//------------------------------------------------------------------------------ // prolog本文 // // 2005/12/13up // //------------------------------------------------------------------------------ //------------------------------------------------------------------------------ // 導入部 //------------------------------------------------------------------------------ //------------------------------------------------- // 0-1 喫茶店 (回想:早苗) //------------------------------------------------- (自宅内で今日の回想をしています) 前略、母さん。 東京はやっぱり怖いところです。 コーヒーを飲もうと喫茶店に行ったら、 かわいい女の子にこんな事を言われました。 『慰謝料百万円!』 怖い、こわすぎだよトーキョー。 俺が何かやったっていうのかよぅ。 ……はて、やったような気もするけども。 いろんな事がありすぎて、頭が混乱している。 あと、こんな事も言われました。 『週に五回は顔を出さないと訴えるから!』 母さん、東京はアメリカ以上に訴訟の国みたいです。 知りませんでした。 コーヒーのおかわりをもらおうとしたら、 いきなり訴えると脅されました。 ムチャクチャです、泣きそうです。 あれ、さっきまでリアルに泣いていたような。 泣いて叫んでいたような。 しっかし、体のふしぶしが痛い。 部屋まで歩くのが大変だったぞ。 俺の傍らには、 わき腹のあたりが真っ赤に染まったTシャツが 乱雑に置かれている。 ……マジでカンベンしてくれよ、これは。 洗濯するにもコインランドリーなんだから。 俺は腹をさすりながら、瞼を閉じながら…… 今日あったことを、振り返っていた。 PS・母さん 半年ほど生活してみましたが、 まだまだ慣れません。 でも、かわいい子がいっぱいで、 それだけは救いです。 そう、今日の朝だって…… //------------------------------------------------------------------------------ // 8月1日 <一日目> //------------------------------------------------------------------------------ //------------------------------------------------- // 1-1 電車内 (美幸) //------------------------------------------------- 隆也「……っと」[p] [er] 停車駅を告げるアナウンスで目が覚めた。[l] [er] 俺は寝ぼけた目を擦りながら辺りを見渡す。[l] [er] ;背景の表示 ;電車の効果音 (ガタン…ガタン…)[p] [er] 車内の窓は、目的地の風景を映し出している。[r] どうやら、もう少しで寝過ごすところだったようだ。[r] 昨日は結構大変だったからなあ。[p] [er] 隆也「ふぉぁぁぁ〜……」[p] [er] ……相変わらず眠い。[r] いっその事二度寝に入って寝過ごそうかとも考えたが、[r] いくらなんでもそうは行くまい。[p] [er] アナウンス「まもなく〜、吉祥寺〜吉祥寺〜……」[p] [er] 相変わらずの発音で車掌が繰り返す。[p] [er] そろそろ降りる準備をしなくてはいけないな。[p] [er] 足元にある馬鹿でかいリュックサック。[r] そいつを立ちながら、ひょいと担ぎ上げた。[p] [er] 隆也「おんもーっ☆」[p] [er] 引越しの荷物が詰まったそれは異常なほどに重い。[p] [er] 馬鹿げた量の荷物を見下ろしながら、深い溜め息を吐いた。[p] [er] 僅かな引越し代をケチった自分を呪う。[p] [er] 隆也「内藤隆也……一生の不覚……」[p] [er] しかし、ここでへばっていては電車を降りることも出来ない。[p] [er] こらえながら、網棚に置いたスーツケースを手繰り寄せた。[p] [er] 隆也「ぐっはっ……!」[p] [er] あまりの重さに腰が砕けそうになるが、なんとか堪えてスーツケースを床に下ろす。[p] [er] ;物を落とす効果音 ガシャンッ![p] [er] 隆也「うわっ!」[p] [er] が、最後の最後でしくじって派手に荷物を落っことしてしまった。[p] [er] ……隣に座っていたおばさんが、いかにも迷惑顔で居住まいを正す。[p] [er] 隆也「いやぁ〜……すみません……」[p] [er] 慌てて謝るが、おばさんは興味無さげに一瞥すると、持っていた単行本に目を移した。[p] [er] 隆也「はは……」[p] [er] 所在無く照れ隠しの笑みを浮かべて、何気なく車内を見回す。[p] [er] と、向かいの座席に座る少女と目が合った。[p] [er] ;立ち絵(美幸:無表情) 規則正しく揺れる車内の中で、女の子はどこか一点を見据えて座っていた。[p] [er] 少女は動かない。けれど、目蓋は忙しなくパチパチとまたたいて、さながら何かに驚いているような……?[p] [er] 隆也(……何を見ているんだ?)[p] [er] 見た目は多分高校生くらい。両隣を油ぎっしゅなサラリーマンに囲まれているせいか、肌の白さが余計に際立っている。[p] [er] 別段やましい気持ちがある訳でもないのに、不思議と俺はこの少女から目を離せられないで居た。[p] [er] 隆也(いや、だって……)[p] [er] 実は、俺はさっきからこの少女と目が合っている。[p] [er] 俺の目線と女の子の目線が合うと言う事は、つまり……、[p] [er] 隆也(この子……俺を見ているのか……?)[p] [er] ;フェードアウト・イン ;電車の音 恐らく時間にしては十数秒だと思うが、俺にとっては無限に感じた時の中で、[p] [er] 俺と少女はずっと見詰め合っていた。[p] [er] 少女(じーーー……)[p] [er] 相変わらず女の子は俺を見詰めている。[p] [er] 隆也(うーん……)[p] [er] 少女(じーーー……)[p] [er] 隆也(……)[p] [er] 少女(じーーー……)[p] [er] 隆也(これはまさか……『ナンパ待ち』というやつではないのだろうか?)[p] [er] ……そう思うと急に恥ずかしくなって、浮き足立ってきた。[p] [er] さりげなくを装って前髪を直したり、女の子を良く観察してみたり。[p] [er] 隆也(ま、まさか『逆ナン』とかいうのには発展しないよな……? さすがに困るぜ)[p] [er] これだけ大勢の乗客の前で、女の子にナンパされるシチュエーションを想像してみる。[p] [er] いや、それはそれで気分は良いものかも知れない。[p] [er] ;SE 電車の音 アナウンス「えぇ〜、まもなく吉祥寺に到着します〜。降り口は右側〜……」[p] [er] ・・・…ぐっ! どうやら残された時間は僅かなようだ。[p] [er] 俺はもう一度少女を見る。[p] [er] 少女(じーーー……)[p] [er] ……相当に可愛い。恐らく、これほどの美人とお知り合いになれるチャンスは、そうそう無いはずだ。[p] [er] ……俺は意を決して、この少女に声を掛けた──![p] [er] 隆也「えっと……、今、一人?」[p] [er] 声を掛けたは良いが……どうにも反応が鈍い。[p] [er] てゆーか、無反応??[p] [er] なにやら暗雲立ち込めた、嫌な雰囲気に身震いしつつも、もう一度声を掛けてみる。[p] [er] 隆也「暇なら……お茶しな〜い? はは……」[p] [er] 『お茶しない?』なんて、今時言うのかどうかは甚だ疑問では有るが……。[p] [er] ;美幸 不機嫌 けれど、ここで初めて少女がリアクションらしいリアクションを示した。[p] [er] 女の子はいぶかしむ様な視線を俺に送る。……心なしか、『お前誰?』なんて言いたげな視線を感じるのだが……。[p] [er] ……冷や汗が落ちる。もしや、俺は大きな勘違いをしていたのではないだろうか──?[p] [er] 少女「私、忙しいんで……。それじゃ、失礼します」[p] [er] 女の子は、やっとこさそれだけ言うと、今度は目も合わさずに席を立つ。[p] [er] 挙句、何も告げずにそのまま隣の車両へと消えて行ってしまった。[p] [er] ;美幸 非表示 ……俺は失笑の渦に囲まれながら、[p] [er] 何か途方も無い勘違いをしてしまった自分を呪うしかなかった。[p] //------------------------------------------------- // 1-2 自宅 (独白) //------------------------------------------------- ここが新居か。見事なくらい何も無いな。 思い起こせば一ヶ月前。 突然大家の婆さんから立ち退きを命じられたときは、 心底焦ったものだ。 なにせ三ヶ月分の家賃を支払っていなかったのだ。 問答無用で追い出されるんだろうなと、 その時は思っていた。 だが。いつもは苦虫をすり潰し、 青汁に煎じで飲んだような表情をしている大家が、 仏のような柔和な顔をしているではないか。 これはなにかある。 「なんか嬉しいことでもあったんですか?」 「ひゃっひゃっひゃっ、分かるかい?  この不良入居者しかいないアパートが、  区画整理で取り壊されることになったのさ」 「ちょっ! それ嬉しくないですよ!」 「仕方ないじゃないか。  お上の言うことには逆らえないよ」 どうみても、もともと逆らう気はない雰囲気だ。 