//------------------------------------------------------------------------------ // prolog本文 // // rev.0.1 2005/12/28 たなか // rev.0.2 2006/01/10 ししゃも // //------------------------------------------------------------------------------ //------------------------------------------------------------------------------ // 導入部 //------------------------------------------------------------------------------ //------------------------------------------------- // 0-1 喫茶店 (回想:早苗) //------------------------------------------------- //(自宅内で今日の回想をしています) 前略、母さん。■ 東京はやっぱり怖いところです。■ コーヒーを飲もうと喫茶店に行ったら、□ かわいい女の子にこんな事を言われました。■ 『慰謝料百万円!』■ 怖い、こわすぎですトーキョー。□ さすが犯罪都市、これ程までとは思わなかったです。■ 俺が何かやったというのでしょうか?■ ……やっちまったような気がします。■ 昨日今日といろんな事がありすぎて、□ ちょっと頭が混乱しております。■ ああ、あとこんな事も言われました。■ 『週に五回は顔を出さないと訴えるからっ!』■ 母さん。□ 東京はアメリカ並みに訴訟が盛んな都市みたいです。□ ちっとも知りませんでした。■ コーヒーのおかわりをもらおうとしたら、□ いきなり訴えると脅されました。■ ムチャクチャです、泣きそうです。□ 隆也はくじけそうです。■ というか、□ さっきまでリアルに泣いていました。□ 月に向かって泣き叫んでおりました。■ 俺の傍らには、□ わき腹のあたりが真っ赤に染まったTシャツが、□ 乱雑に置かれています。■ ……マジでカンベンしてほしいです。■ 洗濯の手段はコインランドリーしかないのですから。■ ああ、体のふしぶしが痛すぎます。□ 部屋まで歩くのが大変でした。■ 今だって、□ 痛む腹をさすりながら、瞼を閉じて、□ 引越すまでの数日間の出来事を振り返っています。■ PS・母さん■ 半年ほど生活してみましたが、まだまだ慣れません。■ 水道水もなんだかプールの味がします。□ 小学校の授業で溺れた事を思い出します。■ 空気だって黒板消しのニオいがします。□ 心なしか鼻毛が伸びたような気がします。■ 故郷の山や川が恋しくなるときが、たびたびあります。■ でも、かわいい子がいっぱいで、それだけは救いです。■ そう、今日の朝だって……■ //------------------------------------------------------------------------------ // 8月1日 <一日目> //------------------------------------------------------------------------------ //------------------------------------------------- // 1-1 電車内 (美幸) //------------------------------------------------- //SE:電車が停車する音 <> 「……んあ?」■ 停車駅を告げるアナウンスで目が覚める。■ 寝ぼけ眼をこすりながら、辺りを見回してみる。