//------------------------------------------------------------------------------ // prolog本文 // // 2005/12/28up ver.b // //------------------------------------------------------------------------------ //------------------------------------------------------------------------------ // 導入部 //------------------------------------------------------------------------------ //------------------------------------------------- // 0-1 喫茶店 (回想:早苗) //------------------------------------------------- (自宅内で今日の回想をしています) 前略、母さん。 東京はやっぱり怖いところです。 コーヒーを飲もうと喫茶店に行ったら、 かわいい女の子にこんな事を言われました。 『慰謝料百万円!』 怖い、こわすぎだよトーキョー。 さすが犯罪都市、これ程までとは思わなかったです。 俺が何かやったっていうのかよぅ。 ……はて、やったような気もするけども。 昨日今日といろんな事がありすぎて、 ちょっと頭が混乱していて。 あと、こんな事も言われました。 『週に五回は顔を出さないと訴えるからっ!』 母さん、東京はアメリカ以上に訴訟の国みたいです。 ちっとも知りませんでした。 コーヒーのおかわりをもらおうとしたら、 いきなり訴えると脅されました。 ムチャクチャです、泣きそうです。 隆也はくじけそうです。 あれ、さっきまでリアルに泣いていたような。 泣いて叫んでいたような。 俺の傍らには、わき腹のあたりが真っ赤に染まった Tシャツが乱雑に置かれている。 ……マジでカンベンしてくれよ、これは。 洗濯するにもコインランドリーなんだから。 ああ、体のふしぶしが痛すぎる。 部屋まで歩くのが大変だったぞ。 俺は腹をさすりながら、瞼を閉じながら…… 今日あったことを、振り返っていた。 PS・母さん 半年ほど生活してみましたが、まだまだ慣れません。 水道水もなんだかプールの味がします。 小学校の授業で溺れた事を思い出します。 空気だって黒板消しのニオいがします。 心なしか鼻毛が伸びたような気がします。 故郷の山や川が恋しくなるときが、たびたびあります。 でも、かわいい子がいっぱいで、それだけは救いです。 そう、今日の朝だって…… //------------------------------------------------------------------------------ // 8月1日 <一日目> //------------------------------------------------------------------------------ //------------------------------------------------- // 1-1 電車内 (美幸) //------------------------------------------------- 「……っと」 停車駅を告げるアナウンスで目が覚める。 寝ぼけ眼をこすりながら、辺りを見回してみる。 窓から見える風景は、 見たことのないビルや家や マンションやコンクリートばっかりで。 緑なんてほとんどないし。 あっても、規則正しく並んでいる街路樹くらいで。 うーん、コンクリートジャングル。 田舎モンには厳しい都市だ、コノヤローっ! それは、ともかくとして。 憤りをぶつけるのは、おいといて。 ここ、どこ? 今、オレ、どこにいるの? やべえマジで昨日大変だったから、 寝過ごしてしまったかも! あわてふためいて、隣に座るおばさん (あだ名をつけるとすると、おふくろフランケン) に尋ねてみる。 「す、すいません。今、どのあたりですか?」 ……反応なし。 いくら待ってもなし。 なんだフランケン。人語を理解するのは難しいか? 失礼なことを考えていても反応はなく。 聞き方が悪かったのかな? 「あの、すいませんが……」 言いかけて。 おふくろフランケンは、あごをくいくい、と 軽くつきだすそぶりをする。 ……発作? 頭にボルトを埋め込んだ副作用か? くいくい、と続けるその様子をしばらく眺めて。 ああ、そっちを見ろってこと? 口で言えばいいと思うんだけどな…… それすら、メンドクサいんだろうな。 わかってるよ。 あんたたちは人と関わりたくないんだろ? 軽く腹を立てながらも、 フランケンの指し示す方向を見てみると。 そこには、横長の電光掲示板があって。 次に停まる駅名が、ゆっくーりと流れている。 なんだ、まだ着いてないのか。あせって損したぁ。 「あ、ありがとうございました」 一応、隣のわくわくモンスターに礼を言っておく。 ま、予想どおりの無反応だったけどな。 ああ、疲れる。 ただ駅名を聞いただけなのに、やたらと疲れた。 どういうこと?このコンクリートジャングルは。 「……ふわぁぁぁ、あ」 頭にくることはあっても、あいかわらずに眠い。 昨日はさんざん働いたもんな。 いっその事二度寝して、 豪快に寝過ごそうかとも考えたけども。 俺は荒巻とは違うんだ。 寝過ごして、この辺をぐるぐる回ってもしょうがない。 さっさと新居に行くぞ。 引越しの準備だってこれからなんだし。 アナウンス 「ご乗車ありがとうございました、まもなく……」 相変わらずの発音で車掌は到着駅を繰り返す。 俺の降りる駅は、この次か。 少し早いかもしれないけど、 そろそろ降りる準備をしておこうかな。 足元に置いてある使い慣れたリュックサック。 ひげそりやタオルや歯ブラシなんかの 最低限の生活用品が入っている。 この暑さだ。寝るのにフトンはいらないけれど、 身だしなみくらいは整えたいもんな。 そりゃあ、どこで出会いがあるかもわからないし。 そう、この瞬間だって! 俺はちょっとカッコつけながら、 リュックをひょいっと担ぐ。 ガシャンッ! うん? このがしゃんっての、俺か? ぐりんと首を回し、背後のリュックを確認してみる。 うん、チャック全開。 中身が派手に落ちて散らばってるんですけど。 ……カッコつかねえなあ。 隣に座っていたフランケンが、 いかにも迷惑顔で居住まいを正す。 「いやぁ、すみません……」 あわてて謝るが、おばさんは興味なさげに一瞥すると、 持っていた小説に目を移した。 む、ハーレクイン小説。 安心しろ、お前には縁のない世界だ。 「ははは……」 しかたなく照れ隠しの笑みを浮かべてしまう。 おばさんの足元の歯ブラシやらタオルやら小説を、 スイマセンスイマセンと言いながら拾う。 「ふん」という表情で睨みつけられた。 ……ちょっとくらい手伝ってくれても、いいじゃない。 あ、あっちにも転がってるし。 実家から持ってきた(くすねてきた)常備薬のビン。 風邪でも腹くだしでもインフルエンザでも、 とりあえず飲んでるお馴染みな薬だ。 リュックのチャックを閉じながら、 転がっていった薬ビンの方へと歩く。 あーあ、向かいの座席まで転がってしまった。 オッサンの足に当たるもまだ転がっている。 ころころ、とビンは女の子の足で止まる。 どうせ拾ってくれないんだろうなと思い、 ドウモスイマセンスイマセンと言いながら拾おうとして。 拾おうとしたら、すっと指が伸びた。 いや俺の指じゃなくて、女の子の指が。 すらりと白すぎる、たおやかな指先。 ビンに触れ、そっと掴み、静かに持ち上げられ…… ゆっくりと、俺に向かって差し出された。 受け取る俺は、戸惑ってしまって。 だって、どうせ見て見ぬふりを するんだろうと思ってたから。 コッチの人は、関わりあうことを 避けるんだろうなって思ってたから。 母さん、うれしいです。 こうしたちょっとの心づかいが、 都会に住んでいるとたまらなく嬉しいです。 アナウンス 「ご乗車ありがとうございました、まもなく……。  降り口は右側になります」 気がつけば、もう着いてしまう。 じーんと感動にひたっている場合じゃない。 俺はまだ、礼も何もしてないじゃないかよ。 「あっ、あのっ……」 ここで、女の子を改めて見てみる。 ……相当に可愛い。 さらりとした黒髪は肩の辺でかすかに動き。 うつむいている瞳の色は、深い漆黒の輝きを放ち。 どこか物静かな雰囲気は、 話しかけるのをためらってしまう。 でも、困っている所を助けてもらって 礼も言わないってのもちょっと…… ええい、ままよ! 意を決して、この少女にほほえんでみた。 (にこっ) 微笑みかけたはいいんだけど、どうにも反応が鈍い。 てゆーか、無反応? そ、それならばっ! 声をかけてみようじゃないか。 ガンバレ、ガンバレ内藤隆也っ! 「あの……あ、あり」 ぷしゅー、と俺の声は、 開く扉の音でかき消されてしまう。 いかん、もう一回っ! 「あの、ありが」 「でさー、マジヤバーって感じなのその男でさー、  ちょーウケル?って感じぃ?」 「ばははは、ヤベぇって。それヤベぇよなあ」 どやどやどや、と騒がしく乗ってくる バカップルのバカな会話は大きすぎて。 やっぱり俺の言葉は余裕でかき消されてしまう。 おまえら、頼むっ! この薬やるから、だまっててくれえっ! 俺の願いはもちろん通じず、 ばははははと下品な声で笑い続ける男と女。 もちろん周囲は無視している。 かまうもんかっ! 再び女の子に向けて言葉を発する。 「あの、ありが」 「……お降りのお客さまは、  お忘れ物のないよう、お支度ください。次は……」 アナウンスがなんてタイミングでーっ! って、もう今にもドア閉まりそうだしっ! あわてて、外界の照り返しのきついアスファルトへと 歩みを進める。 ぷしゅー、と扉は閉まり。 がたんがたん、と電車は小さくなっていき。 なにやってんだ俺は、と自分を責めてしまう。 せっかくの優しさに対して、 自分は何も返すことができなくて。 都会に咲く一輪の花のような女の子に対して、 何もできなくて。 こっちに来て、俺も変わってしまったのか? ロクに礼も言えない人間になってしまったのか? うーわ、ショックだ。 ……すべて、フランケンが悪い。 そういうことにしてくれ、そういうことに。 ううう…… とぼとぼ、とヘコみながら。肩を落としながら。 サイフの中に入った地図を片手に、 これから住むことになるアパートへと向かう。 その足取りは、やたらと重かった。 //------------------------------------------------- // 1-2 自宅 (独白) //------------------------------------------------- ここが新居か、見事なくらい何も無いな。 ……そりゃそうだ、まだ荷物運んでないんだから。 リュックを部屋の隅へと乱暴に放り投げ、 これから生活することになる部屋のどまん中で 大の字になる。 ころころ、と何かが転がってくる。……薬ビンかよ。 またリュックの中身ちらばってるし。 ああ、チャックが壊れてるのか、どうりでなー。 そりゃ電車の中でもばらまくワケだ。 腕と首すじに感じる、さわさわとした何か。 うわ、綿ボコリだっ! おい、ちゃんと掃除してねーじゃねーかよっ! それでも今すぐに掃除を始める気力もなく、 もちろんホウキとかの道具もなく。 かまわず床に背中を預けたまま、目を閉じる。 ――思い起こせば一ヶ月前。 突然大家の婆さんから立ちのきを命じられたときは、 心底焦ったものだ。 「あんた、ここから出ていってくれないかえ?  ひゃっひゃっひゃっ」 なにせ三ヶ月分の家賃を支払っていなかったからな。 問答無用で追い出されるんだろうなと、 その時は思っていた。 でも。いつもは苦虫をすり潰し 青汁に煎じで飲んだような表情をしている大家が、 仏のような柔和な顔をしていて。 そのまま仏様になりそうなイキオイなんですが? ……これは何かある。 「い、今なんて言いましたっ?  しかもそんなに嬉しそうな顔でっ!」 「ひゃっひゃっひゃっ、  この不良入居者しかいないアパートが、  区画整理で取り壊されることになったのさ」 からから、と入れ歯を震わせながら さらりと言い放つのはクソ大家。 「ちょっ! それ嬉しくないですよっ」 「仕方ないじゃないか。  お上の言うことには逆らえないよ」 にやにやにやと、下品な笑みを浮かべるオールドババア。 どうみても、もともと逆らう気はない雰囲気だ。 裏金でも貰っているのか? 「そんなわけで、  あんたには悪いけど立ち退いてもらうよ。  ひゃひゃひゃっ!」 とても悪いと思っている口調ではないんだけど。 憎たらしいババアだ、チクショウめ。 「そんなぁっ!  急に立ちのけって言われても、  その、先立つものとか、予定とか」 「立退き料払うよ」 「……マジですか?」 このドケチで有名な大家が立退き料を払う? それって、 立ち退き料払ってもプラスになるって事でしょ? 区画整理ってなに? そんなに儲かるの? どういうマジックを使ったんだよ国土交通省! まったく、税金の無駄遣いしやがって。 ――本当にありがとうございます。 「ちなみに立ち退き料って、  いかほどイタダけるのでしょうか?」 「ちょっと耳をお貸し。  ゴニョゴニョゴニョ……」 想像をはるかに上回る金額をつぶやく大家サマ。 悩む必要なんて、これっぽっちもない。 「い、今ッ!  いますぐ立ち退きますっ!!!」 