裏金でも貰っているのだろうか? 「そんなわけで、  あんたたちには悪いけど立ち退いてもらうよ」 どうでもいいが、 とても悪いと思っている口調ではない。 憎たらしいババアだ。畜生め。 「そんな急に立ち退けって言われても、  その、先立つものとか、予定とか」 「立退き料払うよ」 「マジですか?」 このドケチで有名な大家が立退き料を払う? 区画整理ってなに? そんなに儲かるの? どういうマジックを使ったんだよ国土交通省! まったく、税金の無駄遣いしやがって。 ――本当にありがとうございます。 「ちなみに立退き料って、  いかほど頂けるのでしょうか?」 「ちょっと耳をお貸し。  ゴニョゴニョゴニョ……」 「い、いますぐ立ち退きますっ!!!」 「慌てなくてもいいよ。  今月末、7月31日までに出て行ってくれれば  問題ないよ」 ――とまあ、こんな感じで引っ越すことになった。 そこまでは良かったんだけど、 引越し代をケチったオレは悪友の荒巻という 大学の友人に手伝いを依頼した。 それが間違いの元だった。 昨日の出来事が走馬灯のように蘇る。 「引越し? うんうん。まかせるなり」 こいつの良いところは物事を深く考えない。 ――という一点に尽きるが、 考えなさ過ぎるのも、また問題だ。 昨日の午前中。 引越しの荷物を積んでさあ出発! というときに、 荒巻がバイトしている運送会社から電話があった。 「オイこら! バイトッ!  てめえ今日はシフトの日だろっ!  勝手にトラック転がしてどこ突っ走ってんだ?  オレが殺しに向かう前に帰ってきやがれっ!」  と無線で聞こえてきたからたまらない。 「どどど、どうしよう隆也?」 「俺が知るかよ。  おまえこのトラック借りてきたんじゃないのかよ?」 「ちゃんと借りたさ。  ちょっと借りますってメモは残してきたから」 「その方法でバイト先が納得すると思ったのか?」 「どこかおかしかったかな?」 「最初から最後まで全部だよ!  ……とにかく戻ろう。  このままじゃ俺まで殺されちまう」 てなわけで荷物を積んだトラックはUターン。 運送会社へ直行と相成った。 運送会社ではこっぴどく叱られた。 罰として荒巻はもちろんのこと、 俺までタダ働きさせられた。 俺の引越し荷物など比較にならないほどの荷物を トラックに上げ下げしていた。 正直こんなことになるならちゃんとした引越し業者に 頼むべきだった。 だが、その甲斐もあってか、 俺たちの頑張りぶりを認めてくれたのか、 始めは立腹していた運送会社の所長が、 「8月2日の午後からならトラックを貸してもいいぜ。  荷物は倉庫の隅に置いといてやるから取りにきな」 と、言ってくれたので助かった。 その日は疲れきっていたので荒巻の家に泊まった。 そうして今朝、俺は荷物の一部を持って 新居に訪れたと言うわけだ。 荒巻には、責任を持って明日荷物を持ってくるよう 頼んである。 でもあいつ本当に大丈夫かな? 悩んでいても仕方ない。問題は今日をどう生きるかだ。 それはそうと……。 腹減ったな。 一人きりということは、 食事も一人きりということであり、 作るもの当然俺だけということになる。 やばいな。 必要最低限の荷物しか持ってきていないから、 自炊する道具なんてあるわけない。 何か入ってないかなと、リュックサックの中を 物色する。 おっ、ひまわりの種発見! って、喰えるか! 他にもっとマシなのないの? …… …… …… 三〇分ほどかけて、リュックとスーツケースを ひっくり返して探してみたが、 柿の種ひとつ出てこない。 我ながら迂闊としか言いようが無い。 ぐるるるる〜 やべっ、エネルギーをチャージしないと。 マジやばい。 とりあえず商店街の方に行ってみるか。 //------------------------------------------------- // 1-3 歩道前 (里美) //------------------------------------------------- 空腹でふらつく足で外に出たはいいが、 商店街はどっちだったっけ? 土地勘がまるでわからんし、空腹で心細い。 なるほど。迷子の気持ちが良く分かる。 それはそうと、 さっきから殺意にも似た視線を感じるのだが。 これが殺意の波動ってやつか? 冗談はさておき、 俺、誰かに恨まれるようなことしたっけ? …… …… …… 結構思い当たるな。 「あのっ、あし」 「あし?」 振り返るとそこには小さな女の子が立っていた。 どうでもいいが、かなり可愛いぞ。 だが悲しいことに、 どうみても好意的とは言いがたい。 かといって怒っているようにも見えない。 例えるならそう。 年貢米を無理矢理取り立てられたお百姓さんのように、 じっと耐えるような、悲しい瞳で俺を見ていた。 「あのっ、踏んでます」 女の子の声は震えており、勇気を振り絞って 語りかけているということが容易に伺えた。 けなげや。 「踏んでるって、この足の事?」 俺は自分の足をペチペチと叩くと、 女の子はこくりとうなずく。 なるほど足か。 だが足がどうしたっていうんだろう。 「あっ」 ひょっとしてこれか? 「あのっ、つゆ草を踏んでます」 つゆ草っていうのかこの花は。 俺は自分が踏んでいる野草をしげしげと眺めた。 「つゆ草、踏まないで、ください」 「あっとごめん!」 俺は慌てて足をどかした。 女の子は俺なんか眼中にないようだ。 ただ一心に地面にしゃがみこんで、 足蹴にされた《つゆ草》の状態を観察している。 「よかったぁ」 どうやらつゆ草は一命をとりとめたらしい。 まあ俺のことだ。 無意識下で手加減をして踏んでいたのだろう。 偉いぞ俺。 って、そんなワケないか。 「ごめんね。わざとじゃないんだ。  でもよかったね。つゆ草? が無事で」 だが女の子は無言だ。 背中から、話しかけないでください。 とでも言いたげなオーラを発している。 オーケー分かった仔猫ちゃん。 しかし相手が悪かった。 無視されてもめげないのが俺のいいところだ。 叩かれても踏まれてもへこたれない。 雑草魂ってやつ? 「野草とか好きなんだ。  俺も小さい頃はすもう草で遊んだもんだよ」 なぜだろう。 さっきよりも怒っているような気がする。 アピールが足りないのかな? 「あとはほら、あの赤い花。  花びらを引っ張ると蜜が付いてるやつ」 「サルビア、です」 「そうそうサルビア!  花壇中のサルビアの蜜を吸い尽くしたぜ」 「ぶはっ! な、なに?」 なんだ。なんだ? いきなり泥が降ってきたぞ。 「ひどいよ」 女の子が仁王立ちになって、俺を睨んでいる。 瞳にはうっすらと涙すら浮かんでいる。 え? ええっ? 俺なにか悪いことした? 女の子の手にはスコップが握られ、 ブルブルと震えている。 スコップで泥をすくい、投げつける。 ふむ。 論理的に推理すると、俺に泥をかけたのは この女の子という結論に達する。 だが何故だ? 俺は野草好きだというのは最大限にアピールしたはずだ。 何が悪かったというのだろう。 「あのさ。つゆ草を踏んだのは申し訳ないと思うけど、  すもう草やサルビアの蜜を吸うなんて、  子供ならよくやることじゃないの?」 「で、でも可哀相です」 「可哀相って、そんなのでいちいち可哀相とか  言ってたら、お米すら食べれなくなるよ?」 「実を付けた稲穂を刈り取るのにまで反対はしません。  でも、植物を弄ぶのには、感心できません」 なるほど。 そういう考え方もできるのか。 いやー、勉強になるな。 とか感心している場合じゃない。 「いやいや誤解だ。きみは勘違いをしている」 「もういいです。つゆ草、無事だったから  今度から気をつけて下さい」 恐ろしいまで他人行儀。まあ実際他人なんだけど。 しかし彼女は俺という人間を誤解している。 誤解されたままでは俺の名誉が、 内藤家の名を汚してしまう!! 「オーケー分かった。  とりあえず、こんがらがった誤解という名の  赤い糸を二人で紐解こうじゃないか!」 「えっ、ええ、遠慮します。失礼します」 「ちょっ、ちょっとまっ!」 あーあ、行っちゃった。 ちょっと幼いけど可愛かったな。 近所の子かな? ぐるるるる〜 やばい! エマージェンシーコールの間隔が短くなってきた。 商店街はこっちかな? //------------------------------------------------- // 1-4 商店街 (早苗) //------------------------------------------------- どっしーん! 「ぐはぁっ!」 わき腹に走る鈍痛。 この痛み。間違いない! 殺られちまった! 俺死んじゃうよ! 東京はやっぱり恐ろしいところだよ。 きっと俺が一人になるのを待ってたんだな。 痛てぇ、痛いよ母さん。 まだやりたいこと、いっぱいあったのに。 「な、なんじゃこりゃーー!!」 俺のわき腹には真っ赤な血が…… いやいやいや、なんか違う。 濃度というか粘度が根本的に血液と違う。 多分。これは血とは違うんじゃないカナ? なんていうか血糊というかケチャップというか。 ペロリ。 なんてこった! まんまケチャップじゃねーか! 「ちょっとアンタ!」 ん? 誰かが俺を呼んでいる? 女の子? 声の口調からして怒っているみたいだけど。 「自分が呼ばれてるってわかんないの?  天下の往来で、恥ずかしげも無く  ケチャップで遊んでいるアンタのことよ」 ななな、なんだと。 失敬な! 遊んでいるわけではない。 「ひょっとして俺のことかい?」 顎に手を当てた会心のキメポーズで振り返る。 するとそこには、 レストランか何かの制服を来た女の子が 尻餅をついていた。 え? これってまさか。 いやいやいやいやこれは眼福。 なんとも可愛いい しましまパンツですよ。 お兄さんは嬉しい! 涙が出そうだ。 なんか幸せでお腹が満たされた感じがする。 もちろん、気のせいってことはわかっているさ。 「ちょっと、さっきから何ニヤニヤしてんのよ!  あっ! アンタ!」 女の子はスカートのすそを正してうつむいた。 気付くのが遅いな。ハハハ。 油断大敵ってやつだ。 ようやく見られたことに気付いたようだね。 だけど大丈夫。 このことは俺とキミだけの秘密さ。 「見たわね?」 「ん? 何のこと?」 