■ 窓から見える風景は、□ 見たことのないビルや家や□ マンションやコンクリートばっかりで。■ 緑なんてほとんどないし。□ あっても、規則正しく並んでいる街路樹くらいで。■ うーん、コンクリートジャングル。□ 田舎モンには厳しい都市だ、コノヤローっ!■ それは、ともかくとして。□ 憤りをぶつけるのは、おいといて。■ ここ、どこ?■ 今、オレ、どこにいるの?■ やべえマジで昨日大変だったから、□ 寝過ごしてしまったかも!■ あわてふためいて、隣に座るおばさん□ (あだ名をつけるとすると、おふくろフランケン)□ に尋ねてみる。■ <> 「す、すいません。今、どのあたりですか?」■ ……反応なし。■ いくら待ってもなし。■ なんだフランケン。人語を理解するのは難しいか?□ なんなら『フンガー』とか言ってもいいんだぞ。■ などと失礼なことを考えていても反応はない。□ 聞き方が悪かったのかな?■ <> 「あの、すいませんが……」■ 言いかけて。□ おふくろフランケンは、あごをくいくい、と□ 軽くつきだすそぶりをする。■ ……発作?■ 頭にボルトを埋め込んだ副作用か?■ それとも電車内の電流に反応して、□ 筋肉が脊髄反射を起こしているのかな。■ くいくい、と続けるその様子をしばらく眺めて。■ ああ、そっちを見ろってこと?□ 口で言えばいいと思うんだけどな……■ それすら、メンドクサいんだろうな。□ わかってるよ。□ あんたたちは人と関わりたくないんだろ?■ 軽く腹を立てながらも、□ フランケンの指し示す方向を見てみると。■ そこには、横長の電光掲示板があって。□ 次に停まる駅名が、ゆっくーりと流れている。■ なんだ、まだ着いてないのか。あせって損したぁ。■ <> 「あ、ありがとうございました」■ 一応、隣のわくわくモンスターに礼を言っておく。□ ま、予想どおりの無反応だったけどな。■ ああ、疲れる。■ ただ駅名を聞いただけなのに、やたらと疲れた。□ どういうこと? このコンクリートジャングルは。■ <> 「……ふわぁぁぁ、あ」■ 頭にくることはあっても、あいかわらずに眠い。□ 昨日はさんざん働いたもんな。■ いっその事二度寝して、□ 豪快に寝過ごそうかとも考えたけども。■ 俺は荒巻とは違うんだ。□ 荒巻っていうのは大学の友人で……。□ って、めんどくさいからいいや。■ とにかく迂闊に眠っては、寝過ごししまうのは確実だ。□ これまでの人生、そんなことの連続だったから。■ さっさと新居に行くぞ。□ 引越しの準備だってこれからなんだし。■ (アナウンス)□ <> 「ご乗車ありがとうございました、まもなく……」■ 相変わらずの発音で車掌は到着駅を繰り返す。□ 俺の降りる駅は、この次か。■ 少し早いかもしれないけど、□ そろそろ降りる準備をしておこうかな。■ 足元に置いてある使い慣れたリュックサック。□ ひげそりやタオルや歯ブラシなんかの□ 最低限の生活用品が入っている。■ この暑さだ。寝るのにフトンはいらないけれど、□ 身だしなみくらいは整えたいもんな。■ そりゃあ、どこで出会いがあるかもわからないし。□ そう、この瞬間だって!■ 俺はちょっとカッコつけながら、□ リュックをひょいっと担ぐ。■ ガシャンッ!■ うん?□ このがしゃんっての、俺か?■ ぐりんと首を回し、背後のリュックを確認してみる。■ うん、チャック全開。□ 中身が派手に落ちて散らばってるんですけど。□ ……カッコつかねえなあ。■ 隣に座っていたおふくろフランケンが、□ いかにも迷惑そうな顔で、居住まいを正す。■ <> 「いやぁ、すみません……」■ あわてて謝るが、おばさんは興味なさげに一瞥すると、□ 持っていた小説に目を移した。■ ムム! そいつはハーレクイン小説。□ 安心しろ、お前には縁のない世界だ。■ まあボーイズラブ系小説とか読んでいないだけ□ マシとしよう。■ <> 「ははは……」■ しかたなく照れ隠しの笑みを浮かべてしまう。