「慌てなくてもいいよ。  今月末、7月31日までに出て行ってくれれば  問題ないからねぇ」 ひゃっひゃっひゃっ、と再び高笑い。 うーわ、キモい。 あ、入れ歯が落ちた。 ――とまあ、こんな感じで引っ越すことになった。 そこまでは良かったんだけど、 引越し代をケチったオレは荒巻(あらまき)という 大学の悪友に手伝いを依頼した。 それが間違いの元だった。 昨日のヒドすぎる出来事が、走馬灯のように蘇る。 「引っ越しー?うんうん、まっかせるなりー」 こいつの良いところは物事を深く考えない。 ――という一点に尽きるが、 考えなさ過ぎるのも、また問題だ。 昨日の午前中。 引越しの荷物を積んでさあ出発! というときに、 荒巻がバイトしている運送会社から電話があった。 「オイこらぁっ、バイトッ!  てめえ今日はシフトの日だろぅっ!  勝手にトラック転がして、どこにいるんだこの野郎っ!  オレが今からスマキにしてやっから、そこで待ってろっ!  それが嫌なら、とっとと戻ってこいっ!  思いっきりブン殴ってやるっ!」 無線から聞こえる野太い声。 ……どっちにしても無事に済まないんじゃ? 「どどど、どうしよう隆也ー?  鮫島さん、すっごい怒ってるよー」 「俺が知るかよっ!  つーか名前からして怖そうなんだけど。  おまえ、このトラック  ちゃんと借りてきたって言ってたじゃねえかよ」 「ちゃんと借りたよー。  ちょっと借りますって、  きちんとメモを残してきたよー」 「……その方法でサメジマさんが  納得すると思ったのか?」 「あれ?どこか、いけなかったかなー」 「最初から最後まで全部だよ!  ……とにかく戻るぞっ。  このままじゃ俺までスマキにされちまう」 てなわけで荷物を積んだトラックはUターン。 運送会社へ直行と相成った。 カタギとはとても思えない風貌の鮫島さんに、 こっぴどく叱られる俺達。まあ当然なんだけど。 荒巻は軽くコツかれていた。 罰として荒巻はもちろんのこと、 俺までタダ働きさせられた。 俺の引越し荷物など比較にならないほどの荷物を トラックに上げ下げするハメになり、しみじみ思う。 正直こんなことになるなら、 ちゃんとした引越し業者に頼むべきだった。 あらまき引越しセンターにするんじゃなかった。 でも、その甲斐もあって。 俺たちの頑張りぶりを認めてくれたのか、 始めは目を吊り上げていた鮫島さんが声を掛けてくれた。 「おい、そこの若ぇの。  そこそこ動けるじゃねぇか。ま、荒巻程度だがな。  ……8月2日の午後からなら、  トラックを貸してやってもいいぜ。    荷物は倉庫の隅に置いといてやる。  捨てる前に取りにきな」 頬に付いたキズをわずかに曲げ、不器用に笑っていた。 ありがとう、サメジマさん。 その後、疲れきっていたので荒巻の家に泊まった。 そうして今朝、俺は荷物の一部を持って 新居に訪れたと言うわけだ。 荒巻には、明日荷物を持ってくるよう頼んである。 でもあいつに任せて大丈夫か? ちょっと抜けてる所があるからな…… 悩んでいても仕方ない、 アイツを信用するしかないんだから。 問題は、今日をどう生きるかだ。 そう。 とりあえず、今げんざいの問題なんだけど。 はら、へったな。 部屋に一人きり。 作るのも食うのも俺だけで。 作ってくれるような彼女もいないし。 やばいな。 必要最低限の荷物しか持ってきていないから、 自炊する道具なんてあるわけない。 何か入ってないかなと、リュックサックの中を物色する。 おっ、ひまわりの種発見! でもこれ埋めると花が咲く種っ! おつまみの食えるやつじゃないしっ! なんでこんなモン入っているんだか。 他にもっとマシなのないの? ……… …… … リュックをひっくり返してみても、 出てくるのはポケットティッシュやゴミくずばかりで。 しまった、ウカツだった。 ぐるるるる、と腹は地響きのような音を唸り出す。 はは、と一人で浮かない顔をしながら、 仕方なしに立ちあがる。Gパンに付いたホコリを払う。 金もそれなりにあるんだし、外食もいいかもな。 引っ越し祝いだ、一人でさみしく。 そういや商店街っぽい通りがあったよな。 うまくて安い店があればいいんだけど。 けだるさと眠さと空腹感のごちゃまぜになった俺は、 ふらふらりと玄関に向かう。 うう、ホントにきつい…… //------------------------------------------------- // 1-3 歩道前 (里美) //------------------------------------------------- 道をすれ違う人にとっては何気ない風景でも、 今の俺にとっては全てが新鮮で。 知らない街を歩くってのは、なんか好きだ。 まあ、迷子と紙一重ではあるんだけど。 ……空っぽの胃袋には、真夏の日差しはきついぜ。 おまけに昨日の肉体労働で、体のふしぶしは痛いし。 ふら。 ふらふら。 ふらふらり。 自分ではまっすぐに歩いているつもりなんだけど、 足は言うことを聞かない。重症だぞこりゃあ。 ぐしゃり。 何か踏んだみたい。 まあいいか、雑誌かなんかだろ、感触からして。 ぐしゃり。 また踏んだ。ゴミかなんかだろ。 ぐしゃり。 また踏んだ。歩道、散らかりすぎじゃない? 足元を確認することもなく、そのまま去ろうとした瞬間。 背後から小さな声が聞こえてきた。 「……あのっ」 この声は、俺に対してのもの? 「あのっ、あのっ」 振り返るとそこには小さな女の子が立っていた。 声だけじゃなくて、体もちっこいぞ。 か、かなり可愛いんだけど。今日はついているなぁ。 でも悲しいことに、どうみても好意的とは言いがたい。 かといって怒っているようにも見えない。 例えるならそう。 年貢米を無理矢理取り立てられたお百姓さんのように、 じっと耐えるような悲しい瞳で、俺を見ている。 「あのっ、あし」 「……あし?」 「あのっ、踏んでます」 足を少しずつズラすと、そこには紫色の植物があって。 葉も茎もずいぶんとくちゃくちゃになっている。 花もひしゃげているし。……あ、俺の仕業か。 今のぐしゃりってのは、ひょっとして…… 歩いてきた道を見てみる。 側溝とアスファルトの間に ひっそりと咲いている、紫色の花。 今はひどい有様になっている。 ぐしゃり、という感触を思い出す。 あれはピンポイントで花を踏んでいたのか。 「あのっ、つゆ草を踏んでます」 女の子の声はかすかに震えている。 勇気を振り絞って話しかけているんだろう。 なんか、けなげだなあ。 そうじゃなくて。 俺は慌てて足をどかした。 「あっとごめん!」 「つゆ草、踏まないで、ください」 つゆ草っていうのかこの花は。 俺は自分が踏んでいた野草をしげしげと眺めた。 女の子は俺なんか眼中にないようだ。 ただ一心に地面にしゃがみこんで、 足蹴にされた《つゆ草》の状態を観察している。 「よかったぁ」 「ご、ごめん、わざとじゃないんだ」 でも女の子は無言だ。 背中から、話しかけないでくださいっ、 とでも言いたげなオーラを発している。 「あは、あははは……」 まだまだ無言のオーラは続く。……耐えられないっ。 あははは、と再び苦笑いをして。 もう俺はここにいちゃだめだなと空気を読んで。 「ほ、本当にごめんね。……それじゃっ」 俺はふらふらと、賑やかな方向に向かって 逃げるように歩いた。 足元の花にさえ気を留められなくなるなんてな。 俺もすっかりイヤな人間になってしまったもんだ。 いくら腹が減っていたり疲れているって言ってもな。 はあ、とため息をつく。 ふら、ふらふら、ふらふらり。 うう……マジでキツい。 早いとこ適当な店を探して一休みしないとな…… もうなんでもいい、どこでもいい。 とっととメシ食うぞ。 ――今思えば、不用意にふらふら歩くんじゃなかった。 ふらふらしてるのは、何も俺だけじゃないんだから。 両手に荷物を持って、ふらふら歩く女の子もいるんだから。 二人ふらふらすれば、派手にぶつかってしまうもので…… //------------------------------------------------- // 1-4 商店街 (早苗) //------------------------------------------------- どっしーん! 「ぐはぁっ!」 人とぶつかりざま、わき腹に走る鈍痛。 この痛み、ひょっとして…… これは……ナイフか? や、やられちまった、俺死んじゃうよ! 東京はやっぱり恐ろしいところだよ。 きっと俺が一人になるのを待ってたんだな。 痛てぇ、痛いよ母さん。 まだやりたいこと、いっぱいあったのに。 「なんじゃぁこりゃぁー!」 俺のわき腹には真っ赤な血が…… いやいやいや、なんか違う。 濃度というか粘度が根本的に血液と違う。 これは血とは違うんじゃないか? なんていうか血糊というかケチャップというか。 ペロリ、となめてみる。 なんてこった! まんまケチャップじゃねーか! よく見ると、 ナイフだと思っていたのはケチャップの容器で。 わき腹にピンポイントでぶちまけられている。 早とちりしすぎだ、俺は。 刑事ドラマの見すぎか? 「いたたた……」 ん、誰かが俺を呼んでいるような。 「荷物をばらまいちゃった……  まいったわね……いたた」 服にべったりと付いたケチャップを気にしながら、 声のする方を振り返ってみる。 するとそこには、 レストランか何かの制服を来た女の子が 豪快に尻餅をついていた。 周囲には缶詰やら野菜やら牛乳パックやらが 派手に散らばっている。 え? これってまさか。 いやいやいやいやこれは眼福。 なんとも可愛い、しましまパンツですよ。 お兄さんは嬉しい! 感動して涙が出そうだ。 なんか幸せでお腹が満たされた感じがする。 もちろん、気のせいってことはわかっているけど。 パンチラ万歳! ……いや、満たされている場合じゃない。 「だ、だいじょうぶ?」 「いたた……大丈夫そうに見える?」 「ご、ごめん。俺、ふらふらしてて……」 いろいろ言いながらも、 俺の視線はある一箇所に集中していて。 「なに、見てんのよ。……あっ」 女の子はスカートのすそを正してうつむいた。 気付くのが遅いな、油断大敵ってやつだ。 ようやく見られたことに気付いたようだけど。 でも大丈夫。 このことは俺とキミだけの秘密ってことで。 「……アンタに言いたいことはたくさんあるんだけど。  とりあえず、手をかしてくれない?」 「あ、ご、ごめん」 慌てて手を差し出す。 女の子は、よっ、と言いながら手を掴み立ち上がる。 「あーあ、こんなになっちゃった……」 地面の散らばりまくった荷物を見てつぶやく。 「あ……い、今拾うからっ」 「まあ、当然よね」 いそいそと荷物を拾いスーパーの袋に入れていく。 こんだけの量を女の子ひとりで持つのは、きついよな。 そりゃフラフラして歩くわけか。 女の子はスカートについたホコリを払いながら、 俺の動きをじっと見ていた。 あ、手伝ってくれないんだ…… ……… …… … 「これで、全部だよね?  荷物が無事でよかったよ」 「無事じゃないわよ。  この缶詰なんか、ヘコんでるんだけど」 「ま、まあそれでも、中身には影響ないってことで」 「お野菜はちょっとキズついちゃったんだけど?  このキャベツなんか表面がボロボロだし」 「そ、それだって剥けばいいんだし」 「何より、一番の問題は」 「……はい」 「見たわね?」 「ん、何のこと?」 ドスのきいた低く鋭い口調で問い詰められる。 結構怖い、というかムチャクチャ怖いんですけど。 いったい何を見たって言うのか。 ……ひとつ、思い当たるフシがある。 頭にうかぶのは、可愛らしいしましまパンツ。 あのトライアングルが、あのストライプが。 俺の心を優しく満たしてくれて…… 「あ」 「あ、って何よ。思い出した?」 「お、思い出したというか。なんというか……」 とぼけるのに精一杯な俺。 女の子はかまわず睨みつけてくる。 そ、相当なプレッシャーだ。只者じゃないな? 「見たんでしょ?」 ゴゴゴゴゴゴゴ! というマンガの戦闘シーンで使われる 効果音が聞こえてきそうな迫力が、女の子から伝わる。 負けそうだ。 歯を食いしばってないと、 本当のことを口走ってしまいそうだ。 「正直に言いなさい。  見・た・の・よ・ね?」 母さん、もう駄目かもです。 隆也は東京でくじけてしまいそうです。 ……ここは、こう答えるしかない。 選択肢:  はい。見えました。     → (1-4-1)へ  見てません。見てませんよ。 → (1-4-2)へ //------------------------------------------------- // 1-4-1 はい。見えました。 //------------------------------------------------- 「さいってー!  チカン! ヘンタイ! 女の敵っ!」 「そ、そこまで言うかっ!」 「ちょっとそこで待ってなさいよ、  いま、お巡りさん呼んでくるからっ」 「ちょっ! そりゃないだろ?  手鏡で覗いたり盗撮したのなら納得するけど、  キミのパンツが見えてしまったのは不可抗力だっ」 「……大声でパンツとか言わないでよ。  恥ずかしいわね」 「あ、ご、ごめん」 俺は深々と頭を下げて謝った。 まあ、見たのは事実だからな。  →(1-5)へ //------------------------------------------------- // 1-4-2 見てません。見てませんよ。 //------------------------------------------------- 「見てない見てない見てないっ。  本当に見てないって!」 「本当に見てないの?」 「ああそうだとも。  角度的に見えない位置だったんだ。