//------------------------------------------------------------------------------ // prolog本文 //------------------------------------------------------------------------------ //------------------------------------------------------------------------------ // 8月1日 <一日目> //------------------------------------------------------------------------------ //------------------------------------------------- // 1-1 電車内 //------------------------------------------------- 隆也「……っと」[p] [er] 停車駅を告げるアナウンスで目が覚めた。[l] [er] 俺は寝ぼけた目を擦りながら辺りを見渡す。[l] [er] ;背景の表示 ;電車の効果音 (ガタン…ガタン…)[p] [er] 車内の窓は、目的地の風景を映し出している。[r] どうやら、もう少しで寝過ごすところだったようだ。[r] 昨日は結構大変だったからなあ。[p] [er] 隆也「ふぉぁぁぁ〜……」[p] [er] ……相変わらず眠い。[r] いっその事二度寝に入って寝過ごそうかとも考えたが、[r] いくらなんでもそうは行くまい。[p] [er] アナウンス「まもなく〜、吉祥寺〜吉祥寺〜……」[p] [er] 相変わらずの発音で車掌が繰り返す。[p] [er] そろそろ降りる準備をしなくてはいけないな。[p] [er] 足元にある馬鹿でかいリュックサック。[r] そいつを立ちながら、ひょいと担ぎ上げた。[p] [er] 隆也「おんもーっ☆」[p] [er] 引越しの荷物が詰まったそれは異常なほどに重い。[p] [er] 馬鹿げた量の荷物を見下ろしながら、深い溜め息を吐いた。[p] [er] 僅かな引越し代をケチった自分を呪う。[p] [er] 隆也「内藤隆也……一生の不覚……」[p] [er] しかし、ここでへばっていては電車を降りることも出来ない。[p] [er] こらえながら、網棚に置いたスーツケースを手繰り寄せた。[p] [er] 隆也「ぐっはっ……!」[p] [er] あまりの重さに腰が砕けそうになるが、なんとか堪えてスーツケースを床に下ろす。[p] [er] ;物を落とす効果音 ガシャンッ![p] [er] 隆也「うわっ!」[p] [er] が、最後の最後でしくじって派手に荷物を落っことしてしまった。[p] [er] ……隣に座っていたおばさんが、いかにも迷惑顔で居住まいを正す。[p] [er] 隆也「いやぁ〜……すみません……」[p] [er] 慌てて謝るが、おばさんは興味無さげに一瞥すると、持っていた単行本に目を移した。[p] [er] 隆也「はは……」[p] [er] 所在無く照れ隠しの笑みを浮かべて、何気なく車内を見回す。[p] [er] と、向かいの座席に座る少女と目が合った。[p] [er] ;立ち絵(美幸:無表情) 規則正しく揺れる車内の中で、女の子はどこか一点を見据えて座っていた。[p] [er] 少女は動かない。けれど、目蓋は忙しなくパチパチとまたたいて、さながら何かに驚いているような……?[p] [er] 隆也(……何を見ているんだ?)[p] [er] 見た目は多分高校生くらい。両隣を油ぎっしゅなサラリーマンに囲まれているせいか、肌の白さが余計に際立っている。[p] [er] 別段やましい気持ちがある訳でもないのに、不思議と俺はこの少女から目を離せられないで居た。[p] [er] 隆也(いや、だって……)[p] [er] 実は、俺はさっきからこの少女と目が合っている。[p] [er] 俺の目線と女の子の目線が合うと言う事は、つまり……、[p] [er] 隆也(この子……俺を見ているのか……?)[p] [er] ;フェードアウト・イン ;電車の音 恐らく時間にしては十数秒だと思うが、俺にとっては無限に感じた時の中で、[p] [er] 俺と少女はずっと見詰め合っていた。[p] [er] 少女(じーーー……)[p] [er] 相変わらず女の子は俺を見詰めている。[p] [er] 隆也(うーん……)[p] [er] 少女(じーーー……)[p] [er] 隆也(……)[p] [er] 少女(じーーー……)[p] [er] 隆也(これはまさか……『ナンパ待ち』というやつではないのだろうか?)[p] [er] ……そう思うと急に恥ずかしくなって、浮き足立ってきた。[p] [er] さりげなくを装って前髪を直したり、女の子を良く観察してみたり。[p] [er] 隆也(ま、まさか『逆ナン』とかいうのには発展しないよな……? さすがに困るぜ)[p] [er] これだけ大勢の乗客の前で、女の子にナンパされるシチュエーションを想像してみる。[p] [er] いや、それはそれで気分は良いものかも知れない。[p] [er] ;SE 電車の音 アナウンス「えぇ〜、まもなく吉祥寺に到着します〜。降り口は右側〜……」[p] [er] ・・・…ぐっ! どうやら残された時間は僅かなようだ。[p] [er] 俺はもう一度少女を見る。[p] [er] 少女(じーーー……)[p] [er] ……相当に可愛い。恐らく、これほどの美人とお知り合いになれるチャンスは、そうそう無いはずだ。[p] [er] ……俺は意を決して、この少女に声を掛けた──![p] [er] 隆也「えっと……、今、一人?」[p] [er] 声を掛けたは良いが……どうにも反応が鈍い。[p] [er] てゆーか、無反応??[p] [er] なにやら暗雲立ち込めた、嫌な雰囲気に身震いしつつも、もう一度声を掛けてみる。[p] [er] 隆也「暇なら……お茶しな〜い? はは……」[p] [er] 『お茶しない?』なんて、今時言うのかどうかは甚だ疑問では有るが……。[p] [er] ;美幸 不機嫌 けれど、ここで初めて少女がリアクションらしいリアクションを示した。[p] [er] 女の子はいぶかしむ様な視線を俺に送る。……心なしか、『お前誰?』なんて言いたげな視線を感じるのだが……。[p] [er] ……冷や汗が落ちる。もしや、俺は大きな勘違いをしていたのではないだろうか──?[p] [er] 少女「私、忙しいんで……。それじゃ、失礼します」[p] [er] 女の子は、やっとこさそれだけ言うと、今度は目も合わさずに席を立つ。[p] [er] 挙句、何も告げずにそのまま隣の車両へと消えて行ってしまった。[p] [er] ;美幸 非表示 ……俺は失笑の渦に囲まれながら、[p] [er] 何か途方も無い勘違いをしてしまった自分を呪うしかなかった。[p] //------------------------------------------------- // 1-2 自宅 //------------------------------------------------- ここが新居か。見事なくらい何も無いな。 思い起こせば一ヶ月前。 突然大家に立ち退きを命じられたときは焦ったものだ。 なにせ三ヶ月分の家賃を支払っていないのだ。 追い出されるのかとマジでびびった。 だが、いつもは苦虫をすり潰し、 青汁に煎じで飲んだような表情の大家が、 仏のような柔和な顔をしているではないか。 「なんか嬉しいことでもあったんですか?」 「分かるかい?  この不良入居者しかいないアパートが  区画整理で取り壊されるのさ」 「ちょっ! それ嬉しくないですよ!」 「仕方ないじゃないか。  お上に言うことには逆らえないよ」 どうみても、もともと逆らう気はない雰囲気だ。 裏金でも貰っているのだろうか? 「そんなわけで、  あんたたちには悪いが立ち退いてもらうよ」 「立ち退けって言っても先立つものが」 「立退き料払うよ」 「マジですか?」 このドケチで有名な大家が立退き料を払う? どういうマジックを使ったんだよ国土交通省はっ! 「ちなみに立退き料って、  いかほど頂けるのでしょうか?」 「ちょっと耳をお貸し。  ゴニョゴニョゴニョ……」 「今すぐ立ち退きます!!!」 「慌てなくてもいいよ。  今月末、7月31日までに出て行ってくれれば  文句ないよ」  とまあ、こんな感じで引っ越すことになった。  