■ おばさんの足元の歯ブラシやらタオルやら小説を、□ スイマセンスイマセンと言いながら拾うと、□ 『この田舎者』ってな表情で睨みつけられた。■ 確かに田舎者だけどさ、□ ちょっとくらい手伝ってくれてもいいんじゃない?■ あ、あっちにも転がってるし。■ 実家から持ってきた(くすねてきた)常備薬のビン。□ 風邪でも腹くだしでもインフルエンザでも、□ とりあえず飲んでるお馴染みな薬だ。■ リュックのチャックを閉じながら、□ 転がっていった薬ビンの方へと歩く。■ あーあ、向かいの座席まで転がってしまった。□ オッサンの足に当たるもまだ転がっている。■ ころころ、とビンは女の子の足で止まる。■ どうせ拾ってくれないんだろうなと思い、□ ドウモスイマセンスイマセンと言いながら拾おうとして。■ 拾おうとしたら、すっと指が伸びた。■ いや俺の指じゃなくて、女の子の指が。■ 女の子のたおやかな指先がビンに触れる。□ そのまま優しく掴み、静かに持ち上げられ、□ ゆっくりと、俺に向かって差し出された。■ 受け取る俺は、戸惑い動揺していた。■ だって、どうせ見て見ぬふりを□ するんだろうと思いこんでいたから。■ コッチの人は、関わりあうことを□ 避けるんだろうなって思ってたから。■ 母さん、うれしいです。■ こうしたちょっとの心づかいが、□ 都会に住んでいるとたまらなく嬉しいです。■ アナウンス□ <> 「ご乗車ありがとうございました、まもなく……。□  降り口は右側になります」■ 気がつけば、もう着いてしまう。□ じーんと感動にひたっている場合じゃない。□ 俺はまだ、お礼の言葉も述べてないじゃないか!■ <> 「あっ、あのっ……」■ ここで、女の子を改めて見てみる。□ ……相当に可愛い。■ さらりとした黒髪は肩の辺でかすかに動き。□ うつむいている瞳の色は、深い漆黒の輝きを放ち。■ どこか物静かな雰囲気は、□ 話しかけるのをためらってしまう。■ でも、困っている所を助けてもらって□ 礼も言わないってのもちょっと……■ ええい、ままよ!□ 意を決して、この少女にほほえんでみた。■ (にこっ)■ 微笑みかけたはいいんだけど、どうにも反応が鈍い。□ てゆーか、無反応?■ そ、それならばっ!□ 声をかけてみようじゃないか。□ ガンバレ、ガンバレ内藤隆也っ!■ <> 「あの……あ、あり」■ ぷしゅー、と俺の声は、□ 開く扉の音でかき消されてしまう。□ いかん、もう一回っ!■ <> 「あの、ありがっ……」■ <> 「でさー、マジヤバーって感じなのその男でさー、□  ちょーウケル?って感じぃ?」■ <> 「ばははは、ヤベぇって。それヤベぇよなあ」■ どやどやどや、と騒がしく乗ってくる□ バカップルのバカな会話は大きすぎて。□ やっぱり俺の言葉は余裕でかき消されてしまう。■ おまえら、頼むっ!□ この薬やるから、だまっててくれえっ!■ 俺の願いはもちろん通じず、□ ばははははと下品な声で笑い続ける男と女。□ もちろん周囲は無視している。■ かまうもんかっ!□ 再び女の子に向けて言葉を発する。■ <> 「あの、ありが」■ <> 「……お降りのお客さまは、□  お忘れ物のないよう、お支度ください。次は……」■ アナウンスがなんてタイミングでーっ!□ って、もう今にもドア閉まりそうだしっ!■ あわてて、外界の照り返しのきついアスファルトへと□ 歩みを進める。■ ぷしゅー、と扉は閉まり。□ がたんがたん、と電車は小さくなっていき。□ なにやってんだ俺は、と自分を責めてしまう。■ せっかくの優しさに対して、□ 自分は何も返すことができなくて。■ 都会に咲く一輪の花のような女の子に対して、□ 何もできなくて。■ こっちに来て、俺も変わってしまったのか?□ ロクにお礼も言えない人間になってしまったのか?□ うーわ、ショックだ。■ ……すべて、あのおふくろフランケンが悪い。■ そういうことにしてくれ、そういうことに。□ ううう……■ とぼとぼ、とヘコみながら。肩を落としながら。