本当だよ」 「よかった……  少し子供っぽいかなって思ってたから……  見られちゃったら、すごく恥ずかしかったの」 恥じらいながら、しおらしくなる彼女。 か、かわええ…… 「そんなことないって。全然子供っぽくないよ!  もっと自分のセンスに自信を持って」 「どのセンスに自信を持てばいいの?」 「何ってそりゃ、パンツの柄だよ」 「やっぱり見てるじゃない!  この嘘つきのヘンタイっ!」 やばい。 誘導尋問に引っかかってしまった。 うっかり口を滑らせてしまった。 ……今、俺に出来ることといえば。 「……ごめんなさい」 俺は深々と頭を下げて謝った。 ここは素直に謝っておこう。  →(1-5)へ //------------------------------------------------- // 1-5 商店街(1-4の続き) (早苗) //------------------------------------------------- 「嫁入り前の女性の下着を覗き見るなんて酷いわ!  心に一生の傷を負ったじゃないのっ!  慰謝料、ちゃ〜んと払ってよねっ」 「い、慰謝料って? そんな馬鹿な!」 「示談できないんだったら司法に訴えるからっ!」 「おいっ、パンチラで司法ザタかよっ!」 「うっるさーいっ!  この状況下でアンタが勝てると思ってるの?」 女の子の瞳が怪しく光る。 怖い。とてつもなく怖い。 限りなく冤罪なんだけど、勝てる気がしない。 「わ、わかった。  なんとかする、なんとかするから」 「うん、わかればよろしい」 「でも俺、先立つものが何もないんだけど」 「うん?」 「……だから身体で返していい?」 「身体で返す? アンタの?」 女の子は怪訝そうな顔で俺を見ている。 まあ無理もないんだけど。 「あの、初めてだから痛くしないでね?」 「バッカじゃないの?」 「じゃあ、どうすりゃいいんだよっ!」 自分でも、ひどい逆ギレだと思う。 「仕方ないわね、まあいいわ。  アンタって貧乏そうだから、それで手を打つわよ」 「え?ホントに?」 「いいわよ。  でもその言葉。ちゃんと言質はとったからね。  男に二言は無いわよ?」 「おうとも!」 どーんと胸を叩く俺。 でもこんなんでいいのか? 呆気なさ過ぎる。 何かやばいことを言ってしまったか? 考えろ俺、身体で返すということの意味を。 『腎臓・肝臓・膵臓に異常はないわよね♪』 とか言われるんじゃないのか? ヤバイ。 法の道から外れるような、 とてつもなく嫌な予感がするんだけど。 冷や汗が、背中を静かに伝う。 「あの、臓器はちょっと」 「え?」 「な、なんでもない」 「それじゃ、この荷物を持ってついてきてくれない?」 なるほど。こういうことか。 身体で返すってこういうことなのね。 ほっと一安心する。 でも、欲を言えば、 もうちょっと色気のある展開を期待したんだけど まぁ残念って言えばザンネンか。 そんなマンガみたいな展開を 望んじゃいけないって事か、ははは…… //------------------------------------------------- // 1-6 歩道前 (早苗) //------------------------------------------------- 「……あのう、まだですか?」 「もうすぐよ。  だらしないわね、男のくせに」 マンガみたいな荷物の持ち方をしている俺がいる。 大っきな買い物袋をいくつも両手に持って歩いて。 散乱する前より増えているのは、 絶対に気のせいじゃない。 それもそのハズ。 散乱して無くなったり使い物にならなくなった材料を 買い足してくると言って、荷物が倍以上になったのだ。 おいなんだこれ。 なんなんだこれは。 ふふん♪と鼻歌まじりで、 俺の前をさくさく歩く、この女。 自分が持たなくて良くなったからか、 重たいものばかり買い足しやがって。 フルーツ缶詰が大量に入った袋は、 今にも破れそうなくらいに膨らんでいる。 これが重さの原因なんだよっ。 まあ、臓器売買を思えばガマンできるか? それにしても重すぎるっ! 「なにをブツブツ言ってるのよ、気持ち悪いわね」 「ブツブツも言いたくなるだろよ……  こんなに荷物を持たされりゃ……」 「ふーん、ずいぶん貧弱なんだ。  見た感じ、ひょろひょろしてるもんね」 「俺は、昨日も肉体労働してるんだよ……  引越しの手伝いやってボロボロなんだよ。  しかもロクにメシ食ってないからハラ減ってるし」 「ふーん、タイヘンね」 「……全然、心がこもってないんだけど?」 「そりゃそうよ。それはアンタの都合だから」 「……ちょっとは、手伝ってくれるとかないの?」 「ぜんぜん」 「少しくらい、考えてくれよ……」 「ほらほら、もう少しなんだからキリキリ歩くっ!」 「さっきも、もう少しって言ってた気がする」 「気のせいよ」 「気のせいじゃないっ!  もう少しもう少しとか言いながら、  そのへんの店に入って荷物が増えてるんだけど?」 「それも、気のせいよ」 「それはウソだっ!」 「あはは、いいじゃない。  あんまり細かいこと気にしてると、ハゲるわよ」 「む、むちゃくちゃだ……」 「何がムチャクチャよ?  どさくさに紛れて見る方がむちゃくちゃよ」 「だから、あれは事故だって。  俺がふらふらしてたのも悪かったけど、  そっちだってフラフラしてたじゃないかよっ」 「そんな事ないわよ。  アンタが一方的にぶつかってきたんじゃない」 「いや、そっちがふらっと肩をぶつけてきたんだ。  これは譲れない」 「何よ、証拠でもあるの?」 「証拠は……ある」 「ふぅん、誰か見ていたのかしら?」 「真実は、そう!  しましまパンツだけが知っているっ」 「な……」 「や、やめろ!  グーで殴ろうとするなっ!」 「はぁ。アンタ、ほんとにバカね。  それより、着いたわよ」 「や、やっとか……え、喫茶店?」 足を止めた場所は、 落ち着いた住宅地の一角で。 こげ茶色を基調とした外装。 モノトーンでシックな外見。 しっとりとした雰囲気のただよう建物。(絵を見て変更) 汚れのない大きな窓には、 日の光がぞんぶんに注がれていて。 建物を囲むようにあるレンガ造りの花壇。 よく手入れされた緑が周囲に映えている。 よくあるオシャレなカフェではない。 オープンテラスも、もちろんない。 昔ながらのスタンダードな喫茶店、という感じだ。 扉には、英語で店名が書かれている。 ずいぶん、かわいらしいロゴだな。 『 shame ☆ on 』 「えっと、しゃ……」 「ここが、アタシのバイト先  《しぇいむ☆おん》よ」 しぇいむ☆おん、ね。もちろん読めたぞ。 変わった名前の喫茶店だ。 ……ここって、ウチの近所だよな? 俺はフラフラ商店街まで歩いて、 こっちに戻ってきたってわけか。 「ほらほら、  入り口で突っ立ってたりしたら営業妨害よ。  こっちこっち」 女の子に促されるまま、 俺はよたよたと裏口へ歩いていった。 //------------------------------------------------- // 1-7 喫茶店裏 (早苗) //------------------------------------------------- 「そんじゃ俺はここで」 喫茶店の裏口にどさどさどさと荷物を置いた俺は、 女の子に別れを告げた。 お腹のエンプティ表示は、 もう目盛りがマイナスに突入している。 いつ動けなくなるかわからない。 「なっ! ちょっと待ちなさいよ」 「なんだよ。これ以上コキ使おうってのか?  いい加減カンベンしてくれよ」 「違うわよ。アンタその格好で帰る気なの?」 言われて気付く、ケチャップまみれの俺。 確かに目立つし、なにより臭い。 一度帰らないと買い物にも行けない、しくしく。 「どうだっていいだろ。なんとかなるよ」 「どうでもいいってヒドいじゃない。  アタシの下着見たくせに!」 そこでなぜ下着がでてくる? 結構根に持つタイプなんだな。 「だからその償いはもうしただろ?」 「あーもうっ!   だからそんなんじゃないんだって」 何を怒っているのだろうか。 年頃の女の子が考えることはわからない。 ……俺もじゅうぶん、年頃だけど。 「ふっふーん。どうしたんだい早苗くーん」 うわっ、なんか凄いのが来た。 アフロ? アフロなのか? アフロに帽子? なんかはみ出してるよっ。 黒いブロッコリーが二つ付いてるよ。おい。 どうしようキモい。キモ可愛い、くねえよ!! 背は高いし肩幅ひろくて筋肉質そうだし、 なぜか室内でサングラスかけてるし。 そのくせエプロン着用とはどういうことだ? ……アンタが料理作るってこと? グラサンとコック服とはみだしアフロの ありえないコラボレーションが俺を混乱させる。 なに、この人? 「あ、店長。ちょうど良いところに。  このみすぼらしい格好をした人に  着替えを貸してあげて下さい」 「はーっはっは!  それは私の普段着でオーケー、  ということなのかーい?」 「だいぶ大きいかもしれませんが、  大丈夫ですよ、きっと」 「いい加減なこと言うなっ」 なんか勝手に話が進んでいる。 というかこのおっさんが店長なのかよっ! どんな店なんだか…… 「ほーらキミ、私の普段着を  貸してあげよーうじゃないか!」 アフロのおっさんが手にしている服を見る。 ……ラバースーツなんですが、変態チックな。 ほら、そっち系の人が着ているような。 しかも短パン袖なしまっ黒け。夏服ってこと? これを着て外を歩けと? ケチャップまみれの方が、なんぼかマシだぁっ! 「さあさあ、早く着替えてきがえて」 店長は俺のTシャツに手を掛ける。 おお、ちょっと色気のある展開…… じゃねえよおいっ! どんどん話がメンドクサイ方向に進んでるんだけど。 「えええ、遠慮します。そいじゃ!」 俺は脱兎のごとく逃げようとする。 こんなクセのある店には関わらないが吉だっ! 「ちょ、ちょっと!……あ、そうだ。  店長っ、食い逃げですっ!あの客ですっ」 「ジャァスト、ウェイトオっ!」 以外と俊敏なアフロマンに、 呆気なく取り押さえられる。 背後から股の間に手を入れられる。 気がつくと両腕をホールドされていて、 逆間接を取られていて。 その状態で肩にかつがれたぞっ!? 思いっきりのけぞる体勢になる俺。 しかも、首に腕が巻きつけられる。 ぐ、ぐるじいっ! 気が付くとありえない姿で関節技をキメられていた。 なんだなんだよこの技はっ? なんて思った瞬間に。  背中・腕・首にぎりぎりと激痛が走る。 「う、うぁーっっ!!」 「さあさあ、早くまいったしないと、  意識が遠のいてしまいますよ?」 ま、まいった!まいってるんだけどっ! 声が出ないんですよ、がっちり締められているからぁっ! まいったの意思表示しようにも、手も動かないしっ! 「ううっぅ、ううっぅ!  (まいった、まいったと言っているつもり)」 「はっはっは、強情な人ですーねっ!  それでは、これでどーうですか?」 ますます力を入れるアフロお化け。 みしみしみりみり、と背中からイヤな音が聞こえる。 お、折れるおれる! 声を出そうにもうめき声しか出ず。 かわりに涙があふれ出てきて。 タップしようにも手も動かず。 俺の視界は、次第にブラックアウトしていって…… //------------------------------------------------- // 1-8 喫茶店内 (早苗) //------------------------------------------------- 「と、とうさん、かあさん。えやちゃーんっ……」 こ、ここは何処だ?天国か? もっと雲とか花とか想像してたんだけど、 周囲にあるのは木のテーブルと椅子と観葉植物で。 天国って、けっこうフツーな感じなんだな…… うん?誰かに肩を揺すられてんだけど。 「だいじょーうぶかい、キミー?」 「うわおうっ!」 やっぱ普通じゃないっ!コイツは閻魔大王? 「やっと気が付いた、だいじょうぶ?」 「……あ」 そうだ、ここは天国なんかじゃない。 喫茶店まで荷物持ってきて、帰ろうとして。 ってか、何でオレは関節技をキめられたんだ? 「ごめんね、キミー。  私は食い逃げという言葉に  ビンカンに反応してしまってねーえ。  それで、ついつーい禁断の秘技、  『あうとさいだぁず☆えっじ』を  出してしまったんだーよ」 「……かわいらしい名前に似合わず、  むちゃくちゃ痛かったんですけど」    「はっはっはー、すまないーねーぇキミ!  でも、キミには参ったーよ」 「……なにがですか?」 「私の技にあれだけ耐えられたのは、  キミが初めてだーよ、いやあーまいった」 「……ぜんぜん光栄じゃないです」 「でも気がついてよかったわ。  山に埋めるか海に沈めるかで、  店長と考えていたところなのよ」 「怖いこと言うなオマエは」 「まあまあ、それは冗談だけど。  それより何か食べる?お腹空いてるんでしょう?」 「あ、うん」 ぐるぐるぐるぐるるるるーーーっ! 女の子にそう言われるや、 腹の虫が雷のような音を立てた。 「喫茶店内で倒れられても困るからね」 女の子は鼻歌まじりで厨房に歩いていった。 ……と思ったら、すぐに戻ってきた。 「ねえねえ。ところでさっき、  寝言で『えやちゃーんっ』って叫んでたけど、  誰なの? 彼女?」 「……別にいいだろ、関係ないじゃん」 「あるわよ。  だってアタシはあんたの身体をもらったんだから  その所有者としては当然の権利でしょう?」 「はい?」 「約束したでしょ、身体で返すって。  だからアンタの身体はアタシのもの。  アンタの物はアタシの物、アタシの物はアタシの物。  ってことになるんだけど、了解?」 「誰が了解するかっ!  どっかのガキ大将みたいなこと言うなっ!」 「ところでアンタの名前は?」 