鋭い口調。結構怖い。 とぼけるのが精一杯だ。 このプレッシャー。只者ではない。 「見たんでしょ?」 ゴゴゴゴゴゴゴ! という効果音が聞こえてきそうな迫力。 負けそうだ。 歯を食いしばってないと、本当のことを 口走ってしまいそうだ。 「正直に言いなさい。  見・た・の・よ・ね?」 母さん。もう駄目かもです。 選択肢:  はい。見えました。     → (1-4-1)へ  見てません。見てませんよ。 → (1-4-2)へ //------------------------------------------------- // 1-4-1 はい。見えました。 //------------------------------------------------- 「サイッテ−!  痴漢! 変態! 女の敵! お巡りさん呼ぶから  ちょっとそこで待ってなさいよ!」 「ちょっ! そりゃないだろ?  手鏡で覗いたり盗撮したのなら納得するけど、  キミのパンツが見えてしまったのは不可抗力だ」 「大声でパンツとか言わないでよ。恥ずかしいわね」 「あ、ごめん」 俺は平身低頭女の子に謝罪した。  →(1-5)へ //------------------------------------------------- // 1-4-2 見てません。見てませんよ。 //------------------------------------------------- 「見てない見てない見てないよう。  本当に見てないって!」 「本当に見てないの?」 「ああそうだとも。  角度的に見えない位置だったんだ  本当だよ」 「よかった。少し子供っぽいかなって  思ってたから、見られちゃったなら  すごく恥ずかしかったの」 「そんなことないって。全然子供っぽくないよ!  もっと自分のセンスに自信を持って!」 「どのセンスに自信を持てばいいの?」 「何ってパンツの柄だろ?」 「やっぱり見てるじゃない!  この嘘つきの変態っ!」 やばい。 誘導尋問に引っかかってしまった。 なんて狡猾なんだ。 将来は悪徳弁護士か検事になれるぜ。  →(1-5)へ //------------------------------------------------- // 1-5 商店街(1-4の続き) (早苗) //------------------------------------------------- 「嫁入り前の女性の下着を覗き見るなんて酷いわ!  心に一生に傷を負ったじゃない!  慰謝料。ちゃ〜んと払ってよね」 「い、慰謝料って? そんな馬鹿な!」 「バカナもバナナもヘチマもないのよ。  示談できないんだったら司法に訴えるから!  この状況下でアンタが勝てると思ってるの?」 女の子の瞳が怪しく光る。 怖い。とてつもなく怖い。 ある意味限りなく冤罪なのだが、勝てる気がしない。 「わ、わかった。なんとかする。  だけど先立つものが何も無い。  だから身体で返そう。それで勘弁してくれ!」 「身体で返す? アンタの?」 女の子は怪訝そうな顔で俺を見ている。 まあ無理も無いだろう。 「あの、初めてだから痛くしないでね?」 「バッカじゃないの。まあいいわ。  アンタって貧乏そうだから、それで手を打つわよ」 「え? マジで?」 「いいわよ。  でもその言葉。ちゃんと言質はとったからね。  男に二言は無いわよ?」 「おうとも!」 どーんと胸を叩く俺。 でもこんなんでいいのか? 呆気なさ過ぎる。 何かやばいことを言ってしまったか? 考えろ俺。 身体で返すということの意味を。 腎臓 肝臓 膵臓に 異常〜♪ ヤバイ。 まさか臓器移植のドナーになれとか言わないよな。 とにかく嫌な予感がする。 「それじゃ早速だけど、  滅茶苦茶になっちゃった商品を拾ってきてよ」 女の子が言う通り、よく見ると彼女が持っていたと 思われる買い物袋から中身が散乱している。 なるほど。こういうことか。 身体で返すってこういうことなのね。 安心した。 でも、欲を言えば、 もうちょっと色気のある展開を期待したのに残念。 //------------------------------------------------- // 1-6 歩道前 (早苗) //------------------------------------------------- 「あのう。まだですか?」 「もうすぐよ。だらしないわね。男のくせに」 そうは言っても買い物袋を四つ持って歩いているのだ。 散乱する前より増えているのは気のせいではない。 それもそのハズ。 散乱して無くなったり使い物にならなくなった材料を 買い足してくると言って、荷物が三倍になったのだ。 通常の三倍ってやつ? 某赤い彗星みたいだ。 たしかに俺はケチャップまみれで赤いけどさ。 くそう。ケチャップの臭いが鼻につくぜ。 しかしこの女。自分が持たなくて良くなったからか、 重たいものばかり買い足しやがって。 フルーツ缶詰が大量に入った袋が破けそうだ。 これはもう人足だ。 いや奴隷と言っても過言ではない。 重大な人権侵害だ。 「なにをブツブツ言ってるのよ。気持ち悪いわね。  それより着いたわよ。  ここがアタシのバイト先、《しぇいむ☆おん》よ」 しぇいむ☆おん――ね。 変わった名前の喫茶店だな。 //------------------------------------------------- // 1-7 喫茶店裏 (早苗) //------------------------------------------------- 「そんじゃ俺はここで」 喫茶店の裏口に荷物を置いた俺は、 女の子に別れを告げた。 お腹のエンプティ表示は、 もうメモリがマイナスに突入している。 「なっ! ちょっと待ちなさいよ」 「なんだよ。これ以上こき使おうってのか?  いい加減勘弁してくれよ」 「違うわよ。アンタその格好で帰る気なの?」 言われて気付く、ケチャップまみれの俺。 確かに目立つし、なにより臭い。 一度帰らないと買い物にも行けない。しくしく。 「どうだっていいだろ。なんとかなるよ」 「どうでも良いって酷いじゃない。  アタシの下着見たくせに!」 そこでなぜ下着がでてくる? それはそうと、結構根に持つタイプなんだな。 「だからその償いはもうしてやっただろう?」 「あーもうっ! だからそんなんじゃないんだって」 何を怒っているのだろうか。 年頃の女の子が考えることはわからない。 「んっふーん。どうしたんだい早苗くーん」 うわっ、なんか凄いのがきた。 アフロ? アフロなのか? アフロに帽子? なんかはみ出してるよ。 黒いブロッコリーが二つ付いてるよ。おい。 どうしようキモい。キモ可愛い、くねえよ!! でも指摘すると殺されそう。 それにサングラス。 そのくせエプロン着用とはどういうことだ? 「あ、店長。ちょうど良いところに。  このみすぼらしい格好をした人に  着替えを貸してあげて下さい」 「んっふーん。  それは私のコスチュームでオーケー!  ということなのかーい?」 「体格的には問題ないですよ。多分」 なんか勝手に話が進んでいる。 というかこのおっさんが店長って! 服を貸してくれるらしいが、 白いエプロンの下から黒いラバースーツが透けて見える のは体格うんぬんの問題じゃない。 「えええ、遠慮します。そいじゃ!」 俺は脱兎のごとく逃げようとしたが、 以外に俊敏な、店長と呼ばれる怪しい男に 呆気なく取り押さえられた。 気が付くとありえない姿で関節技を キメられていた。 なんという技だろう? と思う間もなく 全身に激痛が走る。 「ギギギ、ギブギブ、ギブアーーーーーップ!!」 これはなんという美人局なのだろうか? そんなことを考えならが、 俺の意識はブラックアウトした。 //------------------------------------------------- // 1-8 喫茶店内 (早苗) //------------------------------------------------- 「と、とうさん。かあさん。可奈ぁーーーっ!」 こ、ここは何処だ? 天国にしてはやけに俗っぽいぞ。 「やっと気が付いた。死んだらどうしようかって、  山に埋めるか、海に沈めるか、どっちにするか  店長と揉めてたところなのよ」 「勝手に殺した後の算段してんじゃねえよ!」 「生きてたんだからいいじゃない。  それより何か食べる? お腹空いてるんでしょう?」 「あ、うん」 ぐるぐるぐるぐるるるるーーーっ! 女の子にそう言われるや、 俺の腹の虫が雷のような音を立てた。 「喫茶店内で餓死されちゃたまんないからね」 女の子は鼻歌を歌いながら厨房に戻っていった。 と思ったら、またすぐに戻ってきた。 「ねえねえ。ところでさっき、  寝言で『可奈ぁーーー』って叫んでたけど、  誰なの? 彼女?」 「キミには関係ないだろ」 「あるわよ。  だってアタシはあんたの身体を貰ったんだから  その所有者としては当然の権利でしょう?」 「はい?」 「だから、アンタの身体はアタシのもの。  ジャイアニズム的言い回しをするならば、  アンタの物はアタシの物、アタシの物はアタシの物。  ってことになるんだけど。了解?」 「誰が了解するかっ!」 「ところでアンタの名前は?」 と、とことん人の話を聞かないやつだな。 マイペースすぎるというかなんというか。 だが可愛いので許す。 「俺は内藤。内藤隆也」 「ふーん。隆也ね。なんか平凡」 「そういうキミは?  俺も名乗ったんだから、うわっ!」 いきなり女の子の顔が近付く。 しかも、挑発するよう胸に手を添えて、 突き出しているのは何故なんだ? これは触ってもいいということか? ゆっくりと手を伸ばす。 あと少しで柔らかいましまろちゃんが…… バキッ! 「いてーーーっ!」 グ、グーだ。グーで殴りやがった。 痛い。果てしなく痛い。 「ばっ、ばか! 変態! なにしようってのよ。  胸にあるネームプレートを見なさいって意味よ。  この痴漢! 変態!」 なるほど。そういうことか。 人生そう甘くはないか。 「阿部早苗。――早苗ちゃんか」 「違うでしょ。早苗サマでしょ?」 