩いてしまう。 それがいけなかった。 《ドンッ!》 「きゃっ!」 「うわっ!」 誰かと思いっきりぶち当たった。 やばいな……そう思って相手の方へ顔を向ける。 「いったたた……」【早苗・苦痛】 女の子は尻餅をついたらしく、そのままの体勢でこちらを睨んでいる。 「ちょっとあんた、どこ見て歩いてんのよ!」【早苗・怒り】 「すまん、悪かった。大丈夫か?」 そう言って俺は手を伸ばす。 女の子は一瞬ためらってから、手を取らずに自力で起きあがった。 「はぁー……買い物袋は無事みたいね。……あんた、次からは気をつけなさいよね」【早苗・安堵→睨み】 こちらを睨みながら、女の子はそう言った。 「ん……ああ」 「返事はしっかり! 親に習わなかった?」【早苗・怒り】 「ぇ、う、はい」 どこかで聞いたようなセリフと、オーラに気圧されて俺はついつい素直に従ってしまう。 「よろしい。じゃ、そういうことでね」【早苗・納得】 そして、女の子は立ち去ろうとした、が。 「……っ!」【早苗・苦痛】 歩き出そうとした刹那、女の子は顔をしかめた。 「うん? どっか痛むのか?」 「べ、別にそんな事ないわよ!」【早苗・焦り+照れ】 「そうか……?」 言葉とは裏腹に、女の子はいつまで立っても歩き出そうとしない。 「肩でも貸してやろうか?」 「なっ……!?」【早苗・驚き+照れ】 女の子が一瞬硬直した。 「い、いいいいらないわよそんなの!」【早苗・焦り+照れ】 「でも、歩けないんだろ?」 「うっ……」【早苗・弱気】 「それに、その袋……買い物か何かだよな。早く帰らないとまずいんじゃないか?」 そう言って、俺は肩を差し出す。 女の子はしばらく思案するように、目線をキョロキョロと動かした後、 「あ、あんたがどうしても貸したいって言うから借りるんだからね! 別にあたしが借りたいわけじゃないんだから!」【早苗・怒り・頬高潮】 と言って、おずおずと俺の肩に腕を回してきた。 この後に及んでこの態度とは、意地の張る奴だな……。 そう思って、改めて顔を見る。 ……あれ? よく見るとコイツ……結構かわいいんじゃないか? 短めの活動的な茶髪に、くりっとした瞳。肌は白くて、頬はうっすらと朱に―― 「何じろじろ見てるのよ……気持ち悪いわね」【早苗・怪訝】 ……前言撤回。いくら外見が良くても口の悪さのおかげで台無しだな。 「ほら、さっさと歩いて、あそこの店だから」【早苗・通常】 そう言って、女の子は割と小さめの喫茶店を指さした。 ――女の子と二人で密着しながら歩くというのは、中々視線を集めるものらしい。 俺は電車内での惨劇があるからまだしも…… チラリと女の子の方を見る。 するとやはり、女の子は下を向いて歩いている。 「なぁ……ここだよな?」 俺の言葉に反応して、女の子は顔を上げた。 「あ、……えっと、裏口からにしてくれない?」【早苗・驚き→通常】 「裏口?」 「入り口の脇から抜けていけばあるから」【早苗・通常】 なるほど、確かに店の入り口の横から細めの道が続いている。 だが……。 「これ、二人で並んでたら通れないよな」 「うーん……そうね……でもこの距離なら片足でも行けるから」【早苗・思案→通常】 「ん、そうか……」 そう言って、女の子は俺の肩に回していた腕をほどく。 女の子はそのままケンケンと裏口の扉の前まで行き、それから俺の方を向いて、 「えっと……できたら店に寄って行ってくれない?」【早苗・照れ】 「うん?」 「お、お礼とかそんなんじゃないわよ! 元々あんたのせいで転んだんだから! ただ……」【早苗・焦り+照れ→弱気】 女の子はそこで沈黙した。 「何だ……? 何もないなら帰るぞ。こちとら重い荷物があるんでな」 そう言って、俺は持っていたスーツケースに目をやる。 「え、ちょ、待ちなさいよ! せっかくあたしが……」【早苗・焦り】 と、女の子はそこでまた口をつぐむ。そして、【早苗・驚き】 「いいわよ! 帰ればいいでしょ! もう!」【早苗・怒り+照れ】 何なんだよ一体……。そう思って俺は、 A.帰る事にした。 B.店に入ることにした。 Aを選んだ場合。 「わかった。じゃあ帰るぞ」 そう言って、俺は踵を返す。後ろから何か声がしたような気がしたが、無視することにした。 