と、とことん人の話を聞かないやつだな。 マイペースすぎるというかなんというか。 ……でも可愛いいんだよな。 うーん、ギャップに戸惑ってしまう。 「俺は内藤。内藤、隆也(ないとう たかや)」 「ふーん、隆也ね。なんか平凡」 うわ、いきなり呼び捨てかよ。 「そういうそっちは?  俺も名乗ったんだから……わわっ!」 いきなり女の子の顔が近付く。 しかも、挑発するよう胸に手を添えて、 突き出しているのは何故なんだ? これは触ってもいいということか? なんて大胆なんだ…… 俺はゆっくりと手を伸ばす。 あと少しで柔らかいましまろちゃんが…… その瞬間、脳が揺れた。 「だぼぉぁっっ!」 グ、グーだ。グーでテンプルを殴りやがった。 女の子がグーで殴るかふつー! 痛い、はてしなく痛い。 「ばっ、ばかぁっ! なにしようってのよっ。  胸にあるネームプレートを見なさいって意味よっ。  このチカン! ヘンタイ!」 そ、そういうことだよな…… 人生そう甘くはないよな。 「いたた……なになに、阿部 早苗。  ――さなえちゃんか」 「違うでしょ。早苗サマでしょ?」 「なんだそりゃ」 「アハハ、それじゃあ首を長くして待っててね」 パタパタと早苗ちゃんが厨房に駆けてゆく。 ……そういや、なんにも注文してないんだけど。 //------------------------------------------------- // 1-9 喫茶店内 (早苗/里美/店長) //------------------------------------------------- あぁ、美味しかった。 出されたサンドイッチとコーヒーは あっという間に俺の胃袋へと収まった。 最初はあの店長が作ったものだから どうなることかと思ったけど、 これが意外に美味いのなんの。 「もう食べたの?  よく噛んで食べないと病気になるわよ」 「なに? 心配してくれてるの?」 「バ、バカ!そんなんじゃないわよ」 「それよりも仕事はいいのかよ? 料理冷めるぞ」 早苗ちゃんのトレイに乗っているのは、 ほかほか作り立てのカルボナーラスパゲティ。 ベーコンの香ばしいにおいが……こっちも美味そうだ。 「そうね。忙しくなってきたから  隆也の相手はしてられないみたい。  かわりに他のバイトの子が来ると思うけど、  変なちょっかい出したら許さないからねっ」 「そんなことしないって」 「どうだか、ね」 「早苗くーん。5番テーブルの料理はまだかーい?」 店長の低い声が厨房から響いてくる。 「はーい。いま行きまーす」 慌てて駆けてゆく早苗ちゃん。 口は悪いが容姿はバツグンだ。 やっぱりギャップに戸惑ってしまう。 月並みな表現だけど、 どこかで見たような気がするんだよなあ。(※ししゃもさんに確認 本編への関連付けですか?) まあいいや。 コーヒーのおかわりを飲んで帰ろう。 すいませーん! ……… …… … 「あの、コーヒーのおかわりをお持ちしました」 抑揚のない淡々とした声で早苗ちゃんより もっと若そうな女の子が現れた。 「えっ!」 「あっ!」 なんとも驚いた。 コーヒーのおかわりを持ってきてくれたのは、 出かけに会った《つゆ草》少女だ。 この再会は奇跡としか言いようがない。 ハレルヤ神さま、ありがとうございます。 改めて、さっきの事をあやまっておこう。 「こ、こんにちは。さっきは、ごめんね」 「つ、つけてきたんですか。  ひょっとして、ス、ストーカー?」 「ななな、なに言ってるの!」 ちがうって!とアピールするため、 手を出してふるふる、と振ってみる。 でもなぜか勘違いされる。 手でも掴まれると思ったんだろうか? 「きゃっ、いやっ」 あ、逃げた。 女の子はパタパタと厨房の中に引っ込んでしまった。 なんか誤解されてるみたい。 「ちょっと! ちょっと!  あんたウチの里美になにをやったの!  あのコ怯えているじゃない!」 血相を変えて飛んできたのは早苗ちゃんだった。 まさかあの女の子が早苗ちゃんと同じバイト先だったとは。 「え、いや、誤解……」 「問答無用よっ!」 「ちょっとは俺の話を聞いてくれっ」 「あれほど他の子に手を出すなって言ったのに。  よりによって里美に手を出すなんて、  このチカン! ヘンタイ! ロリコン!」 「まあ待て、少しおちつけっ。  どうも色々と誤解があるようなんだ」 「落ち着け? 落ち着けですって?  私はともかく妹にまで手をだしたら  承知しないんだからねっ!」 「ちょいまち。妹って! 早苗ちゃんの妹?  まあそれは置いといて、  俺はいつ早苗ちゃんに手を出したんだよっ?」 「うるさいわね、見たじゃないのよっ。  そんなことも分からないの?バカ隆也!」 ひどい言われようだ。 まあ確かに非は俺にもちょっとあるけど。 ……いや、かなりあるかもしれない。 「とりあえず、俺の話を聞いてくれっ」 まだブツブツ文句を言っている早苗ちゃんをなだめ、 俺は《つゆ草》事件について説明した。 ……… …… … 「どう考えても、100%隆也が悪いじゃない」 「……そういうことになるのか?」 「呆れた。ならないとでも思ってるの?  あのね、これから隆也が来るたび  厨房に引っ込まれると困るんだけど」 「……かなり嫌われてるしなぁ。  まあ、もう来ないからいいよ」 「はぁ? ふざけないでよね。  何のためにサービスしてあげたと思ってるの?  常連になってもらうために決まってるでしょう」 「え、そうだったの? 知らなかった。  ……サービスって何?  俺なんかすごいサービス受けた?」 「うっるさいわねぇ。  週に五回は顔を出さないと訴えるからっ!」 「そんなヒドい」 「慰謝料百万円!」 ずいっと片手が伸び、 人差し指がクイクイと曲がっている。 なんか堺の商人みたいで怖い。 「なんだよそれっ」 「言ったじゃない、身体で返すって」 「だから荷物もってきただろ?」 「うるさいわねぇ、じゃあ二百万っ!」 「うぉいっ!増えてるじゃねえかよっ!」 「まだ文句言うの?それなら三百万っ」 「俺が拒否するごとに金額を吊り上げるなっ」 「まだ言うの?じゃあじゃあ一千万っ!」 「おいケタ違いになっちゃってるぞーっ!」 「なによっ!じゃあ……」 「わ、わかったわかった!  週に五日寄らせてもらいますっ」 「よろしい。それじゃあ里美の方はアタシの方で  なんとかとりなしてあげるわ。  無理かもしれないけどね」 「俺が直接あやまらなくていいの?」 「あのコ、人見知りが激しいから。  慣れる前にそんなことされても  かえって逆効果になると思うから」 急にしんみりとした口調で早苗ちゃんが呟く。 少しがめつくて嫌な子だと思ったりもしたが、 どうしてどうして。 妹想いの優しいお姉ちゃんじゃないか。 少しだけ見直したぞ。ほんの少しだけ、な。 「わるい、よろしく頼む」 「どういたしまして。  そうそう、帰るのならレジはあっちよ」 「か、レジって? タダじゃないの?  サービスって聞いたような?」 「サービスはいっぱいしてあげたでしょう?  料理の代金とは別に決まってるじゃない」 「さ、詐欺だ!」 「店長ーっ! 食い逃げでーすっ!」 「ふふふ、今度は本当に食い逃げですね?  封印していた技、  『つのだ☆ヒーロー』を出すときが来るとは……」 わきわきわき、と手をアマレスラーのように広げ 近づいてくる店長。ってなんすかその技っ! 「は、払います、払います。  払わせてくださいっ!」 「毎度あり〜!  最初から素直にそういえばいいのよ。  そうそう、これあげるからまた来てね」 俺は早苗ちゃんからカードを貰った。 ……優待券? なんの優待券だというんだ? 「これの使いどころがよくわからないんだけど?」 「知りたければ足しげく通うことね」 「ちゃっかりしてんなぁ」 「ありがとうございました〜」 にこにこにこ、と営業スマイルを浮かべる彼女。 さっきまでの鬼神の表情がウソのようだ。 からんからん、とドアベルが心地よく鳴る。 それにしても。 週に五回か、無茶言いやがる。 でも早苗ちゃんも、あと彼女の妹だっていう 里美ちゃんも可愛かったなぁ。 週五回は無理としても、また来てみるか。 料理もウマいし値段も良心的だしな。 俺は《しぇいむ☆おん》を一度だけ振り返ろうとした。 ……首がうまく回らない、店長の必殺技のせいで。 荷物を持たされ、関節技を決められて。 それでも満腹になった腹をさすりながら。 俺はふらふらと帰宅の途についた。 //------------------------------------------------- // 1-10 自宅内 (独白) //------------------------------------------------- ふっ、と暑さで目が覚める。 目の先には、まだまだ慣れない天井があって。 頭をボリボリと掻きながら、 満足しきっている腹をぽんと叩きながら。 頭に浮かぶ言葉、それは。 疲れた。 ただ、それだけ。 昨日から今日にかけて散々な目に遭った。 いいこともイヤなこともイヤなことも。 身体をむちゃくちゃ酷使しているような。 二度あることは三度…… いや、今は考えないでおこう。 というか考えたくない。 明日の午前に荒巻が荷物を持ってくる。 ……本当に持ってきてくれるのか? とてつもなく不安なんだけど。 しっかし、あちいな。熱帯夜ってやつか。 なんでこんなに暑いんだか、クーラー欲しいぜ。 荷物届いてないから扇風機すらないのが痛い。 せめて窓くらいは開けるか、少しは涼しくなるだろう。 微妙に建てつけが悪いが、気にせずむりやりに開ける。 窓の下方からは車の排気音がぶぉんぶぉんと聞こえる。 外をぼーっと眺める。 ネオンとビルの明かりは夜空を赤黒いものに変えている。 星なんていっこも見えたもんじゃない。 窓を開けても星空はなく、川音が聞こえるわけでもなく。 鼻に届くのは排気ガスの臭い、聞こえるのは車の音。 窓は少しだけ開けておこう、イヤになるから。 やっぱり、ここは東京なんだよな。 当然のことを、改めて確認してしまう。 ……とりあえず、寝るか。 オレは再び目を閉じ、 ムリヤリに眠りの世界へと戻っていった。 //------------------------------------------------- // <一日目終了> //------------------------------------------------- //------------------------------------------------------------------------------ // 8月2日 <二日目> //------------------------------------------------------------------------------ //------------------------------------------------- // 2-1 自宅 (独白) //------------------------------------------------- 外から聞こえる下品なクラクションの音で目が覚める。 うるせえなぁ。 ……ひょっとして、荒巻か? ばばっと飛び起き、慌てて玄関を開けて確認してみる。 トラックはまだ来ていない。 代わりにあるのはヤンキー車。朝から迷惑なんだよっ。 そもそも今、何時くらい? 携帯で時間を確認してみると、まだまだ早朝で。 昨日は疲れたからワリと早く寝たのがよかったのか? 公園に行けば小学生がラジオ体操でも やってるような時間だぞ。 ふぁぁぁ、と長いアクビ。 ……二度寝するにも、すっかり目がさめちまった。 何もない部屋に居てもしょうがない。 散策がてら、外に出てみるか。 //------------------------------------------------- // 2-2 歩道前 (里美) //------------------------------------------------- 早朝の空気は多少澄んでいるような気がして、 思いっきり深呼吸をしてみる。 ……うん、それでも黒板消しのニオいがする。 俺は昨日の不幸な事故を思い出し、 なるだけ足元に注意して歩いていた。 おっ、俺が踏んだつゆ草はまだ元気だぞ。 昨日はここで早苗ちゃんの妹に会ったんだよな。 確か、里美ちゃん? 多分間違ってないと思うが自信はない。 思いっきり拒絶されたよなぁ。 確かに姉妹だけあって、顔のつくりとか似てたな。 性格はまるで違っていたけど。 まあ兄弟や姉妹の性格なんてそんなもんか。 そんなことを考えながら、 ふらっかふらっか歩いていると。 いたよ。 その里見ちゃんが目の前にいるよ。 こんな朝早くから何やってるんだろ? 俺に気付いた様子はない。 気付いてたら逃げてるもんな、悲しいけど。 紙袋からなにか取り出して蒔いているようだけども。 肥料? それにしては少ない。 何も生えてない場所に肥料を蒔いても 仕方ない気がするんだけども。 うーん、気になる。 思い切って声をかけてみるか? 逃げられたら……その時はその時さ。 「おはよう、今日もいい天気だね」 「えっ?」 ビクッ! と肩を震わせて振り返る里美ちゃん。 驚き方が尋常じゃない。 たぶん逃げちゃうんだろうな。 「えっ、あっ、お、おはようございます」 なに? 予想外の展開。 いやいや嬉しい展開だから問題なし! 「どーも、昨日は本当にごめんね」 「お、お姉ちゃんから聞きました。  昨日はストーカーと勘違いして、  ご、ごめんなさい」 「いいっていいって。  ところで里美ちゃん、なにしてたの?」 「あのっ、見てたんですか?」 「うん」 おや、恥ずかしそうにうつむいてしまったぞ。 聞かないほうが良かったかもな。 