「言ってろ」 「アハハ、それじゃあ首を長くして待っててね」 パタパタと早苗ちゃんが厨房に駆けてゆく。 なんというか疲れた。 //------------------------------------------------- // 1-9 喫茶店内 (早苗/里美/店長) //------------------------------------------------- あー、美味しかった。 最初はあの店長が作ったものだから どうなることかと思ったけど、 これが以外に美味いのなんの。 「もう食べたの?  よく噛んで食べないと病気になるわよ」 「なに? 心配してくれるの?」 「バ、バカ! そんなんじゃないわよ」 「それよりも仕事はいいのかよ? 料理冷めるぜ」 早苗ちゃんのトレイには、 美味しそうな料理が湯気を立てて乗っている。 「そうね。忙しくなってきたから隆也の相手はして  らんないみたい。変わりに他のバイトの子が来るかも  知れないけど、変なちょっかい出したら許さないから」 「ジェントルメンの俺がそんなことするかよ」 「どうだか」 「早苗くーん。5番テーブルの料理はまだかーい?」 店長の声が響く。 「はーい。いま行きまーす」 慌てて駆けてゆく早苗ちゃん。 口は悪いが容姿は抜群だ。 月並みな表現だけど、 どこかで見たような気がするんだよなあ。 まあいいや。 コーヒーのおかわりの飲んで帰ろう。 …… …… …… 「あの、コーヒーのおかわりお持ちしました」 抑揚のない淡々とした声で早苗ちゃんより もっと若そうな女の子が現れた。 「えっ!」 「おや、奇遇だね!」 なんとも驚いた。 コーヒーのおかわりを持ってきてくれたのは、 出かけに合った《つゆ草》少女だ。 この再会は奇跡としか言いようがない。 ハレルヤ神さま。ありがとうございます。 「こんにちは。また会ったね仔猫ちゃん」 「つ、つけてきたんですか。  ひょっとして、ス、ストーカー?」 「ななな、なに言ってるの!」 俺は女の子の手首を握ろうと、手を伸ばした。 「ひっ、いやっ」 あ、逃げた。 女の子はパタパタと厨房の中に引っ込んでしまった。 …… …… …… 「ちょっと! ちょっと!  あんたウチの里美になにをやったの!  あのコ怯えているじゃない!」 「え、いや、誤解……」 「問答無用! 五階も六階もないわ」 「あれほど他の子に手を出すなって言ったのに。  よりによって里美に手を出すなんて、  この痴漢! 変態! ロリコン!」 血相を変えて飛んできたのは早苗ちゃんだった。 まさかあの女の子が早苗ちゃんと同じバイト先だったとは。 「まあ待て。少し落ち着こう。  どうも色々と誤解があるようなんだ」 「落ち着け? 落ち着けですって?  私はともかく妹にまで手をだしたら  承知しないんだからね!」 「ちょいまち。妹って! 早苗ちゃんの妹?  まあそれは置いといて、  俺はいつ早苗ちゃんに手を出したんですか?」 「うるさいわね。仮の話よ。  そんなことも分からないの?  バカ隆也!」 ひどい言われようだ。 まあ確かに非は俺にもちょっとはあるけど。 いや、かなりあるかもしれない。 「とりあえず俺の話を聞いてくれ」 まだブツブツ文句を言っている早苗ちゃんをなだめ、 俺は《つゆ草》事件について詳細に説明した。 …… …… …… 「どう考えても、100%隆也が悪いんじゃない」 「そういうことになるのかな?」 「呆れた。ならないとでも思ってるの?  とにかく、隆也が来るたびに厨房に引っ込まれると  困るから謝ってきてよね」 「いや、かなり嫌われちゃったみたいだし。  それにもう来ないからいいよ」 「はぁ? ふざけないでよね。  何のためにサービスしてあげたと思ってるの?  常連になってもらうために決まってるでしょう」 「え? そうだったの? 知らなかった。  それにサービスって何?  俺なんかすごいサービス受けた?」 「煩いわねぇ。  週に五回は顔を出さないと訴えるから!」 「そんな酷い」 「慰謝料百万円!」 ずいっと片手が伸び、 人差し指がクイクイと曲がっている。 なんか堺の商人みたいで怖い。 「週に五日寄らせてもらいます」 「よろしい。  それじゃあ里美の方はアタシの方でなんとか  とりなしてあげるわ」 「俺が直接謝らなくていいのか?」 「あのコ、人見知りが激しいから。  慣れる前にそんなことされても  かえって逆効果になると思うから」 急にしんみりとした口調で早苗ちゃんが呟く。 少しがめつくて嫌な子だと思ったりもしたが、 どうしてどうして、 妹想いの優しいお姉ちゃんじゃないか。 「悪いね。ありがとう」 「どういたしまして。  帰るのなら会計はあっちよ」 「か、会計って? タダじゃないの?  サービスって聞いたような?」 「サービスはいっぱいしてあげたでしょう?  料理の代金とは別に決まってるじゃない」 「さ、詐欺だ!」 「店長ーっ! 食い逃げでーす」 「なんだってー!  ふっふ、ふーん。どうやら料理以外に、  私の関節技を喰らいたい人がいるようですねぇー」 「は、払います。払います。  払わせてください!」 「毎度あり〜!  最初から素直にそういえばいいのよ。  そうそう、これあげるからまた来てね」 俺は早苗ちゃんからカードを貰った。 優待券? なんの優待券だというのだ? 「これの使いどころがよくわからないのだが?」 「知りたければ足しげく通うことね」 「ちゃっかりしてんな」 「ありがとうございました〜」 それにしても。 週に五回か。無茶言うよな。 でも早苗ちゃんも、あと彼女の妹だっていう 里美ちゃんも可愛かったな。 週五回は無理としても、また来てみようかな。 俺は《しぇいむ☆おん》を一度だけ振り返って 帰宅の途についた。 //------------------------------------------------- // 1-10 自宅内 (独白) //------------------------------------------------- 疲れた。 昨日から今日にかけて散々な目に遭った。 二度あることは三度……。 いや、いまは考えないでおこう。 というか考えたくない。 明日の午後には荒巻が荷物を持ってくる。 って、あいつ。 本当に持ってきてくれるのか? なんだかとても心配になってきた。 そういえば、 明日は可奈が手伝いに来てくれるんだっけ? とりあえず寝よう。 //------------------------------------------------- // <一日目終了> //------------------------------------------------- //------------------------------------------------------------------------------ // 8月2日 <二日目> //------------------------------------------------------------------------------ //------------------------------------------------- // 2-1 自宅 (独白) //------------------------------------------------- 早苗との邂逅(これから記述) あ〜よく寝た。 いまが夏で本当に良かったよ。 冬だったら確実に凍え死んでるね。 昨日は疲れたから割と早く寝たんで 結構早起きしてしまった。 公園に行けば小学生がラジオ体操でもやってそうだ。 別に俺は小学生のラジオ体操を鑑賞するような マニアックな趣味はもっていないので、 公園まで行くつもりは毛頭ない。 何もない部屋に居てもしょうがないので、 散策がてら、外に出てみるか。 //------------------------------------------------- // 2-2 歩道前 (里美) //------------------------------------------------- 俺は昨日の不幸な事故を思い出し、 なるだけ足元に注意を払って歩いていた。 おっ、俺が踏んだつゆ草はまだ元気だぞ。 昨日はここで早苗ちゃんの妹に会ったんだよな。 確か、里美ちゃん? 多分間違ってないと思うが自信はない。 確かに姉妹だけあって、顔のつくりとか似てたな。 性格はまるで違っていたけど。 まあ兄弟や姉妹の性格なんてそんなもんだ。 そんなことを考えてしばらく歩いていると。 いたよ。 その里見ちゃんが目の前にいるよ。 だが俺に気付いた様子はない。 なぜなら俺を見たら逃げるであろうからだ。 悲しいぜ。 それはそうと何をやっているのだろう。 紙袋からなにか取り出して蒔いているのか? 肥料? それにしては少ない。 しかも何も生えてない場所に肥料を蒔いても 仕方ないだろう。 うーん。気になる。 思い切って声をかけてみるか。 逃げられたたらその時はその時さ。 「おはよう! 今日もいい天気だね」 「えっ?」 ビクッ! と肩を震わせて振り返る里美ちゃん。 驚き方が尋常じゃない。 多分逃げちゃうんだろうな。 某有名RPGのメタルなんとかってやつを思い出した。 「えっ、あっ、お、おはようございます」 なに? 予想外の展開。 いやいや嬉しい展開だから問題なし! 「おはよう。昨日は本当にごめんね」 「お、お姉ちゃんから聞きました。  昨日はストーカーと勘違いして、  ご、ごめんなさい」 「いいっていいって、慣れてるから  ところで里美ちゃん、だっけ?  なにしてたの?」 「あのっ、見てたんですか?」 「うん。ばっちり!」 おや、恥ずかしそうにうつむいてしまったぞ。 聞かないほうが良かったかな? 「ごめん。言いたくないならいいよ」 「いえっ、そういうわけじゃ。  種を、その、蒔いていたんです」 「種?」 「はい」 「種って花の種とかそういうの?」 「はい、その種です」 「どうして?」 そう、なぜ種なんか蒔いているのか? それも道端で。 「それは……」 「ごめん。なんか困らせちゃったみたいだね」 「いえ、別に。  ただちょっと理由があって言えないんです」 「願かけみたいなもの?」 