そして、今来た道へともど……。 《にゅっ》 「ううわあああああ!? 人がいきなりにゅって出てきた!?」 「まあまあ、君、待ちたまえ。せっかくだからゆっくりしていってくれないか?」【店長・笑顔】 突然出現した壮年の男性は、革のベストに革のパンツを着用。 さらにポリスキャップ、サングラスと端から見るととんでもない格好をしている。 「ほらほら、人の好意には甘えるものだよ、少年」【店長・笑顔】 腰を上下に振りながら、男は言う。 ここから逃げることはできない――! 直感的にそう思った俺は、観念して店の中に入ることにした。 Bを選んだ場合。 「わかったわかった。そこまで言うなら店に行くよ」 俺は半ば呆れながらそう言った。 「ちょ、どっちなのよ! もう!」【早苗・驚き→怒り+照れ】 「だから行くって」 「来るのね! 来るって言ったんだから来なさいよね!」【早苗・怒り+照れ】 「おーぅ」 俺は片手を上げて応える。 それを見届けてから、女の子は裏口から店の中へと入っていった。 「ふぅ……じゃ、俺も行きますか」 誰に言うでもなく呟いて、俺は店の入り口へと足を進めた。 木製の扉を開けて、店内に入る。扉に飾られている鈴の音が店内に響き渡った。 内装は思っていたよりも広く、程よく賑わっている様子。 そして何より、冷房が効いているのがありがたい。 カウンターの席へ座り、メニューを眺める。 「――お客様、ご注文の方はお決まりでしょうか?」【里美・通常】 しばらくして、従業員らしき女の子がオーダーを取りに来た。 それと同時に、水が置かれる。 「んー……じゃあ、このアメリカンコーヒーで」 「かしこまりました」【里美・目を伏せる】 女の子は手に持っている伝票に何やら書きこんで、ぱたぱたと店の奥へと走り去っていった。 うーん、今の子もかなりかわいかったな。 黒髪のセミロングに、くっきりとした顔立ち。 どちらかというと大人しそうな……。 それにしても、電車で会った子といい、さっきの子といい、この辺りには美少女が多いのだろうか? 俺が肘をつきながらそんな事を考えていると。 「何ニヤニヤしてるの?」 と、隣から声がした。 「ん、あ、さっきの……」 ここまで連れてきた女の子だ。 「さっきオーダー取りに来たの、私の妹だから。変な事しないでよね」【早苗・怪訝】 「なっ……、しねえよ」 そんな犯罪者面をしてたか俺は……。 「ふーん……? ま、いいけど。あのさ、名前なんて言うの?」【早苗・怪訝→通常】 「俺か?」 「あんた以外に誰がいるのよ?」【早苗・怪訝】 「それもそうだな……俺は内藤隆也。内藤は普通の『ないとう』な。隆也は……河村隆一の隆に、『なり』っていう也だ」 「ふーん……なるほど、隆也ね」【早苗・思案】 いきなり呼び捨てか、この女は。 「私は阿部早苗。……って、ネームプレート見ればわかるわね」【早苗・通常】 阿部早苗……か。 「そっか。よろしく、阿部さん?」 「あのさ、あんた、年上でしょ? さん付けしなくてもいいわよ」【早苗・怪訝】 「んー……じゃあ、よろしく、早苗ちゃん?」 俺は爽やかな笑み(推定)を浮かべながら、握手を求めた。 「何ニヤニヤしてるの? ……気持ち悪い」【早苗・嫌悪】 なっ……このアマ……!! 「えと、お客様、こちらアメリカンコーヒーになります」 俺が腕を出しかける寸前、先ほどの従業員の子が、お盆を片手にやってきた。 そして、俺と早苗ちゃんとを交互に見てから、 「あのー、お姉ちゃんの友達……ですか?」【里美・怪訝】 と、こちらの様子を窺うように聞いてきた。 胸のプレートには『阿部 里美』と書いてある。 「君は……早苗ちゃんの妹さん?」 「あ、はい……そうですけど……」【里美・通常】 なるほど。似ても似つかないとはこの事だろうな。 顔といい、雰囲気といい、全然似てない……。 「ちょっと、何じろじろ見てんのよ。里美が困ってるでしょ」【早苗・怪訝】 「え、あ、ああっ、悪かった」 意識してないんだけどな。 そういう癖でもあるんだろうか。 「えっとね、里美。こいつは、私が怪我する事になった張本人」【早苗・ニヤニヤ】 なっ……! 「お姉ちゃんが?」