「あ……ごめん。何かマズいこと聞いちゃった?」 「いえっ、そういうわけじゃ。  種を、その、蒔いていたんです」 「種?」 「はい」 「種って花の種とかそういうの?」 「はい、その種です」 「どうして?」 そう、どうして種なんか蒔いているのか。 それも道端で。 「それは……」 もごもごもご、と言葉をにごす彼女。 ハタから見たら、俺がいじめているように見えるよな。 「ごめん。なんか困らせちゃったみたいだね」 「いえ、別に。  ただちょっと理由があって言えないんです」 「願かけみたいなもの?」 その問いに、里美ちゃんはこくりと頷く。 なるほど。 理由はわからないけどきっと里美ちゃんにとっては 大切なことなんだろう。 これ以上の詮索はヤボってやつかな。 話を変えてみよう。 「花かあ……うん、俺も好きだな」 「何の、花ですか?」 お、俺の話に食いついてきたぞ! 「名前が出てこないんだけど、赤い花で。  花びらを引っ張ると蜜がついているやつなんだけどね」 「サルビア、です」 「そうそうサルビア!  花壇中のサルビアの蜜をちゅーって  吸い尽くしたよな。小学校の時か、懐かしいな」 「……」 なんか冷たい視線で見られてるんだけども? ま、まずかった?地雷踏んだ? 「あの、わたし、帰らないと」 「ごめんごめん。  別に引き止めるつもりはなかったんだよ」  あと、ちょくちょく、しぇいむ☆おんに  行くと思うけど、そのときはよろしくね」 「あ、はい。よろしくお願いします」 里美ちゃんはぺこりとお辞儀をすると、 パタパタと駆けて行った。 俺という人間が苦手なのか、男性が苦手なのか。 後者だと思いたいんだけど、やっぱ避けられてる? かるーく、ショックだよな。 ……おっと、もうこんな時間か。 一度家に戻るとするか。 //------------------------------------------------- // 2-3 自宅内 //------------------------------------------------- お引越しなら、 いつもニコニコあらまき引越しセンターへ! 今ならメシ代さえ出せば、 他の費用はいっさいかかりません! 線目でボーッとしがちな、 何を考えてんのかイマイチわからない男の子が 懇切丁寧にお手伝いします! さあ、いますぐお電話を! ……お電話を、っと。 アイツの携帯にてれてれテレホン。 1コール、2コール……運転中か? 念のためと思って電話したけど、 そんな心配は必要なかったか? 9コール、10コールと相変わらずな電子音が流れ、 あきらめて切ろうとした時。 電話先から、やけに間延びした声が聞こえてくる。 「もしー、もしー……」 「あ、俺だオレ」 「あー、すー……」 「こらっ、寝るなっ!  念のために電話してみたんだけど。  ひょっとしてこれ、モーニングコールか?」 「ぐー……」 「こらぁーっ!ねるなーっ!  今日はトラックで手伝ってくれんだろ?」 「なんだよ隆也ー、  まだふつーの人は寝てる時間だよ?」 「お前は寝てる時間かもしれんが、  ふつーの人は起きてる時間だっ!」 「お前のことだから、忘れていそうで」 「あー、だいじょうぶー。  ちゃんとトラック借りてきたから、  荷物もっていくねー」 「もう一眠りしたら、ちゃんといくよー」 「ばかっ!  お前の一眠りを待っていたら、  リアルに日が暮れるんだよ!」 「今までもどれだけ、  すっぽかされたことか……」 「ぐー……」 「うおーいっ!  あらまき引越しセンターさんっ!」 「あ、いけないー。  ちゃんと起きなきゃ」 「……いきなり目が覚めたな」 「隆也の用事は遅れてもいいけどー、  待ち合わせは時間通りにいかないとねー」 「なんだそれは。  俺は随分とないがしろにされてんだけど。  ……っつーか、待ち合わせ?」 「うんー。  じゃあ、これからそっちに行くからねー。  じゃあねぇー」 ぶつん、と一方的に切られる。 ……まったく、相変わらずワケのわからん奴だ。 サークル仲間であり学部もおんなじ荒巻は、 基本的にはいい奴だ。 こうして引越しも手伝ってくれるしな。 ただ、唯一の欠点というか、 重大な欠点がひとつ。 いつでも、どこでも寝るって事。 気付けば寝ている。 どこでも寝ている。 昼でも寝ている。 夜もやっぱり寝ている。 朝もあの体たらく。 いつ起きてんだ?というくらいに寝ている。 でも不思議と、授業内容は理解してんだよな…… すいみん学習ってやつ? 『11月11日って、鮭の日なんだよー。  ほら、十一十一をタテに書くと、圭になるでしょー?』 そしてたまに、どうでもいい知識を披露する。 その度オレはとまどう。 半年つきあっているけど、 まだまだ底の見えない不思議なやつ。 それが荒巻。 ……ふぁぁ、と大きなあくびが出る。 荒巻と話してたら、俺まで眠くなってきた。 あいつが来るまで、ちょっと眠るか…… 来りゃ、起こしてくれんだろ。 ぐう…… ……… …… … こん。 こんこん。 こんこんこん。 扉をたたく音が、 俺を眠りの世界から戻そうとする。 ああ、そろそろ来る時間だもんな。 まだ目が覚めきってなく、 頭にモヤがかかった状態で キーロックを外す、ドアを開ける。 「……」(可奈) 「わりぃわりぃ、ちょっと寝てた。  オマエの事、怒れねぇよなあ」 「……」 あれ? 荒巻って、髪の毛そめてたっけ? 目だってこんなにパッチリ開いているし。 そもそも、体にくびれがあるんだけど。 ボーン、きゅっ、ぼーんって感じで 体が妙に自己主張してんですけど。 そう、やけに女の子らしい体つきで…… あれ? ひょっとして、ひょっとしなくても。 荒巻じゃなくて、この子は…… 「お、おはよう」 「……あ、おはよう、飯島さん」 「……」 ほら、やっぱりムッとしてる。 いつもそうなんだこの子は。 俺は挨拶するだけなのに、 いっつも機嫌が悪そうで。 何かやらかしたっけ?といつも考える。 あれ? 今日三回目の疑問。 違うんだ。 俺はもっともっと、 根本的なことを考えないといけないんじゃないか? 「おはよー、たかやー」 「……あらまき引越しセンターさん、毎度どうも」 「まいどー」 「オマエに一つ聞きたいことがある」 「なになに、なーにー」 ぐおいっ! と間抜けな返事をするこいつにヘッドロック。 ずるずるずる、と部屋内にひき込む。 「いたい、いたいよー」 「な、なんでここに飯島さんがいるんだ?」 「あー、それねー」 「それはねー、  海よりも山よりも陸よりも  深い理由があってねー」 「例えがヘンなのは、とりあえず置いておく。  なんだその理由は」 「その、理由はねー」 「おう」 「……」(可奈) 「あははー、わすれちゃったー」 「マジで勘弁してくれよ、  そこまで引っ張っといて」 「まあまあまあ、それよりもー。  引っ越し引っ越しー!」 「荒巻ひっこしセンターの社長の僕と、  副社長の可奈ちゃんが頑張るからねー」 「あ、飯島さん手伝ってくれるんだ」 「し、仕方なくね」 「はは……」 そりゃそうだ。聞くまでもないだろう。 でも、仕方なくでも手伝ってくれるのは、 嬉しいよな…… サークル仲間同士、 仲良くしていこうって感じなのかな。 ……そのわりには、機嫌が悪そうだけど。 「じゃあ、荷物を運ぼうよー。  僕と隆也で持ってくるから、  可奈ちゃんは中の荷物を整理してねー」 「適当に部屋に置いていっていいからさー」 「うん、わかったわ」 「おいおい、俺のプライベートとか  部屋の配置プランとか、お構いなしか?」 「あれ?  そういうの気にしたり、  そういうの考えていたのー?」 「……まあ、寝る場所くらいは。  ほら、北マクラって気にするだろ?」 「気にしないよー、  僕は布団さえあれば、どこでもいいよー」 「あー、俺も。  ただ北マクラって言ってみたかった」 「あははー、そんな事だろうと思ってたよー」 「荷物の整理は、女の子に任せるのが一番だよー。  力仕事はタイヘンだろうし」 「荷物運びだって、あのくらいの量なら  二人なら楽勝だよー」 「……おい、すばらしい仕切りだな。  ちょっとお前のこと見直したぞ。  ホレていい?」 「あははー、そんな趣味はないよー」 「それじゃあ飯島さん、整理の方よろしくね」 俺はできうる限りの笑顔を、飯島さんに向ける。 この想い、キミにとどけっ! 「……わかったわ」 ほらほら、機嫌が悪い。 荒巻と話してた時は笑顔も見せてたのによー。 完全に嫌われてますな……ははは、はぁ(ため息) と、とりあえず解散っ! 泣きそうにながらも勢い良く扉を開けて、 トラックにダッシュする。 「あ、まってよ隆也ー」 「……はぁ」(可奈) 金色の髪をした、青い目の女の子は。 一人きりになってしまった部屋で。 大きなおおきなため息をついていた事は、 誰も知らなかった。 ……… …… … 「……どっせいぃ!」 「ふうー、これで全部かなー?」 「おう、なんか意外と早く終わったな」 「あはは、日頃のバイトの成果がでたよー」 「うん、それは認める。  すっげえ手つきよかったもんな」 「あはー。それじゃ、次は部屋の中だねー。  可奈ちゃんありがとねー」 しかしコイツは、飯島さんと仲がいいよな。 今だって名前で呼んでるし。 俺なんか、いいじまさんっだぞ。 しかも、言うたんびにムカつかれてるぞ。 なんだ、なんだよこの差はよ…… 俺も目を線みたいに細くして、 間延びした話し方すればいいのかよー。 そんな飯島さん。 荷物を整理してる途中で、 フリーズしているんですけど。 あ……その箱。 「……これは、何かしら?」 眉間にシワを寄せているのは飯島さんで。 手にしている本は、俺の秘蔵コレクションで。 エロティックな女の子の裸の写真集。 略してエロ本。 し、しまったー! ち、ちゃんとカモフラージュのため箱に、 「天地無用」とか「ワレモノ危険」とか 「危」とか「毒」とか書いておいたのにぃっ! ……すんません、洋モノばっかで。 金髪の写真集は、隠し事がキラいなんです。 だから好きなんです。 飯島さんハーフだもんな、 ぜってー気分悪いぞ。 これ以上気分を悪くされたら、たまらない! 「あの、それは……」 「隆也は外国モノが好きなんだもんねー  金髪がスキなんだよー」 「解説するなぁっ!  あ、あのね飯島さんっ」 「これはその、男の悲しいサガというやつで……」 「とりあえず捨てるわね。  学生には必要ないもの」 「いや、学生とかそういうのは関係なくって……  そ、そう!それは荒巻から借りてたやつでっ!」 すまん荒巻。 お前の尊い犠牲は、いつまでも忘れないぞ。 「ちがうよ隆也ー。  僕が引っ越し祝いであげるのは、  こっちの箱に入ってるよー」 謀反人、荒巻! 犠牲になるのは俺かよっ! 「ええと、荒巻くん。  くわしく聞かせてもらえるかしら?」 「うん、これだよー」 「ばか、ばか荒巻っ!」 「はい、これも廃棄処分ね」 「あははー、残念だね隆也ー」 ちっとも残念そうに言ってないコイツ。 とりあえず、一発殴っておく。 ああ……俺のコレクションが…… 荒巻は『ちょっと休んでくるね』と言ったまま、 ちっとも帰ってこない。 アイツの事だからどっかで寝てるだろ。 もう力仕事は終わったからいいんだけど。 いいんだけど。 ちょっと、良くないんだよ。 部屋にはオレと飯島さん。 さっきの事件もあり、微妙な空気のまま。 がさがさと荷物を整理する音。 もくもくと手を動かす二人。 ただ、それだけ。 素敵なことなんて、起こる気配もない。 ……た、助けてくれぇっ、荒巻! 「この教科書は、こっちでいいのかしら」 「え、あ、う、うん!  たまには勉強しないとね」 不意に話しかけられて、キョドってしまう。 「ふふ、たまには、なのね」 あ、なんかうけた? やわらかな微笑みを浮かべているぞ。 いっつも機嫌がわるい感じだから、 こういう表情がたまらなく嬉しいっ! ……ここは、そう。 これをきっかけに、 もっとフランクに話せるようにするぞっ。 今までは話しててもギクシャクしてたもんな。 何を話すか何を……そ、そうだ! 「い、いいじまさん?」 ほら、不機嫌になっちゃった。 それでもこのチャンスを逃してたまるかっ。 かまわず続けるぞ。 「な、なんで、  俺の引っ越しを手伝うことになったの?  やっぱり荒巻のせい?」 「そ、そ、そうそう!  あ、荒巻くんにたのまれちゃって」 「ひ、引っ越しって、力仕事じゃないっ!  だから、わたしに手伝ってほしいって、それで……」 やっぱりアイツか。 つーか力仕事だってのに、 なんで飯島さんをチョイスしたのか。 でも感謝はしないと。 こうして会話できてるわけだし、整理もしてくれたし。 ぐっじょぶ、荒巻。 飯島さん、きれーだなぁー。 こういう子を彼女に持ったらもう 一日中ベタベタなんだろうなぁー。 彼氏になる人がうらやましいぞ、かなり。 誰かと付きあっているのかな? いるんだろうな、やっぱり。 こんなキレーな人、周りがほっとくわけがない。 「こ、これは……」 本を整理してくれている飯島さん。 一冊の本を手にしたまま、フリーズしている。 ま、またか? また出てきたのか、俺のコレクションが! これ以上、タカヤ株を下げるのはまずいっ! 「そ、それはね飯島さん。  そう!やっぱり荒巻のヤツがね……」 悪い荒巻。 もうお前しか頼めないんだ。 ぺら、ぺらり、とページをめくる音。 飯島さん読んでるし……あぁぁ。 やけに真剣な顔なんですけど…… しかもなんか、今にも泣き出しそうな、 悲しそうな表情なんですけど…… とうとう、サジを投げられたのか俺は。 不名誉な女泣かせの称号をいただいてしまうのか。 とりあえず何の本かを確認してみると…… あれ、エロ本じゃない。 うさぎやタヌキやカエルやへび。 そして、おおっきなクマ。 