その問いに、里美ちゃんはこくりと頷く。 なるほど。 理由はわからないけどきっと里美ちゃんにとっては 大切なことなんだろう。 これ以上詮索するのは野暮というものだろう。 「あの、わたし、帰らないと」 「ごめんごめん。  別に引き止めるつもりはなかったんだよ」 「あと、お姉さんに頼まれて、しぇいむ☆おんに  訪れることになると思うけど、  そのときはちゃんと相手してくれるかな?」 「あ、はい。努力します」 里美ちゃんはぺこりとお辞儀をすると、 パタパタと駆けて行った。 俺という人間が苦手なのか、男性が苦手なのか、 多分後者だとは思いたいが、里美ちゃんからは そんな雰囲気が感じられた。 初々しいな。 おっと、もうこんな時間か。 一度家に戻るとするか。 //------------------------------------------------- // 2-3 自宅内 //------------------------------------------------- お引越しなら、 いつもニコニコあらまき引越しセンターへ! 今ならメシ代さえ出せば、 他の費用はいっさいかかりません! 線目でボーッとしがちな、 何を考えてんのかわからない男の子が 懇切丁寧にお手伝いします! さあ、いますぐお電話を! ……お電話を、っと。 アイツの携帯にてれてれテレホン。 1コール、2コール……運転中か? 念のためと思って電話したけど、 そんな心配必要なかったか? 9コール、10コールと相変わらずな電子音が流れ、 あきらめて切ろうとした時。 電話先から、やけに間延びした声が聞こえてくる。 「もしー、もしー……」 「あ、俺だオレ」 「あー、すー……」 「こらっ、寝るなっ!  念のために電話してみたんだけど。  ひょっとしてこれ、モーニングコールか?」 「ぐー……」 「こらぁーっ!ねるなーっ!  今日はトラックで手伝ってくれんだろ?」 「なんだよ隆也ー、  まだふつーの人は寝てる時間だよ?」 「お前は寝てる時間かもしれんが、  ふつーの人は起きてる時間だっ!」 「お前のことだから、忘れていそうで」 「あー、だいじょうぶー。  ちゃんとトラック借りてきたから、  荷物もっていくねー」 「もう一眠りしたら、ちゃんといくよー」 「ばかっ!  お前の一眠りを待っていたら、  リアルに日が暮れるんだよ!」 「今までもどれだけ、  すっぽかされたことか……」 「ぐー……」 「うおーいっ!  あらまき引越しセンターさんっ!」 「あ、いけないー。  ちゃんとおきなきゃ」 「……いきなり目が覚めたな」 「隆也の用事は遅れてもいいけどー、  待ち合わせは時間通りにいかないとねー」 「なんだそれは。  俺は随分とないがしろにされてんだけど。  ……っつーか、待ち合わせ?」 「うんー。  じゃあ、これからそっちに行くからねー。  じゃあねぇー」 ぶつん、と一方的に切られる。 電子音のみが定期的に聞こえる。 まったく、相変わらずワケのわからん奴だ。 サークル仲間であり学部もおんなじ荒巻は、 きほん的にはいい奴だ。 こうして引越しも手伝ってくれるしな。 ただ、唯一の欠点というか、 重大な欠点がひとつ。 いつでも、どこでも寝るって事。 気付けば寝ている。 どこでも寝ている。 昼でも寝ている。 夜ももちろん寝ている。 朝もあの体たらく。 いつ起きてんだ?というくらいに寝ている。 でも不思議と、授業内容は理解してんだよな…… すいみん学習ってやつ? 『11月11日って、鮭の日なんだよー。  ほら、十一十一をタテに書くと、圭になるでしょー?』 そしてたまに、どうでもいい知識を披露する。 その度オレはとまどう。 半年つきあっているけど、 まだまだ底の見えない不思議なやつ。 それが荒巻。 ……ふぁぁ、と大きなあくびが出る。 荒巻と話してたら、俺まで眠くなってきた。 あいつが来るまで、ちょっと眠るか…… 来りゃ、起こしてくれんだろ。 ぐう…… ・ ・・ ・・・ こん。 こんこん。 こんこんこん。 扉をたたく音が、 俺を眠りの世界から戻そうとする。 ああ、そろそろ来る時間だもんな。 まだ目が覚めきってなく、 頭にモヤがかかった状態で キーロックを外す、ドアを開ける。 「……」(可奈) 「わりぃわりぃ、ちょっと寝てた。  オマエの事、怒れねぇよなあ」 「……」 あれ? 荒巻って、髪の毛そめてたっけ? 目だってこんなにパッチリ開いているし。 そもそも、体にくびれがあるんだけど。 ボーン、きゅっ、ぼーんって感じで 体が妙に自己主張してんですけど。 そう、やけに女の子らしい体つきで…… あれ? ひょっとして、ひょっとしなくても。 荒巻じゃなくて、この子は…… 「お、おはよう」 「……あ、おはよう、飯島さん」 「……」 ほら、やっぱりムッとしてる。 いつもそうなんだこの子は。 俺は挨拶するだけなのに、 いっつも機嫌が悪そうで。 何かやらかしたっけ?といつも考える。 あれ? 今日三回目の疑問。 違うんだ。 俺はもっともっと、 根本的なことを考えないといけないんじゃないか? 「おはよー、たかやー」 「……あらまき引越しセンターさん、毎度どうも」 「まいどー」 「一つオマエに聞きたいことがある」 「なになに、なーにー」 ぐおいっ! と間抜けな返事をするこいつにヘッドロック。 ずるずるずる、と部屋内にひき込む。 「いたい、いたいよー」 「な、なんでここに飯島さんがいるんだ?」 「あーそれねー」 「それはねー、  海よりも山よりも陸よりも  深い理由があってねー」 「例えがヘンなのは、とりあえず置いておく。  なんだその理由は」 「その、理由はねー」 「おう」 「あははー、わすれちゃったー」 「マジで勘弁してくれよ、  そこまで引っ張っといて」 「まあまあまあ、それよりもー。  引っ越し引っ越しー!」 「荒巻ひっこしセンターの社長の僕と、  副社長の可奈ちゃんが頑張るからねー」 「あ、飯島さん手伝ってくれるんだ」 「し、仕方なくね」 「はは……」 そりゃそうだ。聞くまでもないだろう。 でも、仕方なくでも手伝ってくれるのは、 嬉しいよな…… サークル仲間同士、 仲良くしていこうって感じかな。 ……そのわりには、機嫌が悪そうだけど。 「じゃあ、荷物を運ぼうよー。  僕と隆也で持ってくるから、  可奈ちゃんは中の荷物を整理してねー」 「適当に部屋に置いていっていいからさー」 「うん、わかったわ」 「おいおい、俺のプライベートとか  部屋の配置プランとか関係なしか?」 「あれ?  そういうの気にしたり、  そういうの考えていたのー?」 「……まあ、寝る場所くらいは。  ほら、北マクラって気にするだろ?」 「気にしないよー、  布団さえあれば、どこでもいいよー」 「あー、俺も。  ただ北マクラって言ってみたかった」 「あははー、そんな事だろうと思ってたよー」 「荷物の整理は、女の子に任せるのが一番だよー。  力仕事はタイヘンだろうし」 「荷物運びだって、あのくらいの量なら  二人なら楽勝だよー」 「……おい荒巻、すばらしい仕切りだな。  俺はちょっとお前のこと見直した。  ホレていい?」 「あははー、そんな趣味はないよー」 「それじゃあ飯島さん、整理の方よろしくね」 俺はできうる限りの笑顔を、飯島さんに向ける。 この想い、キミにとどけっ! 「……わかったわ」 ほらほら、何か機嫌が悪い。 荒巻と話してた時は笑顔も見せてたのによー。 完全に嫌われてますな……ははは、はぁ(ため息) と、とりあえず解散っ! 泣きそうにながらも勢い良く扉を開けて、 トラックにダッシュする。 「あ、まってよ隆也ー」 「……はぁ」(可奈) 金色の髪をした、青い目の女の子は。 一人きりになってしまった部屋で。 大きなおおきなため息をついていた事は、 誰も知らなかった。 ・ ・・ ・・・ 「……どっせいぃ!」 「ふうー、これで全部かなー?」 「おう、なんか意外と早く終わったな」 「あはは、日頃のバイトの成果がでたよー」 「うん、それは認める。  すっげえ手つきよかったもんな」 「あはー。それじゃ、次は部屋の中だねー。  可奈ちゃんありがとねー」 しかしコイツは、飯島さんと仲がいいよな。 今だって名前で呼んでるし。 俺なんか、いいじまさんっだぞ。 しかも、言うたんびにムカつかれてるぞ。 なんだ、なんだよこの差はよ…… 俺も目を線みたいに細くして、 間延びした話し方すればいいのかよー。 そんな飯島さん。 荷物を整理してる途中で、 フリーズしているんですけど。 あ……その箱。 「……これは、何かしら?」 眉間にシワを寄せているのは飯島さんで。 手にしている本は、俺の秘蔵コレクションで。 エロティックな女の子の裸の写真集。 略してエロ本。 し、しまったー! ち、ちゃんとカモフラージュのため箱に、 「天地無用」とか「ワレモノ危険」とか 「危」とか「毒」とか書いておいたのにぃっ! ……すんません、洋モノばっかで。 金髪の写真集は、隠し事がキラいなんです。 だから好きなんです。 飯島さんハーフだもんな、 ぜってー気分悪いぞ。 これ以上気分を悪くされたら、たまらない! 「あの、それは……」 「隆也は外国モノが好きなんだもんねー  金髪がスキなんだよー」 「解説するなぁっ!  あ、あのね飯島さんっ」 「これはその、男の悲しいサガというやつで……」 「とりあえず捨てるわね。  学生には必要ないもの」 「いや、学生とかそういうのは関係なくって……  そ、そう!それは荒巻から借りてたやつでっ!」 すまん荒巻。 お前の尊い犠牲は、いつまでも忘れないぞ。 「ちがうよ隆也ー。  僕が引っ越し祝いであげるのは、  こっちの箱に入ってるよー」 謀反人、荒巻! 犠牲になるのは俺かよっ! 「ええと、荒巻くん。  くわしく聞かせてもらえるかしら?」 「うん、これだよー」 「ばか、ばか荒巻っ!」 「はい、これも廃棄処分ね」 「あははー、残念だね隆也ー」 ちっとも残念そうに言ってないコイツ。 とりあえず、一発殴っておく。 ああ……俺のコレクションが…… 荒巻は『ちょっと休んでくるね』と言ったまま、 ちっとも帰ってこない。 アイツの事だからどっかで寝てるだろ。 もう力仕事は終わったからいいんだけど。 いいんだけど。 ちょっと、良くないんだよ。 部屋にはオレと飯島さん。 