そこまでは良かったんだけど、  引越し代をケチったオレは悪友の荒巻という  男に手伝いを依頼した。  それが間違いの元だった。  昨日の出来事が走馬灯のように蘇る。 「まかせるなり」 こいつの良いところは物事を深く考えない。 という点に尽きるが、考えなさ過ぎるのも 問題だ。 昨日引越しの荷物を積んでさあ出発! というときに、荒巻がバイトしている 運送会社から電話があった。 「てめえ今日はシフトの日だろう!  空のトラック転がして  どこほっつきあるいてやがる!」  と無線で聞こえてきたからたまらない。 「どうしよう隆也?」 「知るかよ。  おまえこのトラック借りてきたんじゃないのかよ?」 「借りたよ。こっそりと」 「その理屈はおかしい。それは泥棒の論理だ」 てなわけで荷物を積んだトラックはUターン。 運送会社へ直行と相成った。 運送会社でこっぴどく叱られた。 罰として俺まで働かされた。 自分の引越し荷物の数倍はトラックに荷物を上げ下げ していたと思う。 その甲斐もあってか、 始めは立腹していた運送会社の所長が、 「8月2日の午後からならトラック貸してもいいぜ。  荷物は倉庫の隅に置いといてやるから取りにきな」 と、言ってくれたので助かった。 その日は荒巻の家に泊まった。 そうして今朝、俺は荷物の一部を持って 新居に訪れたと言うわけだ。 荒巻には、責任を持って明日荷物を持ってくるよう 頼んである。 でもあいつ本当に大丈夫かな? 悩んでいても仕方ない。 それはそうと……。 腹減ったな。 一人きりということは、 食事も一人きりということであり、 作るもの当然俺だけということになる。 やばいな。 必要最低限の荷物しか持ってきていないから、 自炊する道具なんてあるわけない。 何か入ってないかなと、リュックサックの中を 物色する。 おっ、ひまわりの種発見! って、喰えるか! 他にもっとマシなのないの? …… …… …… 三〇分ほどかけて、リュックとスーツケースを ひっくり返して探してみたが、 柿の種ひとつ出てこない。 我ながら迂闊としか言いようが無い。 ぐるるるる〜 やべっ、エネルギーをチャージしないと。 マジやばい。 とりあえず商店街の方に行ってみるか。 //------------------------------------------------- // 1-3 歩道前 //------------------------------------------------- 空腹でふらつく足で外に出たはいいが、 商店街はどっちだったっけ? 土地勘がまるでわからん。 空腹で心細い。なるほど。迷子の気持ちが良く分かる。 それはそうと、 さっきから殺意にも似た視線を感じるのだが。 これが殺意の波動ってやつか? 冗談はさておき、 俺、誰かに恨まれるようなことしたっけ? …… …… …… 結構思い当たるな。 「あのっ、あし」 「あし? うわっ!」 振り返るとそこには小さな女の子が立っていた。 かなり可愛い。 だが、どうみても好意的とは言いがたい。 かといって怒っているようには見えない。 なにか悲しそうにこちらをじっと見ている。 「あのっ、踏んでます」 女の子の声は震えており、勇気を振り絞って 語りかけているということが容易に伺えた。 「あしって、この足の事?」 俺は自分の足をペチペチと叩くと、 女の子はこくりとうなずく。 なるほど足か。 だが足がどうしたっていうんだろう。 「あっ」 ひょっとしてこれか? 「あの、つゆ草を踏んでます」 つゆ草っていうのかこの花は。 俺は自分が踏んでいる野草をしげしげと眺めた。 「つゆ草、踏まないでください」 「あっとごめん!」 俺は慌てて足をどけた。 女の子は俺なんか眼中にないみたいで、 地面にしゃがみこんで、 足蹴にされた《つゆ草》の状態を観察している。 「よかったぁ」 どうやらつゆ草は一命をとりとめたらしい。 まあ俺のことだ。 無意識下で手加減をして踏んでいたのだろう。 偉いぞ俺。 って、そんなワケないか。 「ごめんね。わざとじゃないんだ。  でもよかったね。つゆ草? が無事で」 だが女の子は無言だ。 背中から、話しかけないでください。 ――というオーラを発している。 だがここでめげないのが俺のいいところだ。 叩かれても踏まれてもへこたれない。 雑草魂ってやつ? 「野草とか好きなんだ。  俺も小さい頃はすもう草で遊んだもんだよ」 なぜだろう。 さっきよりも怒っているような気がする。 アピールが足りないのかな? 「あとはほら、あの赤い花。  花びらを引っ張ると蜜が付いてるやつ」 「サルビアです」 「そうそうサルビア!  花壇中のサルビアの蜜を吸い尽くしたぜ」 「ぶはっ!」 なんだ。なんだ? いきなり泥が降ってきたぞ。 「ひどいよ」 女の子が仁王立ちになって、俺を睨んでいる。 瞳にはうっすらと涙すら浮かんでいる。 ええ? 俺なにか悪いことした? 女の子の手にはスコップが握られ、 ブルブルと震えている。 スコップで泥をすくい、投げつける。 ふむ。 論理的に推理すると、俺に泥をかけたのは この女の子という結論に達する。 だが何故だ? 俺は野草好きだって、最大限にアピールしたはずだ。 何が悪かったというのだろう。 「あのさ。つゆ草踏んだのは申し訳ないと思うけど、  すもう草やサルビアの蜜を吸うなんて、  子供ならよくやることじゃないの?」 「で、でも可哀相です」 「可哀相って、そんなのでいちいち可哀相とか  言ってたら、お米すら食べれなくなるよ?」 「実を付けた稲穂を刈り取るのにまで反対はしません。  でも、植物を弄ぶのには、感心できません」 なるほど。 そういう考え方もできるのか。 勉強になるな。 「いやいや誤解だ。きみは勘違いをしている」 「もういいです。もう逢わないと思うから」 かなり手厳しい。 だが誤解されたままでは俺の名誉が、 内藤家の名を汚してしまう!! 「オーケー分かった。  とりあえず、こんがらがった誤解という名の  赤い糸を二人で紐解こうじゃないか!」 「え、遠慮します。失礼します」 「ちょっ、ちょっとまっ!」 あーあ、行っちゃった。 ちょっと幼いけど可愛かったな。 近所の子かな? ぐるるるる〜 やばい! エマージェンシーコールの間隔が短くなってきた。 商店街はこっちかな? //------------------------------------------------- // 1-4 商店街 //------------------------------------------------- どっしーん! 「ぐはぁっ!」 わき腹に走る鈍痛。 この痛み。間違いない! 殺られちまったよ! 俺死んじゃうよ! 東京はやっぱり恐ろしいところだよ。 きっと俺が一人になるのを待ってたんだな。 痛てぇ、痛いよ母さん。 まだやりたいこと、いっぱいあったのに。 「な、なんじゃこりゃーー!!」 俺のわき腹には真っ赤な血が…… いやいやいや、なんか違う。 これは血とは違うんじゃないカナ? なんていうか血糊というかケチャップというか。 ペロリ。 なんてこった! まんまケチャップじゃねーか! 「ちょっとアンタ!」 ん? 誰かが俺を呼んでいる? 女の子? 声の口調からして怒っているみたいだけど。 「自分が呼ばれてるってわかんないの?  天下の往来で、恥ずかしげも無く  ケチャップで遊んでいるアンタのことよ」 ななな、なんだと。 失敬な! 遊んでいるわけではない。 「ひょっとして俺のことかい?」 顎に手を当てた会心のキメポーズで振り返る。 するとそこには、 レストランか何かの制服を来た女の子が 尻餅をついていた。 え? これってまさか。 いやいやいやいやこれは眼福。 なんとも可愛いい しましまパンツですよ。 お兄さんは嬉しい! 涙が出そうだ。 なんか幸せでお腹が満たされた感じがする。 もちろん、気のせいってことはわかっているさ。 「ちょっと、さっきから何ニヤニヤしてんのよ!  あっ! アンタ!」 女の子はスカートのすそを正してうつむいた。 気付くのが遅いな。ハハハ。 油断大敵ってやつだ。 ようやく見られたことに気付いたようだね。 だけど大丈夫。 このことは俺とキミだけの秘密さ。 「見たわね?」 「ん? 何のこと?」 鋭い口調。結構怖い。 とぼけるのが精一杯だ。 このプレッシャー。只者ではない。 「見たんでしょ?」 ゴゴゴゴゴゴゴ! という効果音が聞こえてきそうな迫力。 負けそうだ。 歯を食いしばってないと、本当のことを 口走ってしまいそうだ。 「正直に言いなさい。  見・た・の・よ・ね?」 母さん。もう駄目かもです。 選択肢:  はい。