カラフルな色使いで描かれた絵はまるで、 小さな子供が読んでいるような本で。 ……いやそれ、まるっきり小さな子用だ。 絵本じゃないかよ。 「それは……えーと、なんだっけ」 「……『くまさんと うさぎさん』よ」 「そ、そうそうそう!  なんでこの本あるんだろ……」 「……」 「実家から持ってきちゃったんだよね、なぜか。  なんか捨てられなくてさぁ、  あは、あはははは……」 カラ元気をフル稼働させて笑う笑う俺。 それでも飯島さんの表情は変わらずにいる。 ゆっくりと、ページをめくる。 あは、あはははと悲しい笑い声は部屋に響いて。 お、俺もう限界! タカヤ株大暴落に耐え切れないっ! 「あ、あの俺、飲むもの買ってくるっ!  ほら、飯島さんこんなに頑張ってくれたのに  何にも出さないのは失礼だしっ!」 ばっと財布を手にして、ばばっと玄関に向かう。 だっとドアを開け、だだっと自販機を探す。 俺は思わず、涙目になっていた。 部屋に一人残された女の子は。 絵本を読み終えて、奥付を見て見返しをみて…… ふふ、と微笑んだ後、涙目になっていた。 あれ? このへん、自販機ないのかよ。 東京ならそこかしこにあるもんだろよっ! コンビニ探すのもめんどいしなぁ…… まだよく地理わからないし。 そうだ! しぇいむおんが、あるじゃんか。 店員に多少問題があっても、 あそこのコーヒーは美味いもんな。 最近はお持ち帰りのできる喫茶店ってあるし。 聞いてみようかな? うっし、んじゃ行ってみるか! //------------------------------------------------- // 2-4 喫茶店内 //------------------------------------------------- さて、今日もやってきましたしぇいむ☆おん。 早苗ちゃんと里美ちゃんはいるかなっと…… 「あ、えっと、いらっしゃいませっ!」 あれ、昨日の二人と違う子が出迎えてくれたぞ。 ちっさくて元気いっぱいな子だ。 束ねられた髪がぴょこぴょこと揺れている。 「あの、コーヒーを頼みたいんですけど」 「え、えっと、はい。  それでは、どこかの席におすわりくださいっ」 やけにぎこちないしゃべり方だ。 バイト始めたばっかりっぽいんだけど。 「ここで飲むんじゃないです。  テイクアウトしたいんですけど、できますか?」 「え、え、えーっと。  ちょっとよくわからないんで、店長にきいてきます」 ばたばたばたと厨房にかけていく、ちんまい店員。 やたらと、せわしない子だよなあ。お、戻ってきた。 「店長にきいてみたら、紙容器でよければだいじょうぶ、  とのことでしたっ!どうしますか?」 「あ、はい。それじゃアイスコーヒー三つで」 「かしこまりましたっ!」 再びぱたぱたぱたっと駆けていく、ちびっこ店員。 と、ここで背後の気配に気がつく。 ふっと振り返ってみると。 「かしこまりましたよー、隆也くーん」(店長) 「うあっ!店長、おどろかせないでくださいよっ」 このグラサン店長、いつの間に背後に! コック帽からはみでたアフロが、 もっさもさと動いている。 「今日も来てくれるとは、うれしいかぎりだーよ!  私の愛情もたーっぷり注いでおくからね!  はーっはっはっ!」 「あの、ふつーのコーヒーでいいですから」 「てんちょっ!こっちにいたんですか。  アイスコーヒーふたっつ、おねがいしますっ」 「りょうーかいっ。さあ張り切ってつくるよーっ!」 「もう、すぐどっかにいっちゃうんだから……」 ぼそっと独り言をつぶやいている店員。 苦労が多そうだな、と同情の視線を送る俺。 その時ちょうど目が合う。 店員はえへへへ、と人なつっこい笑顔を向けてくる。 「あは、おもしろい店長ですよね」 「あ、ああ……たしかにね。  えっとキミ、バイト始めたばっかなの?」 「はいっ!  ちょうどあなたが、さいしょのお客さまですっ!」 「なるほどね、どうりでぎこちないと思った」 「ぎこちないですか?うう〜。  なんかキンチョーしちゃって」 たはは、と少しだけ困った顔をする女の子。 ころころ表情の変わる子だな。 「俺、近所に住んでるから、  これからもちょくちょく来ると思う。  よろしく、えーっと……ノリノ、ちゃん」 『木野村 典乃』と書かれた名札を見ながらしゃべる俺。 あれ、眉の端がピクリと動いたけども。 「……ノリノ、って誰です?」 「え? でも名札には書いてあるけれども……?」 「あの、読み方、ちがいますよ?」 女の子はやんわりと否定しているけれども、 明らかにムッとしている。 「あ、ごめんごめん。えーっと、ノリ……ナ?」 「あの、ちがいます」 眉間にしわを寄せて、語気に力を込められる。 いかんいかん、ドツボにはまっているぞ。 なんとかしないと…… 「ごめんごめん。えぇーっと、ノリ……ユキ?」 「ちがうちがうっ!  しかもノリユキなんて男の子の名前だしっ!」 ドツボにはまってどっぴんしゃん。 火に油どころか、 ガソリンを10リッターくらい注いでしまったようだ。 むちゃくちゃ怒ってるんですけど? 「あーなるほど。なかなか面白い……」 「面白い? おもしろいってどーゆーイミなのっ?」 「いや、いやいや、怒らないで。なんつーか、こう……」 「どうせヘンな名前とか思ってるんでしょうっ!  男の子みたいな読み方するしっ!  えーっと、そーいうキミの名前はなんなのさ?」 「た、タカヤ。内藤 隆也」 「じゃあ、タカヤが、タカユキって呼ばれたら怒るでしょ?  タカコってよばれたらおこるでしょっ?」 おいおい、いきなり呼び捨てかよ。早苗ちゃんと同じかよ。 確かに名前を間違えたのは悪かったけどさ。 「まあ、そりゃあ怒るよ」 「そりゃ、ボクだって怒るわけだって!  そんな男の子みたいな読まれ方されればっ!  キミがはじめてだよ、そんな読み方したのっ!」 「あ……ご、ごめ」 謝ろうと口を開くも、怒り大爆発中の彼女に阻止される。 「読めない人はけっこういるけど、  そんなにピントはずれてはなかったんだよ?  それを、そんなノリユキとか  ノリヒロとかノリスケとか……」 いや言ってないのも混ざってるんだけど。 うわすっげーおこってらっしゃる。 「はーい!隆也くんへの愛情たーっぷり注入!  特製アイスコーヒーはいりましたー!」 このさい細かいとこはムシして。 会計済ませて、とっとと逃げた方がいいな。 「そ、それじゃここにお金おいときますんで。  ごめんね、ノリノちゃん」 「あーーっ!またまちがえてっ!」 あ、またやってしまったっ! 「ご、ごめん。それじゃっ!」 「あっ、こらまてタカヤっ!」 //------------------------------------------------- // 2-5 自宅前 //------------------------------------------------- 「はあはあ、ただいま」 「お、おかえりなさい」(可奈) おお、飯島さんが出迎えてくれたぞ! これだけでも苦労して買ってきた 甲斐があるってものだ。 「その紙袋……しぇいむおん?」 「そ、そうそう!  すぐそこに喫茶店があってね、  コーヒーのおいしい店でさ」 「ふふ、変わった名前ね」(可奈) 変わった名前と言われて。 さっきまでの騒動を思い出してしまう。 「まあね。変わった名前……かもね」 「どうかしたの?」(可奈) 「な、なんでもない」 「でも喫茶店から買ってくるなんて、  けっこうしたんじゃないの?」(可奈) 「あ、お金?  大丈夫、そのへんはけっこう良心的な店でさ……あれ」 「なにポケットをごそごそしてるの?」(可奈) 「あれ、あれれ……さ、さいふが、ない」 「なによそれ。  お金はちゃんと払ってきたんでしょ」(可奈) 「うん、払ったんだけど……  そこから、どうしたっけ」 あれ? ひょっとして、会話つながってる? つながってるよ、みんなっ! ちょっと間を空けたのが良かったのか? 表情だって笑ってるし。 嬉しさを隠しながらも、今の問題はサイフだ。 落ちつけ……記憶を手繰り寄せるんだ。 「えーっと、ちんまい店員がいて。  話をしたら気に障ったらしくて、怒り始めて。   「ガーっていろいろ言われて。  で、店長がコーヒーできたよって言って」 「うんうん」 「あわててお金を出して。この時サイフを出して。  そして……あ、そん時だ。  カウンターに置いたまんまだ」 「なんだ、隆也……くんの不注意じゃないの」 「うん、その通り。はっはっは……はぁ。  取りにいってくるね」 その時、玄関先でチャイムの鳴る音。 同時に元気いっぱいすぎる声が聞こえてくる。 「ごめんください、ごめんくださーい」 あれこの声、さっき聞いたような。 「ちょっと待ってくださーい、今開けます……  あれ、さっきの」 「うん、たしかにタカヤの家だ。この地図あってる」 「うわ、家までおっかけてきたのかよ」 「なにいってんの?  あのさ、ボクがなんで来たか、わかる?」 「……なんとなく」 「だったら話は早いや。ほい、わすれもの」 典乃は財布をほいっと投げる。 ほわっと受け取る俺。 「中にタカヤんちの地図はいってたから、  店長にいってこいって」 「はは、わるいな。仕事中に」 「仕事中だからきたの!  好きこのんでなんかこないって」 ぷんすか、と頬をふくらませながら言われてしまう。 「はは……おっしゃるとおりで」  ちょっと寄ってくか?」 「ううん。道くさたべてたら、店長におこられるもん。  そうそう、店長からの伝言だよ」 「え?」 こほん、と咳払いをする典乃。 「私のあーいじょうをビンビンに  かーんじてもらえたかな?  だってさ」 「……声色まねなくていいから。  いえ、感じなかったっすって伝えておいて」 「……どうかしたの?」(可奈) 「うん、さっき言ってたしぇいむおんの店員」 「あら、かわいらしい制服ね」(可奈) 「え、あ、あ……こんにちわっ!」 「ふふ、こんにちわ」(可奈) 「サイフ届けにきてくれたんだ。名前が……」 「あの、あの!ボク、  木野村 典乃(きのむら てんの)  っていいますっ!」 「いっぽん木の木にのはらの野、ムラの村にじてんの典。  あとぐにゅぐにゅってかく乃で、  キノムラテンノですっ!」 「とくぎは走ることですっ!  この前、陸上でインターハイに出たんですよ」 「お前、なにげにスゴイな」 「よろしくね、典乃ちゃん。私は可奈っていうの」 「あ、はいっ!よろしくおねがいしますっ!」 おいおい、二人とも何をよろしくおねがいするんだか。 と、ここで典乃にわき腹をつつかれる。 「ちょっとちょっとタカヤ。  このキレーなひと、ひょっとして、  タカヤのカノジョ?」 「いや、残念ながらちがうぞ」 「やっぱりね」 「やっぱりって思うのかよ。  ……まあ、そうかもしれんけど」 「そりゃそうだって!  こんなキレーな人としゃべったの、はじめてだよ。  なんかね、ボクと住む世界がちがうってかんじ」 「ふふ、ありがとね典乃ちゃん」 「あの……すんごい、髪の毛キレーでいいですね。  ボクの髪なんか赤っぽくて、気にいってないんです」 「そんなことないわよ。典乃ちゃんの髪だって素敵よ。  髪型も似合っているし」(可奈) 「えへへ……あ、ありがとうございますっ!  あと、あの、その……」 典乃は自分の胸元を見て、可奈の胸元を見て。 「ぼーんっ、てかんじで」 「ぼーん?」(可奈) 「あ、いえなんでもないですっ!」 ……だいたい言いたいことはわかった。 たしかに、ぼーんって感じだよな。 「あの、ボク、すぐそこの  しぇいむおんって喫茶店で働いてます!」 「ぜひ近くに来たら、よっていってくださいっ。  はいぱーサービスしますから!」 「うん、ありがとうね」(可奈) 「おう、ありがとうな」 「タカヤにはサービスしないもん。可奈さんだけだもん」 「ちぇっ。俺なんか近所に住んでるんだし、  カードも持っているんだから、  もっと優遇してくれよ」 「だからサイフ持ってきたじゃんか。  ずいぶんユーグーしているつもりなんだけど?」 「う、そのとおりだ」 「ふふ、じゃあ遊びに行くわ。  会うのを楽しみにしてるわね」(可奈) 「は、はいっ!ボクも楽しみにしてますっ!」 「オレも楽しみだな」 「タカヤは楽しみじゃないもん。名前まちがえたし」 「だから、ゴメンって謝っているだろーが。  えっと……」 選択肢 1 テン……ノ、だよな?(2-5-1)へ 2 ノリ……ユキだよな?(2-5-2)へ //------------------------------------------------- // 2-5-1 テン……ノ、だよな? //------------------------------------------------- 「そうそう!覚えたじゃん。えらいえらい」 「お前、俺をバカにしてるだろ?」 「バカになんかしてないよ?  タカヤはバカだからそう思うんじゃないの?」 //------------------------------------------------- // 2-5-1 ノリ……ユキだよな? //------------------------------------------------- 「だーからっっ!テ・ン・ノ!  辞典の典にうにゅうにゅの乃!」 「なんだその、うにゅうにゅってのは」 「いーの!ちょうどいいたとえが浮かばないんだからっ!うーっ!」 「お前、バカだろ?」 「サイフを忘れるタカヤに言われたくないやいっ。ばーかっ」 //------------------------------------------------- // 2-6 自宅前 //------------------------------------------------- 「ああ言いえばこう言うやつだな」 「あ、そろそろ戻らなきゃっ。  