さっきの事件もあり、微妙な空気のまま。 がさがさと荷物を整理する音。 もくもくと手を動かす二人。 ただ、それだけ。 素敵なことなんて、起こる気配もない。 ……た、助けてくれぇっ、荒巻! 「この教科書は、こっちでいいのかしら」 「え、あ、う、うん!  たまには勉強しないとね」 不意に話しかけられて、キョドってしまう。 「ふふ、たまには、なのね」 あ、なんかうけた? やわらかな微笑を浮かべているぞ。 いっつも機嫌がわるい感じだから、 こういう表情がたまらなく嬉しいっ! ……ここは、そう。 これをきっかけに、 もっとフランクに話せるようにするぞっ。 今までは話しててもギクシャクしてたもんな。 何を話すか何を…… そ、そうだ! 「い、いいじまさん?」 ほら、不機嫌になっちゃった。 それでもこのチャンスを逃してたまるかっ。 かまわず続けるぞ。 「な、なんで、  俺の引っ越しを手伝うことになったの?  やっぱり荒巻のせい?」 「そ、そ、そうそう!  あ、荒巻くんにたのまれちゃって」 「ひ、引っ越しって、力仕事じゃないっ!  だから、わたしに手伝ってほしいって、それで……」 やっぱりアイツか。 つーか力仕事だってのに、 なんで飯島さんをチョイスしたのか。 でも感謝はしないと。 こうして会話できてるわけだし。 ぐっじょぶ、荒巻。 飯島さん、きれーだなぁー。 こういう子を彼女に持ったらもう 一日中ベタベタなんだろうなぁー。 彼氏になる人がうらやましいぞ、かなり。 誰かと付きあっているのかな? いるんだろうな、やっぱり。 こんなキレーな人、周りがほっとくわけがない。 「こ、これは……」 本を整理してくれている飯島さん。 一冊の本を手にしたまま、フリーズしている。 ま、またか? また出てきたのか、俺のコレクションが! これ以上、タカヤ株を下げるのはまずいっ! 「そ、それはね飯島さん。  そう!やっぱり荒巻のヤツがね……」 悪い荒巻。 もうお前しか頼めないんだ。 ぺら、ぺらり、とページをめくる音。 飯島さん読んでるし……あぁぁ。 やけに真剣な顔なんですけど…… しかもなんか、今にも泣き出しそうな、 悲しそうな表情なんですけど…… とうとう、サジを投げられたのか俺は。 不名誉な女泣かせの称号をいただいてしまうのか。 とりあえず何の本かを確認してみると…… あれ、エロ本じゃない。 うさぎやタヌキやカエルやへび。 そして、おおっきなクマ。 カラフルな色使いで描かれた絵はまるで、 小さな子供が読んでいるような本で。 ……いやそれ、まるっきり小さな子用だ。 絵本じゃないかよ。 「それは……えーと、なんだっけ」 「……『くまさんと うさぎさん』よ」 「そ、そうそうそう!  なんでこの本あるんだろ……」 「……」 「実家から持ってきちゃったんだよね、なぜか。  なんか捨てられなくてさぁ、  あは、あはははは……」 カラ元気をフル稼働させて笑う笑う俺。 それでも飯島さんの表情は変わらずにいる。 ゆっくりと、ページをめくる。 あは、あはははと悲しい笑い声は部屋に響いて。 お、俺もう限界! タカヤ株大暴落に耐え切れないっ! 「あ、あの俺、飲むもの買ってくるっ!  ほら、飯島さんこんなに頑張ってくれたのに  何にも出さないのは失礼だしっ!」 ばっと財布を手にして、ばばっと玄関に向かう。 だっとドアを開け、だだっと自販機を探す。 俺は思わず、涙目になっていた。 部屋に一人残された女の子。 絵本を読み終えて、奥付を見て見返しをみて…… ふふ、と微笑んだ後、涙目になっていた。 あれ? このへん、自販機ないのかよ。 東京ならそこかしこにあるもんだろよっ! コンビニ探すのもめんどいしなぁ…… まだよく地理わからないし。 そうだ! しぇいむおんが、あるじゃんか。 店員に多少問題があっても、 あそこのコーヒーは上手いもんな。 最近はお持ち帰りのできる喫茶店ってあるし。 聞いてみようかな? うっし、んじゃ行ってみるか! //------------------------------------------------- // 2-4 喫茶店内 //------------------------------------------------- さて、今日もやってきましたしぇいむ☆おん。 昨日の姉妹はいるかなっと…… 「あ、えっと、いらっしゃいませっ!」 あれ、昨日の二人と違う子が出迎えてくれたぞ。 ちっさくて元気いっぱいな子だ。 束ねられた髪がぴょこぴょこと揺れている。 「あの、コーヒーを頼みたいんですけど」 「え、えっと、はい。  それでは、どこかの席におすわりくださいっ」 やけにぎこちないしゃべり方だ。 バイト始めたばっかりっぽいんだけど。 「ここで飲むんじゃないです。  テイクアウトしたいんですけど、できますか?」 「え、え、えーっと。  ちょっとよくわからないんで、店長にきいてきます」 ばたばたばたと厨房にかけていく、ちんまい店員。 やたらと、せわしない子だよなあ。お、戻ってきた。 「店長にきいてみたら、紙容器でよければだいじょうぶ、  とのことでしたっ!どうしますか?」 「あ、はい。それじゃアイスコーヒー三つで」 「かしこまりましたっ!」 再びぱたぱたぱたっと駆けていく、ちびっこ店員。 と、ここで背後の気配に気がつく。 ふっと振り返ってみると。 「かしこまりましたよー、隆也くーん!」(店長) 「うあっ!店長、おどろかせないでくださいよっ」 このグラサン店長、いつの間に背後に! コック帽からはみでたアフロが、 もっさもさと動いている。 「今日も来てくれるとは、うれしいかぎりだーよ!  私の愛情もたーっぷり注いでおくからね!  はーっはっはっ!」 「あの、ふつーのコーヒーでいいですから」 「てんちょっ!こっちにいたんですか。  アイスコーヒーふたっつ、おねがいしますっ」 「りょうーかいっ。さあ張り切ってつくるよーっ!」 「もう、すぐどっかにいっちゃうんだから……」 ぼそっと独り言をつぶやいている店員。 苦労が多そうだな、と同情の視線を送る俺。 その時ちょうど目が合う。 店員はえへへへ、と人なつっこい笑顔を向けてくる。 「あは、おもしろい店長ですよね」 「あ、ああ……たしかにね。  えっとキミ、バイト始めたばっかなの?」 「はいっ!  ちょうどあなたが、さいしょのお客さまですっ!」 「なるほどね、どうりでぎこちないと思った」 「ぎこちないですか?うう〜。  なんかキンチョーしちゃって」 たはは、と少しだけ困った顔をする女の子。 ころころ表情の変わる子だな…… 「俺、近所に住んでるから、  これからもちょくちょく来ると思う。  よろしく、えーっと……ノリノ、ちゃん」 「木野村 典乃」と書かれた名札を見ながらしゃべる俺。 あれ、眉の端がピクリと動いたけども。 「……ノリノ、って誰です?」 「あれ?でも名札には書いてあるけれども……?」 「あの、読み方、ちがいますよ?」 女の子はやんわりと否定しているけれども、 明らかにムッとしている。 「あ、ごめんごめん。えーっと、ノリ……ナ?」 「あの、ちがいます」 眉間にしわを寄せて、語気に力を込められる。 いかんいかん、ドツボにはまっているぞ。 なんとかしないと…… 「ごめんごめん。えぇーっと、ノリ……ユキ?」 「ちがうちがうっ!  しかもノリユキなんて男の子の名前だしっ!」 ドツボにはまってどっぴんしゃん。 火に油どころか、 ガソリンを10リッターくらい注いでしまったようだ。 むちゃくちゃ怒ってるんですけど? 「あーなるほど。なかなか面白い……」 「面白い?おもしろいってどーゆーイミなのっ?」 「いや、いやいや、怒らないで。なんつーか、こう……」 「どうせヘンな名前とか思ってるんでしょうっ!  男の子みたいな読み方するしっ!  えーっと、そーいうキミの名前はなんなのさ?」 「た、タカヤ。内藤 隆也」 「じゃあ、タカヤが、タカユキって呼ばれたら怒るでしょ?  タカコってよばれたらおこるでしょっ?」 おいおい、いきなり呼び捨てかよ。 確かに名前を間違えたのは悪かったけどさ。 「まあ、そりゃあ怒るよ」 「そりゃ、ボクだって怒るわけだって!  そんな男の子みたいな読まれ方されればっ!  キミがはじめてだよ、そんな読み方したのっ!」 「あ……ご、ごめ」 謝ろうと口を開くも、怒り大爆発中の彼女に阻止される。 「読めない人はけっこういるけど、  そんなにピントはずれてはなかったんだよ?  それを、そんなノリユキとかノリヒロとかノリスケとか……」 いや言ってないのも混ざってるんだけど。 うわすっげーおこってらっしゃる。 「はーい!隆也くんへの愛情たーっぷり注入!  特製アイスコーヒーはいりましたー!」 このさい細かいとこはムシして。 会計済ませて、とっとと逃げた方がいいな。 「そ、それじゃここにお金おいときますんで。  ごめんね、ノリノちゃん」 「あーーっ!またまちがえてっ!」 あ、またやってしまったっ! 「ご、ごめん。それじゃっ!」 「あっ、こらまてタカヤっ!」 //------------------------------------------------- // 2-5 自宅前 //------------------------------------------------- 「はあはあ、ただいま」 「お、おかえりなさい」(可奈) おお、出迎えてくれたぞ! これだけでも苦労して買ってきた 甲斐があるってものだ。 「その紙袋……しぇいむ・おん?」 「そ、そうそう!  すぐそこに喫茶店があってね、  コーヒーのおいしい店でさ」 「ふふ、変わった名前ね」(可奈) 変わった名前と言われて。 さっきまでの騒動を思い出してしまう。 「ま、まあな。変わった名前……かもな」 「どうかしたの?」(可奈) 「な、なんでもない」 「でも喫茶店から買ってくるなんて、  けっこうしたんじゃないの?」(可奈) 「ああ、お金?  大丈夫、そのへんはけっこう良心的な店でさ……あれ」 「なにポケットをごそごそしてるの?」(可奈) 「あれ、あれれ……さ、さいふが、ない」 「なによそれ。  お金はちゃんと払ってきたんでしょ」(可奈) 「うん、払ったんだけど……そこから、どうしたっけ」 あれ? ひょっとして、会話つながってる? つながってるよ、みんなっ! ちょっと間を空けたのが良かったのか? 