店で適当に喋っていた間にも着々と日は昇っていたらしく、外は憎たらしいほどに暑かった。 この暑さでこれから引越し作業かよ……やってらんねえ。店を出てからわずか10秒ぐらいで額に浮かんだ汗を拭う。 ポケットから携帯電話を出し、時刻表示を見た。10時17分。13分もあれば着くだろう。とは思いながらも、俺は足早に歩いた。 別に俺が時間を守るタイプというわけじゃなく、待たせるとうるさい女がいるからな……。 ――待ち合わせの場所に着いた時、どうやらソイツは先に来ていたらしく、 ???「遅いっ!」 と早速、俺を一喝した。 ???「なんで隆也ん家の前なのに、隆也が遅刻するわけ?」 隆也「遅刻? まだ30分にはなってないだろ」 腕時計を見る。10時25分。やはり遅刻はしていない。 どうやら可奈の奴もそれに気付いたらしく、あらっ? という顔をしてから、こっちを見て、 可奈「でも、レディーを待たせるなんて男として減点よ」 そう言って、ニヤニヤ笑う。 隆也「はぁ、レディーねぇ……」 レディーは自分で自分の事をレディーなんて言わないと思うんだがな。 と、俺の思考でも読み取ったのか、 可奈「何か文句ある?」 と、こっちを睨んできた。 隆也「いえいえ、滅相もないですよ。レディーの可奈さん」 可奈「ふん……で、手伝って欲しいんでしょ? 早く部屋に案内しなさいよ」 さすがにこの手のやりとりは、付き合いが長いだけあって可奈はさっさと話題を切り替えた。 隆也「あぁ、そうだったな。こっちだよ」 そう言って、俺と可奈はアパートへ向かって歩き出した。その時、 荒巻「ちょっと待ったぁー!!」 一人の男の声が敷地内に響き渡った。 可奈「あ、マッキーいたの?」 隆也「いたのか、荒巻」 振りかえるとそこには、中肉中背の、見覚えのある男。 荒巻「お、お前ら……いえ、飯島さんは別にいいんですよ? 内藤テメェ! この俺様を……」 放っておこう。俺はそう判断して、再びUターン。可奈も同じ判断だったらしく、 隆也「行くか、可奈」 可奈「おっけー♪」 荒巻「な、ちょ、待てよ! くそっ……待てっつーの!」 ドアを開けると、殺風景な部屋が広がる。 というか、何もない。段ボール以外。 可奈「段ボールしかないわね……量はそんなでもないけど」 隆也「まぁな。整理するとさ、結構少なかったんだよ、俺の荷物」 タンスや冷蔵庫といった大きな荷物は宅急便が先に届けていてくれたため、本当に少なかった。 段ボールの中にあるのは衣服や、ゲームや、本……本? し、しまった! 慌てて俺は作業を始めようとしている可奈に声をかけた。 隆也「可奈! その段ボールは俺がやる!」 可奈「え? いいじゃない、協力してやりましょうよ」 隆也「いや……そ、そこには重要なモノが入ってるんだ」 そうだ、重要なモノが入ってるんだ! 可奈に見せるわけにはいかないっ……! 可奈「そう? じゃあ、隆也に任せようかな」 隆也「ああ、助かる!」 さっさと片付けないとな、何しろここには……! 隆也「……あれ、服しか入ってない?」 ってことは……、まさか!? 可奈「あれ? 隆也、この本……」 なぁっ! 俺とした事が!? 隆也「うぁー……それは……」 荒巻「なんだなんだ!? エロ本発見か!?」 隆也「……違うからお前は黙って作業やっとけ」 荒巻「お前、もし飯島さんにそんなもん見せたらガハッ!」 騒がしい奴には掌底だ。 可奈「へーぇ……隆也、こんな本持ってるんだぁ……」 隆也「お前もなにまじまじ見てんだよ! ほら、さっさとよこせ!」 可奈「何? 見られてそんなに恥ずかしいわけ?」 隆也「そりゃな……」 可奈の手に握られているのは、ガキの頃の俺の写真が詰まったアルバム。 写真の中の俺は笑顔を浮かべてピースしている。 可奈「あーっ! この隆也カワイイー♪」 隆也「おま、あとで見ろあとで! 今はとりあえず片付けるぞ!」 可奈「……はーい」 俺がアルバムを取り上げると、渋々といった感じで可奈は作業に戻った。 よし、俺もやらねーとな。 