可奈さん、おまちしてますねっ!  タカヤのばーかー」 「ふふっ、またね。お仕事がんばってね」(可奈) 「またね、ノリノちゃん」 「うーっ!こんどあったとき、おぼえてろーっ!」 ばたばたばたんっ!と勢いよく出て行く。 「とっても元気で、おもしろい子ね」(可奈) 「……おもしろすぎ、じゃないかな」 はは、と思わず苦笑する。 世の中って、広いな。いろんな人間がいるもんだ。 愛情たっぷりアイスコーヒーを飲みながら。 俺はばたばたと遠ざかる足音を聞いていた。 //------------------------------------------------- // <二日目終了> //------------------------------------------------- //------------------------------------------------------------------------------ // 8月3日 <三日目> //------------------------------------------------------------------------------ //------------------------------------------------- // 3-1 自宅 //------------------------------------------------- // 美幸との再会 目を覚ましたら。 ダンボール箱とキスをしていた。 うわぁ、なんて最悪な出会い。 上半身だけを起こして見回してみて。 いまだ片付かないダンボールの箱、はこ、ハコ。 差し込む日の光が、 散らかっている部屋をはっきりと照らしている。 今日も暑くなりそうだ。 昨日、飯島さんと荒巻に手伝ってもらったものの、 一日ですべて整理するのはムリだった。 結局、途中であきらめてメシ食いにいったしな。 ……やるしかねえ。 もう今日中に終わらせてやる。 女の子が遊びに来て、 『わあ、タカヤ君の部屋ってキレーなのねー』 『うふふ、そんなことないよふふふ』 なんて会話ができるようにしてやるっ! 「うふふふふっ」 ……いかん、暑さで頭がやられている。 夏のせい?天然のせい?俺のせい? とにかく、始めるとするか。 ……… …… … やる気になれば早いんだよ俺は。 やれば出来る子なんです、この子は。 綺麗さっぱり片付けて、 ふうう、と一息つく。 同時に、腹のむしがぐるるる、と鳴る。 よくよく考えてみると、 朝メシも食わないで整理にボットーしてたもんな。 自炊するにも材料ないし、そんな気力もないし。 ……なら、行き着く先は。 あそこしかないじゃないか。 //------------------------------------------------- // 3-2 喫茶店内 //------------------------------------------------- //BGM しぇいむ☆おんのテーマ //BG 喫茶店 「いらっしゃ……うわ」(早苗) 「うわって言うな」 「はぁ……」 「なんだその態度は、俺は客だぞ」 「アタシだって、お客様を選ぶ権利はあるわよ」 「あるのかよっ!平等に接客してくれっ」 「普通のお客さまには、普通に接客するわよ。  ふつーじゃない人には、それなりに対応するわ。  そういうことよ」 「ひ、ひでえ」 「どっちがひどいんだか」 「そんなにパンツのことを  引きずられても困るんだけど」 「こ、この男は……」 「お、おい拳を固めるなっ。  悪かったわるかった俺がっ!」 「はぁ……まあいいや。  後で注文取りに行くから、どっかに座ってて。  メニューはそこの棚にあるから、持っていってね」 「セルフサービスなのかよ」 「じゃ、ごゆっくりどーぞー」 「なんか心がこもってないんだけど」 俺の問いかけはあっさり無視されて。 そのまま店の奥に姿を消した。 なんて店員だ。 客と店の立場が完っ全に逆転してるんだけど。 それでも言われたとおりにメニューを持っていく。 ぺらり、ぺらりとメニューを眺める。 喫茶店のわりに、料理が充実しているんだよな。 おとといは注文してないから分からなかった。 サンドイッチだけで、こんなに種類あるんだ。 まーた写真がうまそうに撮ってあるし。 BLTって、なんの略だっけ? こっちはクラブハウスサンドか。 うーん、こんがり焼かれたトーストにはさまれた タマゴとレタスとベーコンが、たまらなくうまそうっ! 「……ご注文、お決まりでしょうか?」 あれ? 客をグーで殴る女じゃないぞ。 名前をまちがえたらキレる女じゃないぞ。 ずいぶんとおとなしい感じの子だ。 今だって、ささやくような声だったしな。 でも、喫茶店の店員はこうじゃないと。 きれいな黒髪に赤のリボンが ワンポイントで映えている。 か、かわいいっ。 ここ数日、会う女の子おんなのこが すべてクオリティ高いんですけど。 「あの……ごちゅうもんを……」 「あ、ごめんごめん。  それじゃ、クラブハウスサンドとホットで」 「はい、かしこまりました。  しばらくお待ちください……」 しずしず、と店員は厨房に入っていく。 ほんと、おとなしい子だな。 むちゃくちゃな接客の後だから、 余計にそう思えるのかもしれない。 ……なにか、引っかかるんだけどな。 まあ、いいや。 さーて、引越しも終わったし。 これからどーしよっかな。 これから、というのは俺の夏休みの計画のこと。 実家に帰っても、なんもやる事ないし。 どうせ帰った数日はチヤホヤされるんだろうけど、 数日たてばやっかい者扱いされるんだし。 ゴールデンウィークの時に帰って分かった。 実家にはあんま長居するもんじゃない。 それだったら、暑くってもこっちに 残っていた方が、まだマシだよな。 立ち退き料のおかげで、 バイトしなくても十分遊んでられるしな。 引越し代は二人へのメシ代だけで済んだから。 荒巻とつるもうにも、 鮫島さんとこのバイトがあるんだっけ。 じゃあ俺はどうしよっかな…… 「……お待たせいたしました」 お、こんな余所ごとを考えているうちに、 料理はできあがったぞ。 かりっと焼かれたトーストと、 深く煎られたコーヒーの香りが 俺の鼻に届く。思わずツバが出てしまう。 「ご注文の品は以上でお揃いでしょうか?」 「あぁ、そ……」 そろってます、と言おうとして。 なにかが引っかかる。 注文を取りに来た時から、 何かが引っかかっていた。 どこかで、この子と会っているような。 どっかで見たのか会っているのか、 覚えがあるよなないような。 『どこかでお会いしたこと、ありませんか?』 なんて聞いてみようか。 でも、こんなの陳腐なナンパ野郎の セリフじゃねぇかよ。 でも、でも、本当にどっかで会っているんだってっ! それを思い出せないだけでっ。 ここは、素直に聞いてみるか? ええい、ままよっ! (最近、同じような決断をした気がするけど) 「あ、あの……」 「……はい?」 「どこかで、おあっ!」 あっ、お、思い出したっ。 この子はそうっ。 フランケンのっ! ……じゃなくて。 電車のときのあの子っ! 薬ビンを拾ってくれた、あの子だ。 そう、都会に咲く一輪の花だっ! 服がすっかり違うもんで、ぜんぜん気がつかなかった。 「あーっ!」 「……っ。  あの、店内で大声を出すのは  他のお客さまの迷惑になりますので……」 「す、すいません。  それよりもっ!  あの、電車の中ではありがとうございました」 「……?」 「覚えていないのは、当然だよね。  ほら、おとといの、昼過ぎの電車の中で、  俺、薬ビンおっことしちゃって。    その時に、ひろってくれて」 「……あ」 やった、思い出してくれたっ。 「あの時の、変な人……」 うーわ、ショックだよ。 ただ微笑んでお礼を言おうとしただけなのに、 ヘンな人って認識されてるし。 「と、ともかくっ!  あの時はありがとう。  改めて、礼を言うよ」 「……そんな、礼を言われるようなことは  していません」 「いや、そんな事ないって!  あの時、正直ヘコんでいたんだから。  あのさ、俺、田舎から上京してきてね。  まだイマイチこっちの人に慣れてなくって。  ほら、あんまり人と関わるのイヤがるでしょ?  隣の部屋に誰が住んでいるのかも興味ないような。  みんながみんな、冷たい感じで」 「……」 「電車で荷物を落として、改めてわかった。  困っている人がいても、実際に助けてくれる人なんて  一握りなんだろうなーって、思って。  そんな暗い考えをしていたときに、  助けてくれたのがキミで。  少しだけ、ヘコんでた心が元に戻ったよ」 「……そんな、私は」 「でも、お礼を言おうとしたけど  言いそびれちゃって。  よかった、こうして改めて礼が言えて」 「……そうですか」 ここで、ちょっと下心が出てきてしまう。 ……仕方ないだろよ。 こんなカワイイ子とお近づきになるなんて、 なかなか無いことなんだからよっ。 「そ、そうだ。  何かお礼をしたいんだけれども」 「……いえ、結構です」 「そんな、何でもいいからっ」 「け、結構ですからっ!」 彼女にしては大きな声だった。 はっきりと拒絶されてしまう。 そして、この声を聞きつけてやって来たのは、 ごぞんじグーで殴る女だ。 「ちょっと隆也っ!  あんた今度は何をしたのよっ」 「なんにもしてねぇっ。  ただ、お礼をしようとしただけだ」 「そうなの、美幸ちゃん?」 みゆきちゃん、と呼ばれた女の子は、 何も答えようとしない。 「そんなわけないじゃないのよっ!」 「ちょ、彼女は何にも言ってないじゃねぇかよ」 「言わなくてもわかるのっ。  アンタ、何をしたの?」 「そんな、怒られるようなことは何も……」 「……あの、早苗さん」 「いいから美幸ちゃん、アタシにまかせなさい。  この男にヤキを入れてあげるからっ」 「おい、ちょっとは俺の言葉にも耳を傾けてくれっ!  俺は無実だっ」 (じーっ) 「なによ、無実の人間は  女の子に大声を出させたりしないわよ」 (じーっ) 「だから、それは俺にも非はあるかもしれないけどっ。  事情があるんだって」 (じーっ) 「アンタの事情なんて知らないわよっ」 (じーっ) ……なんか、視線を感じるんですけど。 「……あの、何か御用ですか?」 「あー、あたしのことは気にしないでいいから。  ささ、続けてつづけて」 「だいたい二日前だって  里美にストーカーまがいの事して、  何かんがえてんのっ!」 「してねえって!そりゃ誤解だ。  ちゃんと説明したじゃねぇかよっ」 (じーっ) ……どうにもこうにも、やりづらいんですけど。 「おい、ちょっといいか?」 「なによ」 「さっきからじーっと見ている  この女の人は、だれ?」 「あら、邪魔しちゃった?ごめんなさいね。  ついつい気になっちゃって」 ふふふ、と笑みを浮かべるコック服の女性。 大人の余裕、という感じだぞ。 ……ずいぶんと、スタイルも大人って感じで。 「好きなのよ、  こーいう男と女がゴタゴタしているのを  はたから見るのが」 「それは、また……」 あんまいい趣味じゃないっすね、と 言おうとしたけれども。そっと心の内にしまっておく。 「ほらほら、あたしの事はいいから。  再開さいかい、ふぁいと!」 「……ふぁいと!じゃないですよ志津江さん。  ほら、厨房にもどって」(早苗) 「あら、ざーんねん。  せっかく楽しそうだったから見にきたのに」 「いや、そんな楽しいことなんてないですよ。  むしろ俺は参ってるんですけど」 「そうなのかしら?  はたから聞いているとね、  色男の修羅場って感じだったけど?」 「それはおっきな勘違いです」 「ふふ、そうよね。  そんなにモテそうにないものね」 ぐ……図星。ずぼしなんだけど。 いきなり初対面の人間に言うことじゃないだろ。 「志津江さーん、そろそろ仕事にもどった方が……  料理の注文、けっこうあったと思うんですけども」 「そうね、そろそろ戻ろうかしら。  その前に、そこの少年に  言っておきたいことが二つあるの」 「……何ですか?」 「まず一つ目はね。恋愛ごとで悩んだら、  この志津江(しづえ)おねーさんに  どーんと相談してね」 「あはは……考えておきます」 「あと、もう一つは」 「はい」 「なるべくお店の中で喧嘩しないでね、って事。  ほら、他のお客さまの迷惑になるでしょ?」 「喧嘩はなかよく、お外でしてね♪  それじゃあ、またね」 志津江さんは、しゃなりしゃなりと厨房へ戻る。 ……たしかに、大声で騒いでたもんな。 すいませんです。  //------------------------------------------------- // 3-3 喫茶店内 //------------------------------------------------- 「そういう訳で、店内はお静かにお願いします」 仁王立ちの暴力女に、ぴしゃりと言われてしまう。 「……はい。  ご、ごめんね、美幸ちゃん」 「……」 何にも答えてくれない。 聞こえてはいるんだろうけど、 なにも反応してくれない。 そのまま、背を向けて去ってしまう。 「まーったく、本当に困った客ね。  ほら、早く食べて出ていきなさいよ」 「ゆっくり食わせてくれよっ!  ううう、コーヒーがしょっぱく感じる……」 「何をやっているんだか。  はいはい、サッサと食べて帰った帰った!」 「……お前だな」 「なにがよ」 「お前だな、疫病神は」 「はぁ?」 「お前のせいだっ!  お前のせいで、女の子と出会えても  嫌われるばっかりでっ!」 「里美ちゃんにしてもそうだ!  美幸ちゃんにしてもそうだ!  飯島さんにしてもそうだっ!」 「はぁ?