表情だって笑ってるし。 嬉しさを隠しながらも、今の問題はサイフだ。 落ちつけ……記憶を手繰り寄せるんだ。 「えーっと、ちんまい店員がいて。  話をしたら気に障ったらしくて、怒り始めて。   「ガーっていろいろ言われて。  で、店長がコーヒーできたよって言って」 「うんうん」 「あわててお金を出して。この時サイフを出して。  そして……あ、そん時だ。  カウンターに置いたまんまだ」 「なんだ、隆也……くんの不注意じゃないの」 「うん、その通り。はっはっは……はぁ。  取りにいってくるね」 その時、玄関先でチャイムの鳴る音。 同時に元気いっぱいすぎる声が聞こえてくる。 「ごめんください、ごめんくださーい」 あれこの声、さっき聞いたような。 「ちょっと待ってくださーい、今開けます……  あれ、さっきの」 「うん、たしかにタカヤの家だ。この地図あってる」 「うわ、家までおっかけてきたのかよ」 「なにいってんの?  あのさ、ボクがなんで来たか、わかる?」 「……なんとなく」 「だったら話は早いや。ほい、わすれもの」 典乃は財布をほいっと投げる。 「中にタカヤんちの地図はいってたから、  店長にいってこいって」 「はは、わるいな。仕事中に」 「仕事中だからきたの!  好きこのんでなんかこないって」 ぷんすか、と頬をふくらませながら言われてしまう。 「はは……おっしゃるとおりで」  ちょっと寄ってくか?」 「ううん。道くさたべてたら、店長におこられるもん。  そうそう、店長からの伝言だよ」 「え?」 こほん、と咳払いをする典乃。 「私のあーいじょうをビンビンに  かーんじてもらえたかな?  だってさ」 「……声色まねなくていいから。  いえ、感じなかったっすって伝えておいて」 「……どうかしたの?」(可奈) 「うん、さっき言ってたしぇいむおんの店員」 「あら、かわいらしい制服ね」(可奈) 「え、あ、あ……こんにちわっ!」 「ふふ、こんにちわ」(可奈) 「サイフ届けにきてくれたんだ。名前が……」 「あの、あの!ボク、  木野村 典乃(きのむら てんの)  っていいますっ!」 「いっぽん木の木にのはらの野、ほんの本にじてんの典。  あとぐにゅぐにゅってかく乃で、  キノムラテンノですっ!」 「とくぎは走ることですっ!  この前、陸上でインターハイに出たんですよ」 「お前、なにげにスゴイな」 「よろしくね、典乃ちゃん。私は可奈っていうの」 「あ、はいっ!よろしくおねがいしますっ!」 おいおい、二人とも何をよろしくおねがいするんだか。 と、ここで典乃にわき腹をつつかれる。 「ちょっとちょっとタカヤ。  このキレーなひと、ひょっとして、  タカヤのカノジョ?」 「いや、残念ながらちがうぞ」 「やっぱりね」 「やっぱりって思うのかよ。  ……まあ、そうかもしれんけど」 「そりゃそうだって!  こんなキレーな人としゃべったの、はじめてだよ。  なんかね、ボクと住む世界がちがうってかんじ」 「ふふ、ありがとね典乃ちゃん」 「あの……すんごい、髪の毛キレーでいいですね。  ボクの髪なんか赤っぽくて、気にいってないんです」 「そんなことないわよ。典乃ちゃんの髪だって素敵よ。  髪型も似合っているし」(可奈) 「えへへ……あ、ありがとうございますっ!  あと、あの、その……」 典乃は自分の胸元を見て、可奈の胸元を見て。 「ぼーんっ、てかんじで」 「ぼーん?」(可奈) 「あ、いえなんでもないですっ!」 ……だいたい言いたいことはわかった。 たしかに、ぼーんって感じだよな。 「あの、ボク、すぐそこの  しぇいむおんって喫茶店で働いてます!」 「ぜひ近くに来たら、よっていってくださいっ。  はいぱーサービスしますから!」 「うん、ありがとうね」(可奈) 「おう、ありがとうな」 「タカヤにはサービスしないもん。可奈さんだけだもん」 「ちぇっ。俺なんか近所に住んでるんだし、  カードも持っているんだから、  もっと優遇してくれよ」 「だからサイフ持ってきたじゃんか。  ずいぶんユーグーしているつもりなんだけど?」 「う、そのとおりだ」 「ふふ、じゃあ遊びに行くわ。  会うのを楽しみにしてるわね」(可奈) 「は、はいっ!ボクも楽しみにしてますっ!」 「オレも楽しみだな」 「タカヤは楽しみじゃないもん。名前まちがえたし」 「だから、ゴメンって謝っているだろーが。  えっと……」 選択肢 1 テン……ノ、だよな?(2-5-1)へ 2 ノリ……ユキだよな?(2-5-2)へ //------------------------------------------------- // 2-5-1 テン……ノ、だよな? //------------------------------------------------- 「そうそう!覚えたじゃん。えらいえらい」 「お前、俺をバカにしてるだろ?」 「バカになんかしてないよ?  タカヤはバカだからそう思うんじゃないの?」 //------------------------------------------------- // 2-5-1 ノリ……ユキだよな? //------------------------------------------------- 「だーからっっ!テ・ン・ノ!  辞典の典にうにゅうにゅの乃!」 「なんだその、うにゅうにゅってのは」 「いーの!ちょうどいいたとえが浮かばないんだからっ!うーっ!」 「お前、バカだろ?」 「サイフを忘れるタカヤに言われたくないやいっ。ばーかっ」 //------------------------------------------------- // 2-6 自宅前 //------------------------------------------------- 「ああ言いえばこう言うやつだな」 「あ、そろそろ戻らなきゃっ。  可奈さん、おまちしてますねっ!  タカヤのばーかー」 「ふふっ、またね。お仕事がんばってね」(可奈) 「またね、ノリノちゃん」 「うーっ!こんどあったとき、おぼえてろーっ!」 ばたばたばたんっ!と勢いよく出て行く。 「とっても元気で、おもしろい子ね」(可奈) 「……おもしろすぎ、じゃないかな」 はは、と思わず苦笑する。 世の中って、広いな。いろんな人間がいるもんだ。 愛情たっぷりアイスコーヒーを飲みながら。 俺はばたばたと遠ざかる足音を聞いていた。 //------------------------------------------------- // <二日目終了> //------------------------------------------------- //------------------------------------------------------------------------------ // 8月3日 <三日目> //------------------------------------------------------------------------------ //------------------------------------------------- // 3-1 自宅 //------------------------------------------------- // 美幸との再会 (SE 目覚まし) 『ジリリリリリリッ!』■ ──バンッ!■ <隆也> 「う〜ん……」■ ほとんど無意識の内に目覚まし時計を止めると、上半身を起こして部屋の中を見回す。■ (BG 部屋) 東に面した窓から差し込む朝日が、散らかっている部屋を更に強調していた。■ <隆也> 「今日中に片付けなきゃな……」■ 昨日、可奈や荒巻に手伝ってもらいはしたが、さすがに部屋の片付けまでは済んではいない。■ 堆く詰まれた中から、洋服の入ったダンボールを引っ張り出そうとする。■ <隆也> 「バランスゲームだな……」■ 横着して、下の段からダンボールを引っ張っていると、昔遊んだ将棋を使ったゲームが思い出される。■ ……なんていう名前だっけか?■ <隆也> 「まぁ……どうでもいいよな」■ 引っ張り出されたダンボールから、今日着る分の服を取り出す。■ …………。■ <隆也> 「うしっ!」■ 手早く身支度を済まし、腕捲くりをしながらダンボールの山を見上げる。■ 正直、汚い部屋は好きではないし、何より過ごしにくい。■ 今日の午前中の仕事は、部屋の片付けに決定した。 <隆也> 「いっちょ頑張りますかっ!」■ …………。■ ………。■ ……。■ <隆也> 「まぁ……こんなもんかな」■ 八割方片付いた部屋を見渡して、一人つぶやく。■ 床を占領していたダンボールは姿を消して、代わりに置いたソファに腰を下ろした。■ <隆也> 「意外と早く済んだな……」■ 時刻を見ると、ちょうど10時を回ったばかりである。■ 目覚ましをセットしたのが7時だったから、およそ3時間程でここまで片付けた計算になる。■ //------------------------------------------------- // 3-2 喫茶店内 //------------------------------------------------- //BGM しぇいむ☆おんのテーマ //BG 喫茶店 キャラ表示(早苗,00,05) <早苗> 「……で、そんなわけで朝ごはんを食べに来たと?」 <隆也> 「要約するとそうだ」 <非> ジト目でこちらに視線を向ける早苗。 負けじと胸を張って答えた。 キャラ表示(早苗,20,06) <早苗> 「はぁ……」 <隆也> 「なんだ、俺は客だぞ?」 キャラ表示(早苗,00,05)  <早苗>                      「……タチの悪いお客って皆そう言うわよね」 <隆也> 「………」 キャラ表示(早苗,00,00) <早苗> 「まぁいいや。後で注文取りに行くから適当に座ってて」 <隆也> 「……随分と適当だな」 <早苗> 「メニューはそこの棚に入ってるから持ってってね」 <隆也> 「……セルフだな」 <早苗> 「じゃ、ごゆっくりどうぞ」 <隆也> 「それだけか?」 