見えました。     → (1-4-1)へ  見てません。見てませんよ。 → (1-4-2)へ //------------------------------------------------- // 1-4-1 はい。見えました。 //------------------------------------------------- 「サイッテ−!  痴漢! 変態! 女の敵! お巡りさん呼ぶから  ちょっとそこで待ってなさいよ!」 「ちょっ! そりゃないだろ?  手鏡で覗いたり盗撮したのなら納得するけど、  転んだキミのパンツが見えてしまったのは不可抗力だ」 「大声でパンツとか言わないでよ。恥ずかしいわね」 「あ、ごめん」 俺は平身低頭女の子に謝罪した。  →(1-5)へ //------------------------------------------------- // 1-4-2 見てません。見てませんよ。 //------------------------------------------------- 「見てない見てない!  本当に見てないって!」 「本当に見てないの?」 「ああそうだとも。  角度的に見えない位置だったんだ  本当だよ」 「よかった。少し子供っぽいかなって  思ってたから……」 「子供っぽくなんかないよ!  全然問題ないって!」 「何が問題ないの?」 「何ってパンツの柄だろ?」 「やっぱり見てるじゃない!」 やばい。 誘導尋問に引っかかってしまった。 なんて狡猾なんだ。 将来は悪徳弁護士か検事になれるぜ。  →(1-5)へ //------------------------------------------------- // 1-5 商店街(1-4の続き) //------------------------------------------------- 「嫁入り前の女の子下着を除き見るなんて酷いわ!  心に一生に傷を負ったじゃない!  慰謝料。ちゃんと払ってよね」 「い、慰謝料って? そんな馬鹿な!」 「示談できないんだったら司法に訴えるわよ!  この状況下でアンタが勝てると思ってるの?」 女の子の瞳が怪しく光る。 怖い。とてつもなく怖い。 ある意味冤罪なのだが勝てる気がしない。 「わ、わかった。なんとかする。  だけど先立つものが何も無い。  だから身体で返そう。それで勘弁してくれ!」 「身体で返す? アンタの?」 女の子は怪訝そうな顔で俺を見ている。 まあ無理も無いだろう。 「あの、初めてだから痛くしないでね?」 「バッカじゃないの。まあいいわ。  アンタって貧乏そうだから、それで手を打つわよ」 「え? マジで?」 「いいわよ。  でもその言葉。ちゃんと言質はとったからね。  男に二言は無いわよ?」 「おうとも!」 どーんと胸を叩く俺。 でもこんなんでいいのか? 呆気なさ過ぎる。 何かやばいことを言ってしまったか? 考えろ俺。 身体で返すということの意味を。 腎臓 肝臓 膵臓に 異常〜♪ ヤバイ。 まさか臓器移植のドナーになれとか言わないよな。 とにかく嫌な予感がする。 「それじゃ早速だけど、  滅茶苦茶になっちゃった商品を拾ってきてよ」 女の子が言う通り、よく見ると彼女が持っていたと 思われる買い物袋から中身が散乱している。 なるほど。こういうことか。 身体で返すってこういうことなのね。 安心した。 でも、欲を言えば、 もうちょっと色気のある展開を期待したのに残念。 //------------------------------------------------- // 1-6 歩道前 //------------------------------------------------- 「まだですか?」 「もうすぐよ。だらしないわね。男のくせに」 そうは言っても買い物袋を四つ持って歩いているのだ。 散乱する前より増えているのは気のせいではない。 それもそのハズ。 散乱して無くなったり使い物にならなくなった材料を 買い足してくると言って、荷物が三倍になったのだ。 通常の三倍ってやつ? 某赤い彗星みたいだ。 たしかに俺はケチャップまみれで赤いけどさ。 くそう。ケチャップの臭いが鼻につくぜ。 しかしこの女。自分が持たなくて良くなったからか、 重たいものばかり買いやがって。 これはもう人足だ。 いや奴隷と言っても過言ではない。 重大な人権侵害だ。 「なにをブツブツ言ってるのよ。気持ち悪いわね。  それより着いたわよ。  ここがアタシのバイト先、《しぇいむ☆おん》よ」 しぇいむ☆おん――ね。 変わった名前の喫茶店だな。 //------------------------------------------------- // 1-7 喫茶店裏 //------------------------------------------------- 「そんじゃ俺はここで」 喫茶店の裏口に荷物を置いた俺は、 女の子に別れを告げた。 お腹のエンプティ表示は、 もうメモリがマイナスに突入している。 「なっ! ちょっと待ちなさいよ」 「なんだよ。これ以上こき使おうってのか?  いい加減勘弁してくれよ」 「違うわよ。アンタその格好で帰る気なの?」 言われて気付く、ケチャップまみれの俺。 確かに目立つし、なにより臭い。 一度帰らないと買い物にも行けない。しくしく。 「どうだっていいだろ。なんとかなるよ」 「どうでも良いって酷いじゃない。  アタシの下着見たくせに!」 結構根に持つタイプなんだな。 「だからその償いはもうしてやっただろう?」 「あーもうっ! だからそんなんじゃないんだって」 何を怒っているのだろうか。 年頃の女の子が考えることはわからない。 「んっふーん。どうしたんだい早苗くーん」 うわっ、なんか凄いのがきた。 アフロ? アフロなのか? アフロに帽子? なんかはみ出してるよ。 黒いブロッコリーが二つ付いてるよ。おい。 どうしようキモい。キモ可愛い、くねえよ!! でも指摘すると殺されそう。 それにサングラス。 そのくせエプロン着用とはどういうことだ? 「あ、店長。調度良いところに。  このみすぼらしい人に着替えを貸して欲しいんです」 「んっふーん。  それは私のコスチュームでオーケー!  ということなのかーい?」 「体格的には問題ないですよ。多分」 なんか勝手に話が進んでいる。 というかこのおっさんが店長って! 服を貸してくれるらしいが、 白いエプロンの下から黒いラバースーツが透けて見える のは体格うんぬんの問題じゃない。 「えええ、遠慮します。そいじゃ!」 俺は脱兎のごとく逃げようとしたが、 以外に俊敏な、店長と呼ばれる怪しい男に 呆気なく取り押さえられた。 気が付くとありえない姿で関節技を キメられていた。 なんという技だろう? と思う間もなく 全身に激痛が走る。 「ギギギ、ギブギブ、ギブアーーーーーップ!!」 これはなんという美人局なのだろうか? そんなことを考えならが、 俺の意識はブラックアウトした。 //------------------------------------------------- // 1-8 喫茶店内 //------------------------------------------------- 「と、とうさん。かあさん。可奈ぁーーーっ!」 こ、ここは何処だ? 天国にしてはやけに俗っぽいぞ。 「やっと気が付いた。死んだらどうしようかって  店長と揉めてたところなのよ」 「勝手に殺すな!」 「生きてたんだからいいじゃない。  それより何か食べる? お腹空いてるんでしょう?」 「あ、うん」 女の子にそう言われるや、 俺の腹の虫が雷のような音を立てた。 「喫茶店内で餓死されちゃたまんないからね」 女の子は鼻歌を歌いながら厨房に戻っていった。 と思ったら、またすぐに戻ってきた。 「ねえねえ。ところでさっき、  寝言で『可奈ぁーーー』って叫んでたけど、  誰なの? 彼女?」 「キミには関係ないだろ」 「あるわよ。  だってアタシはあんたの身体を貰ったんだから  その所有者としては当然の権利でしょう?」 「はい?」 「だから、アンタの身体はアタシのもの。  アンタの物はアタシの物、アタシの物はアタシの物。  了解?」 「誰がするかっ!」 「ところでアンタの名前は?」 とことん人の話を聞かないやつだな。 マイペースすぎるというかなんというか。 だが可愛いので許す。 「俺は内藤。内藤隆也」 「ふーん。隆也ね。なんか平凡」 「そういうキミは?  俺も名乗ったんだから、うわっ!」 いきなり女の子の顔が近付く。 