隆也「……荒巻、お前も泡吹いてないで早く作業に戻れよ?」 荒巻「……お花畑がぁ、おじいちゃんがー……」 だめだこりゃ。 俺は立ちあがってぐるりと部屋を見渡す。 段ボールは跡形も無く消え去って、部屋のレイアウトも完璧。 ってことは…… 可奈「終了ーっ!」 荒巻「っしゃあ! 感謝しろよ、内藤!」 隆也「ああ。ありがとよ、二人とも」 俺一人だったら数時間かかったであろう作業が、ものの1時間弱で片付いてしまった。 持つべきものは友人……つっても、片方は変人だが。 可奈「ねー隆也、ご飯でも食べにいかない? 私朝から何も食べてないんだよね」 お腹をさすりながら聞いてきた。 隆也「確かに、そろそろ頃合か」 荒巻「え、内藤限定? 俺は?」 可奈「じゃ、適当に駅前で何か食べよ♪」 荒巻「あの、飯島さん、僕は……」 隆也「おっけ。んじゃ、荒巻またな」 荒巻「え、え?」 可奈「マッキーじゃあねっ♪」 荒巻「あ、はい。じゃなくてあの、飯島さん……って無視!? 何で俺だけ置いていくの!? 何でだよ……くそっ、俺が何をしたっていうんだ……」 そして、駅への道中。 可奈「マッキー置いて来ちゃって良かったのかな?」 隆也「良かったのかな? ってお前が置いて行こうオーラを出してたんだろうが……」 可奈「あ、やっぱりバレた? だってマッキー邪魔っていうか……」 隆也「……本人が聞いたら泣くぞ。間違いなく」 可奈「んー……私ってハーフじゃない? 日本語不自由なのよ」 とか言いながら、うんうん、なんて頷いてやがる。 隆也「生まれてからほとんど日本育ちな癖によく言うな、ホント」 可奈「何よ……」 俺はなんの気なしにポケットへ手を突っ込んだ。と、 隆也「あ、あれ?」 可奈「……どうしたの?」 隆也「いや、財布」 可奈「あ、家に置いてきた? いいわよ別に、貸しにしといてあげる」 隆也「……違う、落とした」 引き返すか……そう思った時だった。 ???「あ、あのっ!」 隆也「……ん?」 一人の女の子が俺に話し掛けてきた。 ???「えっと……財布、落としました、よね?」 そう言って女の子は黒い革製の財布を俺に向かって差し出した。 隆也「え、拾ってくれたの? あー……うん、ありがとな」 俺は礼を言って、小さな手から財布を受け取る。 ???「そんな、当然の事をしただけですから!」 そう言って女の子はニコッと笑った。なんだ、良い子じゃないか。俺も笑い返す。 横目でチラリと可奈を見ると、何故か可奈は不機嫌そうな感じだった。 ???「えっと、それじゃあ失礼しま――」 立ち去ろうとした女の子の視線が止まった。 視線の先にいたのは、 可奈「あら、私に何か用?」 ???「うわ、あわわ……」 女の子は顔を赤くしたり、目をぐるぐるさせたりして、やがて ???「あの……ボク、木野村典乃って言うんですけど、弟子にしてくれませんか!」 隆也&可奈「……はっ?」 そして訪れる静寂。ややあって、 典乃「えーと……ボク何言ってるんだろ。すいません、今の、気にしなくていいです! それじゃ!」 そう言うと、女の子は俺達を追い抜かして走り去っていった。 隆也「……何だったんだ、今の子は?」 可奈「さ、さぁ……? とりあえず、財布は返ってきたんだし良かったじゃない」 隆也「まぁな……」 どこか釈然としないまま、俺達は駅へと歩を進める事にした。 隆也「――で、どこで食う?」 今俺達がいるのは、駅前。 可奈「そうねぇ……、ここは適当にマックとかにする?」 隆也「それも悪くないな」 俺は適当に同意して、ハンバーガーショップ『ストマック』(略してマック)へと向かおうと―― ???「あれ、隆也じゃない?」 声の方へ振り向く。可奈も気付いていたらしく、可奈も俺と同じ方を向いた。 隆也「あ、早苗ちゃんか」 早苗「こんな所で会うなんて奇遇ね……ところで、隣にいるのは彼女?」 早苗がチラリと可奈を見る。 可奈「えっ!? ち、違います! 違うわよね、隆也?」 そこまで顔を真っ赤にして否定されると、逆に傷付くんだが……。