なによそれ。なんで私のせいなのよ。  ……というか、飯島さんってだれ?」(早苗) 「う、うるさいっ!お前には関係ないっ。  とりあえず姉妹ってことで、  お前の口から 里美ちゃんの誤解をといてくれっ!」 「なんかまだ警戒されてる感じで」  「いやよ」 「即答っ!?」 「なんで隆也のフォローをしなくちゃいけないのよ。  だいたい、悪いのは隆也じゃない」 「た、たしかにつゆ草を踏んでたのは悪かった。  でも、わざとじゃないんだって」 「わざとじゃなければ、  何をやってもいいと思ってるの?  そういう考えが、犯罪を助長しているのよ」 「人を犯罪者よばわりすんなっ!  そっちがそう来るなら、俺にも考えがあるぞ」 「なによ」 「ここでパンツの色と柄を大声で発表する」 (殴られる音) 「ごふぉぅっ!」 「ば、ばかーっ!何考えてんのよっ!」 「お、お盆で殴るのも何を考えてんだよっ。  お盆は立派な凶器だぞっ」 「これは正当防衛よ!」 「たのむから、ちょっとはフォローしてくれぇっ!」 「……お姉ちゃん」(里美) 「うわぉっ!」 「里美どうしたの?  今日はシフトじゃなかったと思ったけど」 「うん、ちょっと……様子を見にきてね。  それで店長に、良ければ手伝ってって言われたの」 「それでね、店長が呼んでいたよ」 「あ、いっけなーい。  こんなとこでヘンタイな客と  やりとりしてる時間なんてなかったんだわ」 「うるさいっ!  とっとと仕事に戻れっ!しっしっ」 「言われなくても戻るわよっ。  ところで……飯島さんって誰?」 「う、うるさいっ!早くあっちに行けっ」 「ズイブンな言い方ね……ふーんだ。  フォローなんか、しないからね」 それは困る、と思ったんだけど。 そのフォローすべき人が、俺の正面に立っている。 ここは……どうする? 「あ、里美ちゃん……」 「そ、それでは……」 ほーら、やっぱりよそよそしい。 完全に避けられてるもんな。 「あははは」(典乃) どうしたらいいのか…… 「あはははは」 なんか、笑い声が聞こえるんだけど。 しかも、俺に向けられているような。 「あはは、里美ちゃんに  すっかり嫌われちゃったねえ。  ざーんねんっ」 「ほ、ほっといてくれっ」 「そ、それでは……だってさ!  完全にイヤがられてたよー。  もう同じ空気をすいたくないって感じだったもん」   「うう……そうだよ、そうだよな……」 「うーわ、ホントにヘコんじゃってるんだ」 「うるせえ、ノリノっ!  これ以上、傷口を広げなくてもいいだろうがっ」 「ノリ……ノ?」 あれ? なんか新たに地雷を踏みました、ってやつか? そうそう、そう言えば。 こいつの名前は…… (お盆で殴られる音) 「がふぅっ!」 「また名前をまちがえてーっ!」 「テンノ!  ノリノじゃなくって、  テ・ン・ノ!」 「わ、わかったから、  お盆で殴るのはやめてくれ……  今日二回目なんだから」   「ううーっ!  なんでそんなにまちがえるのさーっ。  ばかーっ!」 「ひ、ひでえ店だ……  コーヒー飲みに来たらお盆で殴られるわ  バカ呼ばわりされるわで」 「そんなの、タカヤがいっぽーてきに  悪いんじゃん。ばかー!」 「また言うか、コイツは……  しかし今日は、店員の数が多いような」 「あ、ボクは見習いだから。  まだしごとに慣れてないからね、  店長にたのんで働かせてもらっているのだ」 「ふーん、ずいぶん殊勝な心がけだけど。  お客さまをお盆で殴るのはどうかと思うぞ」 「いーのいーの、タカヤだから」 「よくねぇっ!本当にコイツは……  あ、ほら、客がきたぞ。  ちゃんと仕事しろ」 「いわれなくても、仕事しますよーだ。 (入り口に移動)  い、いらっしゃいませっ!」 「あら、典乃ちゃん。こんにちわ」(可奈) 「こ、こんにちわっ!  さっそく来てくれたんですねっ!  うれしいなーっと」 「ふふ、私もうれしいわ。  ちょうどこの辺に用事があったからね」 「用事って、タカヤの部屋ですか?」 「ふふ……まあ、ね。  でも、本人はいなかったんだけどね。  だから、典乃ちゃんいるかなと思って、寄ってみたの」 「わーい、うれしいなっと!  あ、そうですそうです」 「可奈さんが探してるバカは  そこに座ってますけど、どうしますか?」 「ば、ばか?」 「うん、タカヤそこにいますよ」 「え、えええっ!」 あれ、あそこにいるのは……飯島さん? 「こ、こんにちわ」 「あ、飯島さん奇遇だねぇ。  ちょっとびっくりしたよ」 「……」 ははは……やっぱ機嫌がわるいのね。 「可奈さん可奈さんっ!   こんなバカはほっといてっ!  ボクといっしょに、ここで働きませんかっ」 「え、ええ?」 「ここ時給もいいですし、  みんなも優しい方ばっかですし!」 「オマエ以外はな」 「うるさーいっ!  さあさあ、こんなバカはほっといて。  どうですか?」 「あ、たしかにバイトを  始めようとは思ってたんだけど……」 「面接に行ったところがあってね、  その結果待ちなの」 「そ、そうなんですかっ!  ちょうどよかったっ!」 「あの、制服を着てみるだけでもっ。  ここの制服、かわいいんですよ」 「え、ええっ?」 「さあさあ、たしか余ってた服が  ありましたからっ!さあさあっ!」 「わ、わわわっ」 ……飯島さん、むりやり奥に連れて行かれたけど。 強引なやつだな、典乃は。 「……ふーん、あれが飯島さんね」(早苗) 「うわっ、いきなり出てくるなっ!」 「ずいぶんと綺麗な人じゃない?」 「お、お前には関係ない」 「ふーん、まあそうだけども」 「と、ところでっ!  せめて、美幸ちゃんにはフォローしてくれないか?  完っ全にキラわれてるんだけど」 「そんなの知らないわよ」 「俺を見捨てないでくれ」 「見捨てるも何も、手遅れよ。  無言で去ったのが、すべての答えよ」 「そ、そうなんだけども……  そめてもうちょっとこう、マシなくらいには  関係を修復したいんだよっ」 「なら、自分でなんとかしなさいよ。  ほら、ちょうど来たわよ?」 「……」(美幸) 「や、やあ、美幸ちゃん」 「……」(何も言わずに去っていく) 「はい、しゅうりょうー」 「うるさいっ!  まだ始まったばっかじゃねえかよっ!」 「知らないわよそんなの」 「ひ、ひでえ……」 「あきらめた方がいいんじゃないの?  もう無理よ」(去っていく) まあそうなんだけど。 ここまで強烈に嫌われると、 どうにもならないんだろうけど。 それでも……希望は捨てたくないんだよっ。 ううう…… 「……」(可奈) ううう…… 誰かこんなオレをやさしく慰めてくれ…… どこかに恋のキューピッドは、いないものか…… 頼むから誰かのハートに矢を貫いてくれよ…… 「い、いらっしゃいませ」 俺のハートに矢は貫かれましたよ。 ……なんか元気でてきた。 制服の似合いっぷりに、ぼーっと眺めてしまう。 「あははー、可奈さんすっごく似合ってますよ!  ほら、タカヤも顔がゆるみっぱなしだし」(典乃) 「う、うるさいっ!」 ここで、二人の制服姿を見比べてみると…… なんていうか。 胸の辺りが、こう…… デザインが別物じゃないのかってくらい、 違うんですけど。 マジでぼーんって感じだぁ。 「でもね典乃ちゃん。  面接の結果を待っている所があるから、  バイトするってすぐには決められないの」 「そうですかー……  じゃあ、そこがもしダメなら、  しぇいむで働いてくださいっ!」 「こーゆーヘンな客はきますけど、  とってもいい職場ですからっ!」 「……おい典乃。  俺を指さしながら、ヘンって言うな」 「あはははっ!  あ、お客さんが来ちゃった。(去っていく)  い、いらっしゃいませっ!」   「……」(可奈) 思わず見惚れてしまう。 しかし……いいなあ。 こんな店員がいたら、毎日でも通うのにな…… 「あ、あの」 「……えっ?」 「ちょーっとまったぁっ!隆也くーんっ!  私の制服もじーっと見てほしいなーぁっ!」(店長登場・私服で) 「うわぁーっ!  なんですかそのピチピチな服はっ!  コック服はどうしたんですかっ!」 「うん、脱ぎ捨てたよ。  この服がっ!真の制服だからねーぇっ!」 「バカなこと言わないでくださいっ」 「私はね……隆也くん。  おととい、君を抱きしめーた時にね」 「あ、間接技を極められたときですか。  誤解を招きますから」 「こう、私の小さなちいさなハートにねぇ!  恋のキューピッドが、ずぎゅーんと  幸せの矢を貫いてきたんだよーっ!」 「……言ってることが、理解できないんですが」 「つまりは、隆也くん」 「はい」 「私はキミに、フォーリン・ラヴってこーとさ!  はーっはっはっ!」 恋のキューピッドはいたけど、 貫くハートを間違えているよーっ! キューピッド、出てこーいっ! 「……ところで。  キミは、ここでバイトをしたいのかな?」 飯島さんを見ながら、店長は話しかける。 「あ、そ、そういうことでは……」 「うん、合格!  さーっそく、明日から来たまーえ」 「え、ちょっと、そういうことでは……」 「店長ー、コーヒーの注文、おねがいしますね」(志津江) 「はーっはっは!  まーっかせたまえっ!  では隆也くん、またね」 「ふう、店長にも困ったものね。  すぐに厨房から抜け出しちゃうんだもの」 「いや志津江さん。  人のことを言えないような気がするんですが」 「アタシはいいの、  仕事は店長にぜんぶ丸投げしちゃうから」 「す、すごいですね。  そこまではっきり言い切るとは」 「志津江さーん、料理の注文があるんですけど」(可奈消えて早苗) 「うふふ、見つかっちゃった」 「可愛らしく言ってもダメです。  さあさあ厨房に戻ってください」 「はーい、戻るわね。  ……そうそう、隆也くんに  言っておくことがあったわ」 「なんですか?」 「店長は、本気よ」 「……マジですか」 「うふふ、それじゃぁね」(志津江去る) 「もーうっ、店長も志津江さんも、  すぐにどこか行っちゃうのよね」 「……お前も、苦労してるんだな」 「ところで、隆也。  飯島さんって……隆也の、なんなの?」 「何って言われても……  同じ大学の、サークル仲間なんだけど」 「……ふーん、そうなんだ」 「お姉ちゃん、店長が呼んでいるよ」(里美) 「はいはーい、今行くね」 「さ、里美ちゃん。種から芽は出た?」 「……一日で芽が出るわけないじゃないですか」 「あはは、タカヤったらバカじゃないの?  そんなの小学生でも知ってるよ?」(典乃) 「なんでオマエが割り込んでくるんだよっ!  小学生みたいな体のくせにっ!」 「……」(里美去る) 「さ、里美ちゃんのことじゃないんだって!  おーいっ」 (お盆で殴られる) 「おあぶっっ!」 「するってーと、ボクのことじゃないかよーっ!  なに言ってんのさーっ!」 「いたた……殴られるの三回目かよ……  でも、間違ったことは言っていない」 「なにをーっ!」 「わ、わかった、わかったから。  お盆を振り回すのはやめろっ!」 「……」(美幸) 「あ、美幸ちゃん……たすけて」 「……」(美幸 去る) ああ……完全にムシですか。 「どうしたの、典乃ちゃん」(可奈) 「あ、可奈さんっ!  タカヤがボクのこと、しょうがくせいってっ!」 「しょうがくせい?」 「はーっはっはっ!  おまたーせ、隆也くーん!  オムライスだーよっ!」(典乃退場 店長登場) 「頼んでないですよっ。  しかも、ケチャップでハートが書いてあるしっ」 「これは私からのサービスだーよっ!  さあ、愛情を感じてほしいなーっ!」 ああ……店長に妙に気に入られてしまった…… 「ふふ、モテモテね隆也くん」(可奈退場 志津江登場) 「どこをどう見たらモテてるんですかっ!」 「だから、店長と隆也くんが」 「悪い冗談はやめてくださいっ」 「さあさあ、私が食べさせてあげるかーらっ!  はい、あーん」 「や、やめてくださいっ」 「店長っ、志津江さんっ!  早く厨房に戻ってくださーいっ!」(店長退場 早苗登場) (ここで携帯の着信音) 「あらあら、また見つかっちゃった。  ……隆也くん、ケータイ鳴ってるわよ?」(志津江退場) 「誰からだ……もしもし」 「あ、もしー、隆也ー?」 「おう、どうした?」 「あのさー、昨日のコーヒーありがとねー。  トラックの中でねー、飲んだんだけどさー」 「はっはっは!ふっかーつっ!」(店長登場) 「わ、わわわっ!  悪い荒巻、要点をすばやく言ってくれるか?」 「うんー、わかったー。  あのねー、コーヒーがねー、  すっごいおいしくってねー」 「お前、わざと冗長に言ってるだろ?」 「そんなことないよー。  それでねー、コーヒーなんだけどねー」 「さあ、私の愛情たっぷりの  オムライスを、ゆーっくりと  味わってほしいなーぁっ!」 「店長っ、はやく戻ってくださいっ!」(早苗) 「お姉ちゃんも、  トレイのコーヒーをお客様に出さなきゃ」(里美) 「タカヤーっ!  よくもよくも、しょうがくせいってっ!」(典乃) 「隆也……くん。  あのね、聞きたいことが……」(可奈) 「……」(美幸) 「なんか楽しくなりそうね、ふふふっ」(志津江) 「わ、わるい荒巻、あとでまた電話する。  んじゃなぁっ!  うわぁぁぁぁ、てんちょうっっ!!!」(ぶつり、と切れる音) (ここから荒巻一人語り) あ、切られちゃったー。 なんかにぎやかそうで、楽しそうだったなー。 せっかく、どこのお店のコーヒーなのか 聞こうと思ったのになー。 久しぶりに、こんなおいしいコーヒーを 飲んだ気がするよー。 ……あれー。 なーんだ、紙袋に書いてあったよー。 これは盲点だったねー。 えーっと、なになにー…… 紙袋に色鮮やかに書かれてある、 可愛らしい英文字のロゴ。 僕は、声に出して読んでみた。 「しぇいむ☆おん」 現在、鋭意製作中ですっ!