挑発するように胸を突き出して、 これは触ってもいいということか? ゆっくりと手を伸ばす。 あと少しで柔らかいましまろちゃんが…… バチン! 「いてーーーっ!」 「ばっ、ばか! 変態! なにしようってのよ。  胸にあるネームプレートを見なさいって意味よ。  この痴漢! 変態!」 なるほど。そういうことか。 人生そう甘くはないか。 「阿部早苗。――早苗ちゃんか」 「違うでしょ。早苗サマでしょ?」 「言ってろ」 「アハハ、それじゃあ首を長くして待っててね」 パタパタと早苗ちゃんが厨房に駆けてゆく。 なんというか疲れた。 //------------------------------------------------- // 1-9 喫茶店内 //------------------------------------------------- あー、美味しかった。 最初はあの店長が作ったものだから どうなることかと思ったけど、 これが以外に美味いのなんの。 「もう食べたの?  よく噛んで食べないと病気になるわよ」 「なに? 心配してくれるの?」 「バ、バカ! そんなんじゃないわよ」 「それよりも仕事はいいのかよ? 料理冷めるぜ」 早苗ちゃんのトレイには、 美味しそうな料理が湯気を立てて乗っている。 「そうね。忙しくなってきたから隆也の相手はして  らんないみたい。変わりに他のバイトの子が来るかも  知れないけど、変なちょっかい出したら許さないから」 「ジェントルメンの俺がそんなことするかよ」 「どうだか」 「早苗くーん。5番テーブルの料理はまだかーい?」 店長の声が響く。 「はーい。いま行きまーす」 慌てて駆けてゆく早苗ちゃん。 口は悪いが容姿は抜群だ。 月並みな表現だけど、 どこかで見たような気がするんだよなあ。 まあいいや。 コーヒーのおかわりの飲んで帰ろう。 …… …… …… 「あの、コーヒーのおかわりお持ちしました」 抑揚のない淡々とした声で早苗ちゃんより もっと若そうな女の子が現れた。 「えっ!」 「おや、奇遇だね!」 なんとも驚いた。 コーヒーのおかわりを持ってきてくれたのは、 出かけに合った《つゆ草》少女だ。 この再会は奇跡としか言いようがない。 ハレルヤ神さま。ありがとうございます。 「こんにちは。また会ったね子猫ちゃん」 「つ、つけてきたんですか。  ひょっとして、ス、ストーカー?」 「ななな、なに言ってるの!」 俺は女の子の手首を握ろうと、手を伸ばした。 「いやっ」 あ、逃げた。 女の子はパタパタと厨房の中に引っ込んでしまった。 …… …… …… 「ちょっと! ちょっと!  あんたウチの里美になにをやったの!  あのコ怯えているじゃない!」 「え、いや、誤解……」 「問答無用。五階も六階もないわ」 「あれほど他の子に手を出すなって言ったのに。  よりによって里美に手を出すなんて、  この痴漢! 変態! ロリコン!」 血相を変えて飛んできたのは早苗ちゃんだった。 まさかあの女の子が早苗ちゃんと同じバイト先だったとは。 「まあ待て。少し落ち着こう。  どうも色々と誤解があるようなんだ」 「落ち着け? 落ち着けですって?  私はともかく妹にまで手をだしたら  承知しないんだからね!」 「ちょいまち。妹って!  まあそれは置いといて、  俺はいつ早苗ちゃんに手を出したんですか?」 「うるさいわね。仮の話よ。  そんなことも分からないの?  バカ隆也!」 ひどい言われようだ。 まあ確かに非は俺にもちょっとはあるけど。 いや、かなりあるかもしれない。 「とりあえず俺の話を聞いてくれ」 まだブツブツ文句を言っている早苗ちゃんをなだめ、 俺は《つゆ草》事件について詳細に説明した。 …… …… …… 「どう考えても、100%隆也が悪いんじゃない」 「そういうことになるのかな?」 「ならないとでも思ってるの? 「とにかく、隆也が来るたびに厨房に引っ込まれると  困るから謝ってよね」 「いや、もう来ないからいいよ」 「はぁ? ふざけないでよね。  何のためにサービスしてあげたと思ってるの?  常連になってもらうために決まってるでしょう」 「そうだったのか。知らなかった」 「週に五回は顔を出さないと訴えるから!」 「そんな酷い」 「慰謝料百万円!」 ずいっと片手が伸び、 人差し指がクイクイと曲がっている。 なんか境の商人みたいで怖い。 「週に五日寄らせてもらいます」 「よろしい。  それじゃあ里美はアタシがとりなしてあげるわ」 「謝らなくていいのかい?」 「あのコ、人見知りが激しくてそんなことされても  かえって逆効果になると思うから」 急にしんみりとした口調で早苗ちゃんが呟く。 少しがめつくて嫌な子だと思ったりもしたが、 どうしてどうして、 妹想いの優しいお姉ちゃんじゃないか。 「悪いね。ありがとう」 「会計はあっちよ」 「えっ? タダじゃないの?  サービスって聞いたような?」 「サービスはいっぱいしてあげたでしょう?  料理の代金とは別に決まってるじゃない」 「さ、詐欺だ!」 「店長! 食い逃げでーす」 「なんだってー!  ふっふーん。どうやら料理以外に、  私の関節技を喰らいたい人がいるようですねー」 「は、払います。払います。  払わせてください!」 「毎度あり〜!  最初から素直にそういえばいいのよ。  そうそう、これあげるからまた来てね」 俺は早苗ちゃんからカードを貰った。 優待券? なんの優待券だというのだ? 「これの使いどころがよくわからないのだが?」 「知りたければ足しげく通うことね」 「ちゃっかりしてんな」 「ありがとうございました〜」 それにしても。 週に五回か。無茶言うよな。 でも早苗ちゃんも、あと彼女の妹だっていう 里美ちゃんも可愛かったな。 また来てみようかな。 俺は《しぇいむ☆おん》を一度だけ振り返って 帰宅の途についた。 //------------------------------------------------- // 1-10 自宅内 //------------------------------------------------- 疲れた。 昨日から今日にかけて散々な目に遭った。 二度あることは三度……。 いや、いまは考えないでおこう。 というか考えたくない。 明日の午後には荒巻が荷物を持ってくる。 って、あいつ。 本当に持ってきてくれるのか? なんだか心配になってきた。 そういえば、 明日は可奈が手伝いに来てくれるんだっけ? とりあえず寝よう。 //------------------------------------------------- // <一日目終了> //------------------------------------------------- //------------------------------------------------------------------------------ // 8月2日 <二日目> //------------------------------------------------------------------------------ //------------------------------------------------- // 2-1 歩道前 //------------------------------------------------- 早苗との邂逅(これから記述) あ〜よく寝た。 夏で本当に良かったよ。 冬だったら凍え死んでるね。 <<<<<<<<<<<<<未記述>>>>>>>>>>>>>>> ※このシーンは無理矢理入れなくてもいいかもしれない。 //------------------------------------------------- // 2-2 自宅内 //------------------------------------------------- //♯可奈と引越し 開始 //BGM() //背景(隆也の部屋) <非> そろそろサークル仲間の荒巻が借りたトラックで 引越し荷物が届けてくれるころだな。 ちょうど運送会社でバイトしててくれて助かったぜ。 SE(ピンポーン) <非> きたきた、時間ぴったりだな。 <隆也> 「はいはーい、ってあれ?」 <非> ドアを開けるとなぜか女の子がいた。 <隆也> 「荒巻っていつから女になったんだ?」 <可奈> 「あんたね、また私のこと忘れたの?」 <隆也> 「いや、軽い冗談だ。 飯島・エアール・可奈、俺の幼なじみ。 ほら、ちゃんと覚えてるぞ」 <非> 危ない危ない、すっかり忘れてたぜ。 