【里美・驚き】 コイツ……なんつー紹介の仕方を……! 「そうなんだ……。あ、お姉ちゃん。さとみそろそろ仕事に戻るから」【里美・驚き→通常】 そう言って、冷ややかな目線を俺に送ってから、里美ちゃんはまたしても店の奥へと消えていった。 【改ページ】 「……なぁ、もしかして、俺嫌われた?」 「さぁ? じゃ、そろそろ私も仕事に戻るから」【里美・通常】 「仕事に戻るって、足は大丈夫なのか?」 「あ、うん。足なら大丈夫。軽い捻挫だったみたい」【里美・微笑】 と、早苗ちゃんは言いながら立ちあがる。 「そうか。まぁ、なんだ……無理はするなよ」 「無理はするなって……それ以外に言う事があるんじゃない?」【里美・睨む】 「ああ……悪かったな」 俺は座りながら頭を下げる。 いくらムカつく女とはいえ、罪を認めないわけにはいかないしな。 すると、 「はっはっは、隆也君と言ったか。気にする事はないよ。早苗君はこう言ってるけど本当は君に感謝してるんだ」 垂れた頭上から声が降ってきた。 反射的にぱっと顔を上げると、そこには全身革装備にポリスキャップとグラサンの男。 「ううわあああ!?!」 こ、この人は……! 「て、店長!? ちょっ、何言ってるんですか!」【里美・焦り・照れ】 「えぇ!? この人が店長!?」 「いかにも。僕がこの店の店長。阿部高知だよ」【店長・笑顔】 なんつー怪しい店長だ……。 喫茶店の店長というか、アッチ系の店の店長と言った方が合いそうな人だな。 無駄に筋肉質だし……。 「ふふふ……ところで、隆也君。コーヒーはいつ飲むんだい?」【店長・怪しい笑顔→通常】 「えっ! ああ、飲みます! 今すぐ飲みますよ!」 パニック状態の俺はカップの取っ手を掴んで、一気に飲み干す。 ん……!? こ、これは…… 「美味い……」 ついつい本音が漏れてしまうほどの美味さ。 「僕が丹精込めて作ってるからねぇ……そう言ってもらえるとありがたいよ」【店長・怪しい笑顔】 そう言って店長さんは腰で円軌道を描く。その動きがなければもっと美味いんじゃないかと思う。 「オッケェ〜イ、それじゃ、僕は厨房に戻るとしよう」【店長・笑顔】 「ああ、はい……」 気付けば、早苗ちゃんも既にいなくなっている。 店内のお客さんも増えてきているようだ。 邪魔にならないうちに帰るとするか……そう思って会計を済ませようとしたその時。 「おっと、隆也君セーイ!」【店長・セーイ!】 「うわあっ!? な、なんですか……」 店長が俺の視界の外から唐突に現れた。 厨房に戻っていく姿を見たような気がしたんだが。 「君には早苗君がお世話になったからね、これを上げよう」【店長・通常】 そう言って、店長は革のパンツの中に手を突っ込み……ってえぇ!? もぞもぞ。もぞもぞもぞ。 店内で何をやっているんだこの人は……。 「あったあった。ほら、これ。この喫茶店の優待券なんだ」【店長・笑顔】 そう言って店長は俺の両手を取り、まだほんのり温かいプラスチック製のカードを握らせた。 「あ、ありがとうございます……」 「それから、今日はサービスとして無料でいいよ」【店長・笑顔】 「え、そんな悪いですよ」 「いいからいいから、それよりもまたきてくれよ?」【店長・笑顔】 サングラスの奥で店長の瞳がキランッと輝いた気がした。 「ああ、はい。ありがとうございました」 別れの瞬間まで、店長の腰は円軌道を描いていた。 ――今日は色々あったなぁ……。 新しい家への道を歩きながら、そんな事を思う。 俺の家は駅から大体徒歩10分ぐらいの、なかなか良い場所だ。 というのも、前に住んでいた家が道路区画整備とか言うので立ち退きにあったので、こんないい場所に住めるという事なのだが。 しかも、引越し代を除いてもウン十万という金が俺の手元に残った。 前に住んでいたところより大学にも近くなったし、あらゆる点で美味しい話だ。 まあ、その金も家賃やら何やらで消えていく事になるんだろうけどな……。 ポケットから鍵を取り出し、扉を開ける。 まだ布団もなにも敷いてないフローリングの床に、そのままの姿で寝そべる。 あー……今日は疲れたな。このまま寝ちまうか……。 そう思いながらゆっくりと目を閉じる。睡魔は思ったよりもすぐに襲ってきた。