キャラ消去(早苗) <非> 俺の問いかけを無視した早苗は、そのまま店の奥へと姿を消してしまった。 <隆也> 「とんでもねぇ店だな……まったく……」 <非> 一人でぶつくさ言いながら、取り合えず昨日座ったカウンターへ。 <非> 昨日と変わらない様相の店内は、何か不思議な安心感を与えてくれている気がする。 <非> 落ち着いた質感の木製テーブルも、淡い白熱灯の光も、どこか懐かしい……ような気がする。 <隆也> 「どこかに似てるんだよなぁ……」 <非> 天井をクルクルと回る扇風機を見つめながら、そんな事を考えていた。 <少女> 「……いらっしゃいませ」 <非> と、横から聞き覚えの無い声が聞こえてきた。 <非> いつの間にやって来たのか俺の隣で、初めて見る店員が伝票片手に立っている。 <少女> 「……ご注文、お決まりでしょうか?」 <隆也> 「あ……」 <少女> 「………」 <隆也> 「えっと……」 <少女> 「………」 <隆也> 「あっ、そういやメニューが」 <非> ここでようやくメニューが無い事に気が付いた。 ……そういや、早苗がメニューがどうとか言っていた気がする。 <隆也> 「すみません、メニュー貰えますか?」 <少女> 「……」 <非> 俺の言葉はしごく当然のはずだ。むしろ、メニューを渡さない店側に問題があるのではないだろうか? ……なのだが、俺の前に立つ少女はあからさまに表情を曇らせている。 <少女> 「………」 <非> 気まずい沈黙。 <少女> 「……分かりました、少々お待ちください」 <非> ようやく店員は口を開くと、しぶしぶといった面持ちで踵を返す。 やがて、どこからかメニューを持ってくると、素っ気無い様子でそいつを俺に手渡した。 「では、後ほど伺いに来ます」 <隆也> 「………」 <隆也> 「……変な店だな」 <少女> 「お待たせ致しました」 「クラブハウスサンドとアメリカンコーヒーになります」 <非> 香ばしい匂いを漂わせながら、注文の品が目の前に置かれる。 ……結局頼んだのは、昨日と同じ物だ。 <少女> 「ご注文の品は以上でお揃いでしょうか?」 <隆也> 「あぁ。どうも」 <少女> 「………」 <隆也> 「………」 <少女> 「………」 <隆也> 「……えっと、揃ってます」 <少女> 「………」 <隆也> 「………」 <少女> 「……失礼ですが」 <隆也> 「はぃ?」 <少女> 「どこかでお会いしました……?」 <隆也> 「えっ……」 <非> 予想外の言葉に驚いてしまう。 <隆也> 「……会いましたっけ?」 <少女> 「──なんとなくそんな気が……」 <隆也> 「え〜っと……」 <非> 目の前の少女の顔を良く見る。 <隆也> (良く見るとこの子……美人だな) <非> 特に、透き通るように白い肌は……、 <隆也> 「アッーーーーー!!」 <少女> 「っ!?」 <隆也> 「いうえお……」 <非> そういえば……っ! そういえば……っ!! あった……っ! そんな事も……っ!!!! あまりの……っ! 不遇に……封印していた事ながら……っ! 確かにっ!! 「……?」 <隆也> (ざわ……ざわ……) <非> まさに……窮地……っ!! 神が気まぐれに起こした……っ!!! なんという……っっ!! <少女> 「……あの」 <隆也> 「ざわ……」 <少女> 「何か……心当たりが?」 <隆也> 「ん、いや、別に無いな。うん」 <少女> 「……そうは見えないですけど」 <隆也> 「気のせいだよ、うん」 <少女> 「……そうですか」 <非> そうは言うが、目の前の店員は納得いかない、といった表情で小首を傾げている。 <隆也> 「気のせいだって! 俺は会った気なんてしないし」 <少女> 「……そうですか」 <隆也> 「そうですそうです! これが初対面!」 <少女> 「………」 <隆也> 「それにホラ、俺って引っ越してきたばっかりだしっ!」 <少女> 「……そうなんですか」 <隆也> 「気のせいだって! ははっ! まいっちゃうなぁ……っ!」 <少女> 「………」 <隆也> 「あははっ!」 <少女> 「………」 「……なんか焦ってません?」 <隆也> 「亜wせdrftgyふじこlp;@」 <非> 驚いた拍子に、手からコーヒーカップが滑り落ちる。 <少女> 「──あっ」 ──パリーンッ! <少女> 「──っ!」 <非> 不運にも中身のたっぷり入ったカップは、少女の直ぐ足元へと──。 <隆也> 「あっ!」 <非> 少女の足に熱いコーヒーが降り注ぐのがハッキリと目に映る。 <隆也> 「だ、大丈夫っ!?」 <少女> 「………」 「……大丈夫です」 <非> 掛かった方の足に手を添えながらそう俺に答える。 <隆也> 「ほ、本当……? 火傷とか……」 <少女> 「いえ、多分平気だと思います」 <声> 「ちょ、ちょっとぉ〜!」 <非> と、後ろの方から聞き覚えのある声が……。 <早苗> 「隆也! あんた次は何したのよ!?」 <非> 後ろを振り返ると、怒りの形相の早苗が仁王立ちしていた。 <少女> 「……コーヒーを落としただけです」 <非> 俺の代わりに少女が答える。 <早苗> 「はぁっ!?」 <早苗> 「あんた何? ま〜た仕事の邪魔しに来てくれた訳??」 <隆也> 「またってのは失礼だろが! 別に邪魔したことはねーだろ!」 <早苗> 「あんたの存在自体が邪魔なのっ!」 <隆也> 「な、なんだとぉ? お、俺は客だぞっ!」 <早苗> 「………」 <少女> 「………」 <非> ……俺を見る二人の目が冷たい。 <隆也> 「と、とにかく!」 <非> 苦し紛れに話題を変えてみる。 <隆也> 「け、怪我とかは無いのか?」 <少女> 「……大丈夫です」 <早苗> 「まさかあんた……、みゆきんに怪我させたの?」 <隆也> 「だから、してないって本人が……」 <少女> 「あ……けど、ちょっとヒリヒリします」 <隆也> 「なぬっ?!」 <非> 驚いて、みゆきん(?)の足元に視線を落とす。 ……なるほど、確かにコーヒーをモロに被っていて、これでは火傷していない方が不自然とも感じる。 <早苗> 「あーーーっ!」 <隆也> 「な、何だ今度はっ?!」 <早苗> 「傷物だぁ! 隆也がみゆきんを傷物にしたぁ!!」 <隆也> 「ちょまwwwwそんな誤解を生むようなこと言うなwwww」 <少女> 「………」 <隆也> 「お前は照れるなっ!」 <少女> 「べ、別に照れているわけじゃ……」 「わ、私はただ単に先輩の言うことが事実と反していたから、それだけで……」 <隆也> 「……それは照れてるって言わないか?」 <少女> 「ち、違いますっ! だ、大体貴方、何様ですか? 加害者の自覚があるんですか?!」 <早苗> 「みゆきんの言う通りよ! さっきから偉っそうに……」 <隆也> 「いやいや、お前も余計な口出しするなって」 <早苗> 「何よー! 傷物にしたのを傷物にしたって言って何が悪いのよ!」 <少女> 「き、傷物じゃないですっ!」 <早苗> 「な、なに? みゆきんまで……」 <非> 一人分かっていない早苗がオロオロしている。 <隆也> 「取り合えずお前、変な事言うのは止めろよな」 <早苗> 「な、なによぅ! い、良いからあんたは責任取りなさいよ!」 <隆也> 「……なんの責任だよ?」 <早苗> 「み、みゆきんを傷物にした……」 <隆也> 「だぁかぁらぁ……」 <少女> 「あの、先輩……私は本当に大丈夫なんで……」 <早苗> 「良いの! ここは先輩に任せなさい!」 <少女> 「け、けど……」 <早苗> 「良いからっ! この馬鹿には、男の責任の取り方ってヤツを叩き込まなきゃいけないみたいだし……!」 <隆也> 「お前に教わらんでも分かってるっつーの」 <早苗> 「こ、こんの男は〜〜!!」 <店長> 「ねぇ」 <三人> 「「「はっ!」」」 <店長> 「喧嘩はさ、外でやってくれないかな?」 //------------------------------------------------- // 3-3 喫茶店内 //------------------------------------------------- 「そういう訳で、店内はお静かにお願いします」 「……はい」 俺だけの所為とは思えないが、ゴネるのもアホらしいので素直に頷いてみせた。 「あのさ、足、平気?」 「……先程も言いましたがお心遣いは結構です」 「いや、けどさ、さっきヒリヒリするって……」 「今はそうでもないです」 「……そう?」 「はい」 「………」 「では、失礼します」 「ちょっ、ちょっと待って……!」 背を向けた美幸に思わず声を掛ける。 「……まだ何か?」 振り返る美幸の表情。 「……えっと……」 あからさまに不機嫌そうな顔に、思わず言葉が詰まってしまった。 「そ、その……」 「………?」 「よ、よろしくなっ! ははっ……」 「………」 美幸は答えない。 ただ、相変わらず気だるそうな顔で俺を見詰めているだけだ。 「……恥をかきました」 「出来れば……貴方とはもう顔を合わせたくないですね」 「………」 「それでは」 「マジかよ……」 正直、かなりへこむ。 今まで振られたことが無いわけではないが……それでもアレはきついぞ。 (出来れば……貴方とはもう顔を合わせたくないですね) 毒男が聞いたら首を吊るのではないかというセリフ。 そいつを頭の中で反芻させながら、すっかり冷めたサンドイッチに齧りつく。 ──モシャモシャ。 (なんか最近は、女運が強いのだか弱いのだか分からん……) なんというか……可愛い子と知り合っては嫌われて……そんな循環を繰り返しているような。 ──モシャモシャ。 口の中でパサつくパンを、冷たい水で一気に流し込んだ。 「ふぅ……」 一息ついてから、備え付けの紙ナプキンで口を拭う──と、 「あれ? あんたまだ居たの?」 なんて、いつの間にか早苗が横に立っていた。 「随分トロトロ食べてんのね……って食べ終わってるし」 言いながら、頼んでもいないのに食器を片付け始める早苗。 「はいはい、サッサと帰った帰った!」 「………」 「……お前だな」 「……へっ?」 「お前だな、疫病神は」 「……??」 <<<<<<<<<<<<<以降、未記述>>>>>>>>>>>>>>>