そういえば荒巻と一緒に可奈もきてくれるんだった。 <可奈> 「忘れてて今やっと思い出したんでしょ。 幼なじみを忘れるなんてひどいよね」 <非> 可奈とは親同士が仲が良くて兄妹みたいにして育ったけど 小五で可奈が転校してから交流がなかったからな。 だいぶ昔のことだからもうあんまり覚えてないし。 <隆也> 「わ、忘れてなんかいないぞ!」 <非> しかしそんなこといったら可奈の機嫌が悪くなるからな。 何とか誤魔化さねば。 <可奈> 「ほんとにー? 怪しいなぁ」 <隆也> 「俺が可奈を忘れるなんてあるわけないだろ?」 <可奈> 「思いっきり前科があるじゃない。 せっかく父さんから隆也の大学聞いて 同じ大学に入ったのに、再開してみれば覚えてなかったし」 <隆也> 「しょうがないだろ、いきなりだったんだから」 <非> 二人の再会を思い出す。 入学直後のサークル説明会のときだったんだよな。 //回想シーン //背景(大学) <インターネットサークル代表> 「――というわけで我々は 共に荒らしを撲滅してくれる仲間を求めています! 是非みなさん参加してください、以上です」 <非> 思い通りの演説ができたのか、 満足そうにステージから代表が降りていった。 <非> うーん、このサークルもイマイチだったな。 どれも面白そうではあるんだが、 奇麗ごとばっかりで説得力に欠けるんだよなぁ。 <アナウンス> 「次は映画サークル代表おねがいします」 <非> 映画か、俺もハリウッド映画は好きだからいいかも。 お、サークル代表なんか金髪じゃん。留学生か? こりゃ結構本場の話とか聞けるかも。 <映画サークル代表> 「皆さんはじめまして、映画サークル代表をしている 一年の飯島可奈です。 私達映画サークルの活動は……」 <非> 一年って俺と同じでまだ入学したばっかりじゃねぇか。 なんでそんな新入りが代表なんだ? これは相当なハリウッド映画マニアと見た! <非> その知識に先輩達が感心して代表になったんだな。 これはさらに期待だ。わくてかしてくるぜ! <可奈> 「ただ観るのではなくそれぞれがレポートを提出し、 それについて討論をするのが特徴です。 説明は以上ですが何か質問はありますか?」 <非> よし、早速聞いてみるか。 <隆也> 「はいはいはーい! ハリウッド映画の裏話なんかを聞かせてください!」 <非> さて、どんな話が聞けるかな、わくわくてかてか。 <可奈> 「……ハリウッド映画なんて邪道です!」 <非> ちょ、いきなり何言い出すんだよ。 <可奈> 「表面的な派手さにとらわれていはいけません。 映画の魅力とは『心』です!」 <可奈> 「そう、日本が生んだ世界に誇る最高傑作虎さんのように 日常と非日常の狭間で揺れ動く人々の心や 深層心理の原風景を描くのが映画の素晴らしさです!」 <可奈> 「アクションで言えば無駄な爆破やCGに頼らずに、 刀と役者の腕のみで独特の緊張感と爽快感を醸し出す チャンバラこそ世界最高峰!」 <可奈> 「そもそも映画というものは……」 <非> 見た目は外人なのに日本映画マニアかよ! でも虎さんとかチャンバラとかよくわからないけど、 すごく映画が好きなんだなってのは伝わってくるよな。 <非> この情熱が一年にして代表になった理由なのかも。 映画サークルおもしろそうだな。 <アナウンス> 「あの……もう時間過ぎているんですが……」 <可奈> 「虎さん最高ー! チャンバラフゥゥゥゥゥゥ!」 <アナウンス> 「警備担当さん、つまみだしてください」 <非> あ、代表さんが熱くなりすぎて舞台引き摺り下ろされちゃった。 <可奈> 「おのれー、覚えておれー! 次こそは叩き斬ってくれる!」 <非> いや、それまるっきり悪役のセリフだから。 <非> まあいい、なかなかおもしろそうだし、 直接話を聞きにいってみよう。 //場面転換 //たぶんこんなかんじ? //bg消去 (waipe_out) //time_wait 300 //BG_大学 (fade_in) <隆也> 「あのー、映画サークルに入りたいんですけどー」 <非> 映画サークルメンバー募集の場所に行って さっきの代表の人に話し掛けてみる。 <可奈> 「はい? ってああああああああああああ!!」 <非> な、なんだ!? <可奈> 「隆也ー! 会いたかったよー!」 <非> ちょっ、抱きつかれた!? <隆也> 「なんですかいきなり!」 <非> 恋人かなんかと間違ってるのか? でも隆也っていってるし、 どうなってるんだー!? <可奈> 「私だよ、わ・た・し」 <非> やっぱり人違いじゃなさそうだ。 でも俺にこんな美人の知り合いいるわけないし。 <非> それに俺外国なんていったこともないしな、 金髪の知り合いなんてせいぜい 子供のころ遊んだ可奈ぐらいだし…… <隆也> 「って可奈!?」 <可奈> 「もー、やっと思い出したのー? 幼なじみを忘れるなんてひどい」 <隆也> 「ちょ、とりあえず離れろ! みんな見てるだろうが!」 <非> 人通りの多い大学の中で男女が抱き合ってるんだ。 周りの視線が痛い。 <可奈> 「フランスではみんなこうしてるからいいのいいの」 <隆也> 「可奈は俺と同じ東北育ちだろうが! こういうときだけフランス人になるんじゃねぇ」 <可奈> 「でも隆也もこんな美人と抱き合えて嬉しいでしょ?」 <隆也> 「そりゃまぁたしかにいい香りもするし、 ってそういう問題じゃないっ!」 可奈を無理やり引き離して距離をとる。 <可奈> 「何よ、隆也のバカ。 もう知らないっ」 <隆也> 「抱きついてくるほうが悪いんだろ。 何本気で怒ってるんだよ」 <可奈> 「もういい、私帰る! 後は荒巻君よろしくね」 <非> 可奈は近くに座っていた人に声をかけて どこかへいってしまった。 <荒巻> 「んー? サークル入りたいなら 連絡先とかこの紙に書いてね」 <非> 荒巻君が俺に紙を渡してくれた。 簡単なアンケートと電話番号の欄ぐらいか、 ちゃちゃっと書いてしまおう。 <隆也> 「書けましたよ」 一分足らずで書き上げて荒巻君に差し出す。 <荒巻> 「うーん、もう食べられないよぅ、むにゃむにゃ」 <非> おいおい、この短時間で寝ちゃったよこの人。 まぁいいか、どうせまた可奈にもどっかで会うだろうし そのとき渡せばいいや。 //回想終了 <隆也> 「いきなり抱きついて来るんだもんなー。 あの時は焦ったよ」 <可奈> 「な、なんでそのこと思い出すのよ! 大事なことは覚えてないくせに、隆也のバカっ!」 //SE(打撃音) <隆也> 「父さんにもぶたれたことないのに!」 <可奈> 「小さいころいつもお尻叩かれてたじゃない」 <非> くそ、嫌なこと覚えてるな。 これだから幼なじみはやりにくい。 <隆也> 「まあいい、それじゃさっさと引越しするぞ。 俺が服とか軽いものを引き受ける! 荒巻と可奈は冷蔵庫とか重いものを運んでくれ」 <可奈> 「何が『引き受ける!』よ、隆也が一番楽じゃない。 女の子の私が軽いもも担当に決まってるでしょ。 さっさと行くわよ」 <隆也> 「へいへーい、わかりましたよー」 //時間経過 <隆也> 「はぁ、疲れたな……」 <可奈> 「そうね……」 ダンボールだらけになった部屋の中、 肩で息をする俺と可奈。 <隆也> 「荒巻がトラックで家の前まで 荷物運んでくれたのはいいけど 車停めたまま運転席で寝てるんだもんな」 <可奈> 「おかげで私がテレビとか重いものまで 運ばないといけなくなったじゃない。 荒巻君の居眠り癖にも困ったものね」 <隆也> 「映画サークルに入ったのも 理由が『映画館はよく眠れるから』だったしな。 運転中に寝なくてよかったよ本当に……」 <可奈> 「モーターショーに通うぐらいの車好きだから。 ハンドル握ると性格変わるのよ」 <隆也> 「そうなのか、普段の寝てる荒巻からは 想像つかないけど……」 <可奈> 「それにしても疲れたねー。 何か飲み物とかないの?」 <隆也> 「全くない!」 <非> 自信を持ってきっぱりと言い切った。 <可奈> 「偉そうにいわないでよ、隆也何か買ってきなさい」 <隆也> 「可奈こそ偉そうに言うなよ!」 <可奈> 「だって隆也の引越しの手伝いにきてるのよ? そのぐらい当然、さっさといってきなさい」 <隆也> 「しょうがねぇなぁ、わかったよ、それじゃ買ってくる」 //背景(道路) <非> といっても近くにコンビニとかないしなー。 近所で飲み物といえば…… <非> しぇいむ☆おんで頼めばどうにかなるかな。 ちょっといってみるか。 //------------------------------------------------- // 2-3 喫茶店内 //------------------------------------------------- さて、今日もやってきましたしぇいむ☆おん。 昨日の姉妹はいるかなっと…… 「あ、えっと、いらっしゃいませっ!」 あれ、昨日の二人と違う子が出迎えてくれたぞ。 ちっさくて元気いっぱいな子だ。 束ねられた髪がぴょこぴょこと揺れている。 「あの、コーヒーを頼みたいんですけど」 「え、えっと、はい。  それでは、どこかの席におすわりくださいっ」 やけにぎこちないしゃべり方だ。 バイト始めたばっかりっぽいんだけど。 「ここで飲むんじゃないです。  テイクアウトしたいんですけど、できますか?」 「え、え、えーっと。  ちょっとよくわからないんで、店長にきいてきます」 ばたばたばたと厨房にかけていく、ちんまい店員。 やたらと、せわしない子だよなあ。お、戻ってきた。 「店長にきいてみたら、紙容器でよければだいじょうぶ、  とのことでしたっ!どうしますか?」 「あ、はい。それじゃアイスコーヒー二つで」 「かしこまりましたっ!」 再びぱたぱたぱたっと駆けていく、ちびっこ店員。 と、ここで背後の気配に気がつく。 ふっと振り返ってみると。 「かしこまりましたよー、隆也くーん!」(店長) 「うあっ!店長、おどろかせないでくださいよっ」 このグラサン店長、いつの間に背後に! コック帽からはみでたアフロが、 もっさもさと動いている。 「今日も来てくれるとは、うれしいかぎりだーよ!  私の愛情もたーっぷり注いでおくからね!  はーっはっはっ!」 「あの、ふつーのコーヒーでいいですから」 「てんちょっ!こっちにいたんですか。  アイスコーヒーふたっつ、おねがいしますっ」 「りょうーかいっ。さあ張り切ってつくるよーっ!」 「もう、すぐどっかにいっちゃうんだから……」 ぼそっと独り言をつぶやいている店員。 苦労が多そうだな、と同情の視線を送る俺。 その時ちょうど目が合う。 店員はえへへへ、と人なつっこい笑顔を向けてくる。 「あは、おもしろい店長ですよね」 「あ、ああ……たしかにね。  えっとキミ、バイト始めたばっかなの?」 「はいっ!  ちょうどあなたが、さいしょのお客さまですっ!」 「なるほどね、どうりでぎこちないと思った」 「ぎこちないですか?うう〜。  なんかキンチョーしちゃって」 たはは、と少しだけ困った顔をする女の子。 ころころ表情の変わる子だな…… 「俺、近所に住んでるから、  これからもちょくちょく来ると思う。  よろしく、えーっと……ノリノ、ちゃん」 「木野村 典乃」と書かれた名札を見ながらしゃべる俺。 あれ、眉の端がピクリと動いたけども。 「……ノリノ、って誰です?」 「あれ?でも名札には書いてあるけれども……?」 「あの、読み方、ちがいますよ?」 女の子はやんわりと否定しているけれども、 明らかにムッとしている。 「あ、ごめんごめん。えーっと、ノリ……ナ?」 「あの、ちがいます」 眉間にしわを寄せて、語気に力を込められる。 いかんいかん、ドツボにはまっているぞ。 なんとかしないと…… 「ごめんごめん。えぇーっと、ノリ……ユキ?」 「ちがうちがうっ!  しかもノリユキなんて男の子の名前だしっ!」 ドツボにはまってどっぴんしゃん。 火に油どころか、 ガソリンを10リッターくらい注いでしまったようだ。 むちゃくちゃ怒ってるんですけど? 「あーなるほど。なかなか面白い……」 「面白い?おもしろいってどーゆーイミなのっ?」 「いや、いやいや、怒らないで。なんつーか、こう……」 「どうせヘンな名前とか思ってるんでしょうっ!  男の子みたいな読み方するしっ!  えーっと、そーいうキミの名前はなんなのさ?」 「た、タカヤ。内藤 隆也」 「じゃあ、タカヤが、タカユキって呼ばれたら怒るでしょ?  タカコってよばれたらおこるでしょっ?」 おいおい、いきなり呼び捨てかよ。 確かに名前を間違えたのは悪かったけどさ。 「まあ、そりゃあ怒るよ」 「そりゃ、ボクだって怒るわけだって!  そんな男の子みたいな読まれ方されればっ!  キミがはじめてだよ、そんな読み方したのっ!」 「あ……ご、ごめ」 謝ろうと口を開くも、怒り大爆発中の彼女に阻止される。 「読めない人はけっこういるけど、  そんなにピントはずれてはなかったんだよ?  それを、そんなノリユキとかノリヒロとかノリスケとか……」 いや言ってないのも混ざってるんだけど。 うわすっげーおこってらっしゃる。 「はーい!隆也くんへの愛情たーっぷり注入!  特製アイスコーヒーはいりましたー!」 このさい細かいとこはムシして。 会計済ませて、とっとと逃げた方がいいな。 「そ、それじゃここにお金おいときますんで。  ごめんね、ノリノちゃん」 「あーーっ!またまちがえてっ!」 あ、またやってしまったっ! 「ご、ごめん。それじゃっ!」 「あっ、こらまてタカヤっ!」 //------------------------------------------------- // 2-4 自宅前 //------------------------------------------------- 「はあはあ、ただいま」 「あらおかえり。なにその紙袋。しぇいむ、おん?」(可奈) 「ああ、すぐそこにある喫茶店で買ってきてやったぞ」 「ふふ、変わった名前ね」(可奈) 変わった名前と言われて。 さっきまでの騒動を思い出してしまう。 「ま、まあな。変わった名前……かもな」 「どうかしたの?」(可奈) 「な、なんでもない」 「喫茶店から買ってくるなんて、けっこうしたんじゃない?」(可奈) 「ああ、お金?大丈夫、そのへんはけっこう良心的な店でさ……あれ」 「なにポケットをごそごそしてるの」(可奈) 「あれ、あれれ……さ、さいふが、ない」 「なによそれ。お金はちゃんと払ってきたんでしょ」(可奈) 「うん、払ったんだけど……そこから、どうしたっけ」 落ちつけ……記憶を手繰り寄せるんだ。 「えーっと、ちんまい店員がいて。  話をしたら気に障ったらしくて、怒り始めて。ガーっていろいろ言われて。  で、店長がコーヒーできたよって言って」 「うんうん」 「あわててお金を出して。この時サイフを出して。  そして……あ、そん時だ。  カウンターに置いたまんまだ」 「なんだ、隆也の不注意じゃないの」 「うん、その通り。はっはっは……はぁ。  取りにいってくる」 その時、玄関先でチャイムの鳴る音。 「ごめんください、ごめんくださーい」 あれこの声、さっき聞いたような。 「ちょっと待ってくださーい、今開けます……あれ、さっきの」 「うん、たしかにタカヤの家だ。この地図あってる」 「うわ、家までおっかけてきたのかよ」 「なにいってんの?あのさ、ボクがなんで来たか、わかる?」 「……なんとなく」 「だったら話は早いや。ほい、わすれもの。  中にタカヤんちの地図はいってたから、店長にいってこいって」 「はは、わるいな。仕事中に」 「仕事中だからきたの!好きこのんでなんかこないって」 ぷんすか、と頬をふくらませながら言われてしまう。 「はは……おっしゃるとおりで」  ちょっと寄ってくか?」 「ううん。道くさたべてたら、店長におこられるもん。  そうそう、店長からの伝言だよ」 「え?」 こほん、と咳払いをする典乃。 「私のあーいじょうをビンビンにかーんじてもらえたかな?  だってさ」 「……声色まねなくていいから。  いえ、感じなかったっすって伝えておいて」 「にぎやかね、どうかしたの?」(可奈) 「おう、さっき言ってたしぇいむおんの店員」 「あら、かわいらしい制服ね」(可奈) 「え、あ、あ……こんにちわっ!」 「ふふ、こんにちわ」(可奈) 「サイフ届けにきてくれたんだ。名前が……」 「あの、あの!ボク、木野村 典乃(きのむら てんの)っていいますっ!  いっぽん木の木にのはらの野、ほんの本にじてんの典。  あとぐにゅぐにゅってかく乃で、キノムラテンノですっ!」 「よろしくね、典乃ちゃん。私は可奈っていうの」 「あ、はいっ!よろしくおねがいしますっ!」 おいおい、二人とも何をよろしくおねがいするんだか。 と、ここで典乃にわき腹をつつかれる。 「ちょっとちょっとタカヤ。  このキレーなひと、ひょっとして、タカヤのカノジョ?」 「いや、残念ながらちがうぞ」 「やっぱりね」 「やっぱりって思うのかよ。……まあ、そうかもしれんけど」 「そりゃそうだって!  こんなキレーな人としゃべったの、はじめてだよ。  なんかね、ボクと住む世界がちがうってかんじ」 「ふふ、ありがとね典乃ちゃん」 「あの……すんごい、髪の毛キレーでいいですね。  ボクの髪なんか赤っぽくて、気にいってないんです」 「そんなことないわよ。典乃ちゃんの髪だって素敵よ。  髪型も似合っているし」(可奈) 「えへへ……あ、ありがとうございますっ!  あと、あの、その……」 典乃は自分の胸元を見て、可奈の胸元を見て。 「ぼーんっ、てかんじで」 「ぼーん?」(可奈) 「あ、いえなんでもないですっ!」 ……だいたい言いたいことはわかった。 ぼーん、って感じだよな。 「あの、ボク、すぐそこのしぇいむおんって喫茶店で働いてます!  ぜひ近くに来たら、よっていってくださいっ。サービスしますから!」 「うん、ありがとうね」(可奈) 「おう、ありがとうな」 「タカヤにはサービスしないもん。可奈さんだけだもん」 「ちぇっ。俺なんか近所に住んでるんだしカードも持っているんだから、  もっと優遇してくれよ」 「だからサイフ持ってきたじゃんか。  ずいぶんユーグーしているつもりなんだけど?」 「う、そのとおりだ」 「ふふ、じゃあ遊びに行くわ。会うのを楽しみにしてるね」(可奈) 「は、はいっ!ボクも楽しみにしてますっ!」 「オレも楽しみだな」 「タカヤは楽しみじゃないもん。名前まちがえたし」 「だから、ゴメンって謝っているだろーが。えっと……」 選択肢 1 テン……ノ、だよな?(2-4-1)へ 2 ノリ……ユキだよな?(2-4-2)へ //------------------------------------------------- // 2-4-1 テン……ノ、だよな? //------------------------------------------------- 「そうそう!覚えたじゃん。えらいえらい」 「お前、俺をバカにしてるだろ?」 「バカになんかしてないよ?  タカヤはバカだからそう思うんじゃないの?」 //------------------------------------------------- // 2-4-1 ノリ……ユキだよな? //------------------------------------------------- 「だーからっっ!テ・ン・ノ!  辞典の典にうにゅうにゅの乃!」 「なんだその、うにゅうにゅってのは」 「いーの!ちょうどいいたとえが浮かばないんだからっ!うーっ!」 「お前、バカだろ?」 「サイフを忘れるタカヤに言われたくないやいっ。ばーかっ」 //------------------------------------------------- // 2-5 自宅前 //------------------------------------------------- 「ああ言いえばこう言うやつだな」 「あ、そろそろ戻らなきゃっ。可奈さん、おまちしてますねっ!  タカヤのばーかー」 「ふふっ、またね。お仕事がんばってね」(可奈) 「またね、ノリノちゃん」 「うーっ!こんどあったとき、おぼえてろーっ!」 ばたばたばたんっ!と勢いよく出て行く。 「とっても元気で、おもしろい子ね」(可奈) 「……おもしろすぎるだろ、ありゃ」 はは、と思わず苦笑する。 世の中って、広いな。いろんな人間がいるもんだ。 愛情たっぷりアイスコーヒーを飲みながら。 俺はばたばたと遠ざかる足音を聞いていた。 //------------------------------------------------- // <二日目終了> //------------------------------------------------- //------------------------------------------------------------------------------ // 8月3日 <三日目> //------------------------------------------------------------------------------ //------------------------------------------------- // 3-1 自宅 //------------------------------------------------- // 美幸との再会 (SE 目覚まし) 『ジリリリリリリッ!』■ ──バンッ!■ <隆也> 「う〜ん……」■ ほとんど無意識の内に目覚まし時計を止めると、上半身を起こして部屋の中を見回す。■ (BG 部屋) 東に面した窓から差し込む朝日が、散らかっている部屋を更に強調していた。■ <隆也> 「今日中に片付けなきゃな……」■ 昨日、可奈や荒巻に手伝ってもらいはしたが、さすがに部屋の片付けまでは済んではいない。■ 堆く詰まれた中から、洋服の入ったダンボールを引っ張り出そうとする。■ <隆也> 「バランスゲームだな……」■ 横着して、下の段からダンボールを引っ張っていると、昔遊んだ将棋を使ったゲームが思い出される。■ ……なんていう名前だっけか?■ <隆也> 「まぁ……どうでもいいよな」■ 引っ張り出されたダンボールから、今日着る分の服を取り出す。■ …………。■ <隆也> 「うしっ!」■ 手早く身支度を済まし、腕捲くりをしながらダンボールの山を見上げる。■ 正直、汚い部屋は好きではないし、何より過ごしにくい。■ 今日の午前中の仕事は、部屋の片付けに決定した。 <隆也> 「いっちょ頑張りますかっ!」■ …………。■ ………。■ ……。■ <隆也> 「まぁ……こんなもんかな」■ 八割方片付いた部屋を見渡して、一人つぶやく。■ 床を占領していたダンボールは姿を消して、代わりに置いたソファに腰を下ろした。■ <隆也> 「意外と早く済んだな……」■ 時刻を見ると、ちょうど10時を回ったばかりである。■ 目覚ましをセットしたのが7時だったから、およそ3時間程でここまで片付けた計算になる。■ //------------------------------------------------- // 3-2 喫茶店内 //------------------------------------------------- //BGM しぇいむ☆おんのテーマ //BG 喫茶店 キャラ表示(早苗,00,05) <早苗> 「……で、そんなわけで朝ごはんを食べに来たと?」 <隆也> 「要約するとそうだ」 <非> ジト目でこちらに視線を向ける早苗。 負けじと胸を張って答えた。 キャラ表示(早苗,20,06) <早苗> 「はぁ……」 <隆也> 「なんだ、俺は客だぞ?」 キャラ表示(早苗,00,05)  <早苗>                      「……タチの悪いお客って皆そう言うわよね」 <隆也> 「………」 キャラ表示(早苗,00,00) <早苗> 「まぁいいや。後で注文取りに行くから適当に座ってて」 <隆也> 「……随分と適当だな」 <早苗> 「メニューはそこの棚に入ってるから持ってってね」 <隆也> 「……セルフだな」 <早苗> 「じゃ、ごゆっくりどうぞ」 <隆也> 「それだけか?」 キャラ消去(早苗) <非> 俺の問いかけを無視した早苗は、そのまま店の奥へと姿を消してしまった。 <隆也> 「とんでもねぇ店だな……まったく……」 <非> 一人でぶつくさ言いながら、取り合えず昨日座ったカウンターへ。 <非> 昨日と変わらない様相の店内は、何か不思議な安心感を与えてくれている気がする。 <非> 落ち着いた質感の木製テーブルも、淡い白熱灯の光も、どこか懐かしい……ような気がする。 <隆也> 「どこかに似てるんだよなぁ……」 <非> 天井をクルクルと回る扇風機を見つめながら、そんな事を考えていた。 <少女> 「……いらっしゃいませ」 <非> と、横から聞き覚えの無い声が聞こえてきた。 <非> いつの間にやって来たのか俺の隣で、初めて見る店員が伝票片手に立っている。 <少女> 「……ご注文、お決まりでしょうか?」 <隆也> 「あ……」 <少女> 「………」 <隆也> 「えっと……」 <少女> 「………」 <隆也> 「あっ、そういやメニューが」 <非> ここでようやくメニューが無い事に気が付いた。 ……そういや、早苗がメニューがどうとか言っていた気がする。 <隆也> 「すみません、メニュー貰えますか?」 <少女> 「……」 <非> 俺の言葉はしごく当然のはずだ。むしろ、メニューを渡さない店側に問題があるのではないだろうか? ……なのだが、俺の前に立つ少女はあからさまに表情を曇らせている。 <少女> 「………」 <非> 気まずい沈黙。 <少女> 「……分かりました、少々お待ちください」 <非> ようやく店員は口を開くと、しぶしぶといった面持ちで踵を返す。 やがて、どこからかメニューを持ってくると、素っ気無い様子でそいつを俺に手渡した。 「では、後ほど伺いに来ます」 <隆也> 「………」 <隆也> 「……変な店だな」 <少女> 「お待たせ致しました」 「クラブハウスサンドとアメリカンコーヒーになります」 <非> 香ばしい匂いを漂わせながら、注文の品が目の前に置かれる。 ……結局頼んだのは、昨日と同じ物だ。 <少女> 「ご注文の品は以上でお揃いでしょうか?」 <隆也> 「あぁ。どうも」 <少女> 「………」 <隆也> 「………」 <少女> 「………」 <隆也> 「……えっと、揃ってます」 <少女> 「………」 <隆也> 「………」 <少女> 「……失礼ですが」 <隆也> 「はぃ?」 <少女> 「どこかでお会いしました……?」 <隆也> 「えっ……」 <非> 予想外の言葉に驚いてしまう。 <隆也> 「……会いましたっけ?」 <少女> 「──なんとなくそんな気が……」 <隆也> 「え〜っと……」 <非> 目の前の少女の顔を良く見る。 <隆也> (良く見るとこの子……美人だな) <非> 特に、透き通るように白い肌は……、 <隆也> 「アッーーーーー!!」 <少女> 「っ!?」 <隆也> 「いうえお……」 <非> そういえば……っ! そういえば……っ!! あった……っ! そんな事も……っ!!!! あまりの……っ! 不遇に……封印していた事ながら……っ! 確かにっ!! 「……?」 <隆也> (ざわ……ざわ……) <非> まさに……窮地……っ!! 神が気まぐれに起こした……っ!!! なんという……っっ!! <少女> 「……あの」 <隆也> 「ざわ……」 <少女> 「何か……心当たりが?」 <隆也> 「ん、いや、別に無いな。うん」 <少女> 「……そうは見えないですけど」 <隆也> 「気のせいだよ、うん」 <少女> 「……そうですか」 <非> そうは言うが、目の前の店員は納得いかない、といった表情で小首を傾げている。 <隆也> 「気のせいだって! 俺は会った気なんてしないし」 <少女> 「……そうですか」 <隆也> 「そうですそうです! これが初対面!」 <少女> 「………」 <隆也> 「それにホラ、俺って引っ越してきたばっかりだしっ!」 <少女> 「……そうなんですか」 <隆也> 「気のせいだって! ははっ! まいっちゃうなぁ……っ!」 <少女> 「………」 <隆也> 「あははっ!」 <少女> 「………」 「……なんか焦ってません?」 <隆也> 「亜wせdrftgyふじこlp;@」 <非> 驚いた拍子に、手からコーヒーカップが滑り落ちる。 <少女> 「──あっ」 ──パリーンッ! <少女> 「──っ!」 <非> 不運にも中身のたっぷり入ったカップは、少女の直ぐ足元へと──。 <隆也> 「あっ!」 <非> 少女の足に熱いコーヒーが降り注ぐのがハッキリと目に映る。 <隆也> 「だ、大丈夫っ!?」 <少女> 「………」 「……大丈夫です」 <非> 掛かった方の足に手を添えながらそう俺に答える。 <隆也> 「ほ、本当……? 火傷とか……」 <少女> 「いえ、多分平気だと思います」 <声> 「ちょ、ちょっとぉ〜!」 <非> と、後ろの方から聞き覚えのある声が……。 <早苗> 「隆也! あんた次は何したのよ!?」 <非> 後ろを振り返ると、怒りの形相の早苗が仁王立ちしていた。 <少女> 「……コーヒーを落としただけです」 <非> 俺の代わりに少女が答える。 <早苗> 「はぁっ!?」 <早苗> 「あんた何? ま〜た仕事の邪魔しに来てくれた訳??」 <隆也> 「またってのは失礼だろが! 別に邪魔したことはねーだろ!」 <早苗> 「あんたの存在自体が邪魔なのっ!」 <隆也> 「な、なんだとぉ? お、俺は客だぞっ!」 <早苗> 「………」 <少女> 「………」 <非> ……俺を見る二人の目が冷たい。 <隆也> 「と、とにかく!」 <非> 苦し紛れに話題を変えてみる。 <隆也> 「け、怪我とかは無いのか?」 <少女> 「……大丈夫です」 <早苗> 「まさかあんた……、みゆきんに怪我させたの?」 <隆也> 「だから、してないって本人が……」 <少女> 「あ……けど、ちょっとヒリヒリします」 <隆也> 「なぬっ?!」 <非> 驚いて、みゆきん(?)の足元に視線を落とす。 ……なるほど、確かにコーヒーをモロに被っていて、これでは火傷していない方が不自然とも感じる。 <早苗> 「あーーーっ!」 <隆也> 「な、何だ今度はっ?!」 <早苗> 「傷物だぁ! 隆也がみゆきんを傷物にしたぁ!!」 <隆也> 「ちょまwwwwそんな誤解を生むようなこと言うなwwww」 <少女> 「………」 <隆也> 「お前は照れるなっ!」 <少女> 「べ、別に照れているわけじゃ……」 「わ、私はただ単に先輩の言うことが事実と反していたから、それだけで……」 <隆也> 「……それは照れてるって言わないか?」 <少女> 「ち、違いますっ! だ、大体貴方、何様ですか? 加害者の自覚があるんですか?!」 <早苗> 「みゆきんの言う通りよ! さっきから偉っそうに……」 <隆也> 「いやいや、お前も余計な口出しするなって」 <早苗> 「何よー! 傷物にしたのを傷物にしたって言って何が悪いのよ!」 <少女> 「き、傷物じゃないですっ!」 <早苗> 「な、なに? みゆきんまで……」 <非> 一人分かっていない早苗がオロオロしている。 <隆也> 「取り合えずお前、変な事言うのは止めろよな」 <早苗> 「な、なによぅ! い、良いからあんたは責任取りなさいよ!」 <隆也> 「……なんの責任だよ?」 <早苗> 「み、みゆきんを傷物にした……」 <隆也> 「だぁかぁらぁ……」 <少女> 「あの、先輩……私は本当に大丈夫なんで……」 <早苗> 「良いの! ここは先輩に任せなさい!」 <少女> 「け、けど……」 <早苗> 「良いからっ! この馬鹿には、男の責任の取り方ってヤツを叩き込まなきゃいけないみたいだし……!」 <隆也> 「お前に教わらんでも分かってるっつーの」 <早苗> 「こ、こんの男は〜〜!!」 <店長> 「ねぇ」 <三人> 「「「はっ!」」」 <店長> 「喧嘩はさ、外でやってくれないかな?」 //------------------------------------------------- // 3-3 喫茶店内 //------------------------------------------------- 「そういう訳で、店内はお静かにお願いします」 「……はい」 俺だけの所為とは思えないが、ゴネるのもアホらしいので素直に頷いてみせた。 「あのさ、足、平気?」 「……先程も言いましたがお心遣いは結構です」 「いや、けどさ、さっきヒリヒリするって……」 「今はそうでもないです」 「……そう?」 「はい」 「………」 「では、失礼します」 「ちょっ、ちょっと待って……!」 背を向けた美幸に思わず声を掛ける。 「……まだ何か?」 振り返る美幸の表情。 「……えっと……」 あからさまに不機嫌そうな顔に、思わず言葉が詰まってしまった。 「そ、その……」 「………?」 「よ、よろしくなっ! ははっ……」 「………」 美幸は答えない。 ただ、相変わらず気だるそうな顔で俺を見詰めているだけだ。 「……恥をかきました」 「出来れば……貴方とはもう顔を合わせたくないですね」 「………」 「それでは」 「マジかよ……」 正直、かなりへこむ。 今まで振られたことが無いわけではないが……それでもアレはきついぞ。 (出来れば……貴方とはもう顔を合わせたくないですね) 毒男が聞いたら首を吊るのではないかというセリフ。 そいつを頭の中で反芻させながら、すっかり冷めたサンドイッチに齧りつく。 ──モシャモシャ。 (なんか最近は、女運が強いのだか弱いのだか分からん……) なんというか……可愛い子と知り合っては嫌われて……そんな循環を繰り返しているような。 ──モシャモシャ。 口の中でパサつくパンを、冷たい水で一気に流し込んだ。 「ふぅ……」 一息ついてから、備え付けの紙ナプキンで口を拭う──と、 「あれ? あんたまだ居たの?」 なんて、いつの間にか早苗が横に立っていた。 「随分トロトロ食べてんのね……って食べ終わってるし」 言いながら、頼んでもいないのに食器を片付け始める早苗。 「はいはい、サッサと帰った帰った!」 「………」 「……お前だな」 「……へっ?」 「お前だな、疫病神は」 「……??」 <<<<<<<<<<<<<以降、未記述>>>>>>>>>>>>>>>