■ サイフの中に入った地図を片手に、□ これから住むことになるアパートへと向かう。□ その足取りは、やたらと重かった。■ //------------------------------------------------- // 1-2 自宅 (独白) //------------------------------------------------- ここが新居か、見事なくらい何も無いな。■ ……そりゃそうだ。□ まだ荷物と呼べるものは運んでないんだからな。■ リュックを部屋の隅へと乱暴に放り投げ、□ これから生活することになる部屋のどまん中で□ 大の字になる。■ ころころ、と何かが転がってくる。□ さっきの薬ビンか。□ あの女の子にちゃんとお礼が言いたかったな。■ どうでもいいけど□ 何故リュックの中身ちらばってるの?■ ああ、チャックが壊れてるのか、どうりでなー。□ そりゃ電車の中でもばらまくワケだ。■ 腕と首すじに感じる、さわさわとした何か。□ うわ、綿ボコリだっ!□ おい、ちゃんと掃除してねーじゃねーかよっ!■ それでも今すぐに掃除を始める気力もなく、□ もちろんホウキとかの道具もなく。□ かまわず床に背中を預けたまま、目を閉じる。■ ――思い起こせば一ヶ月前。□ 突然大家の婆さんから立ちのきを命じられたときは、□ 心底焦ったものだ。■ <> 「あんた、ここから出ていってくれないかえ?□  ひゃっひゃっひゃっ」■ なにせ三ヶ月分の家賃を支払っていなかったからな。■ ちなみに、□ 仕送りで貰った家賃はパチンコ屋に貯金してある。□ 多分一生預けたままだ。■ 負けを取り戻そうとしたのが運の尽き。□ もう二度とやらないからお金返して〜■ そんなわけで、家賃滞納を理由に、□ 問答無用で追い出されるんだろうなと、□ その時は思っていた。■ でも。いつもは苦虫をすり潰し□ 青汁に煎じで飲んだような表情をしている大家が、□ 仏のような柔和な顔をしていて。■ そのまま仏様になりそうなイキオイなんですが?□ ……これは何かある。■ <> 「い、今なんて言いましたっ?□  しかもそんなに嬉しそうな顔でっ!」■ <> 「ひゃっひゃっひゃっ、□  この不良入居者しかいないアパートが、□  区画整理で取り壊されることになったのさ」■ からから、と入れ歯を震わせながら□ さらりと言い放つのはクソ大家。■ <> 「ちょっ! それ嬉しくないですよっ」■ <> 「仕方ないじゃないか。□  お上の言うことには逆らえないよ」■ にやにやにやと、下品な笑みを浮かべるオールドババア。■ どうみても、もともと逆らう気はない雰囲気だ。□ 裏金でも貰っているのか?■ <> 「そんなわけで、□  あんたには悪いけど立ち退いてもらうよ。□  ひゃひゃひゃっ!」■ とても悪いと思っている口調ではないんだけど。□ 憎たらしいババアだ、チクショウめ。■ <> 「そんなぁっ!□  急に立ちのけって言われても、□  その、先立つものとか、予定とか」■ <> 「立退き料払うよ」■ <> 「……マジですか?」■ このドケチで有名な大家が立退き料を払う?■ それって、□ 立ち退き料払ってもプラスになるって事でしょ?□ 区画整理ってなに? そんなに儲かるの?■ どういうマジックを使ったんだよ国土交通省!□ まったく、税金の無駄遣いしやがって。■ ――本当にありがとうございます。■ <> 「ちなみに立ち退き料って、□  いかほどイタダけるのでしょうか?」■ <> 「ちょっと耳をお貸し。□  ゴニョゴニョゴニョ……」■ 想像をはるかに上回る金額をつぶやく大家サマ。□ 悩む必要なんて、これっぽっちもない。■ <> 「い、今ッ!□  いますぐ立ち退きますっ!!!」■ <> 「慌てなくてもいいよ。□  今月末、7月31日までに出て行ってくれれば□  問題ないからねぇ」■ ひゃっひゃっひゃっ、と再び高笑い。□ うーわ、キモい。■ あ、入れ歯が落ちた。□ うわっ、こっちを振り返った。□ 入れ歯を拾いながら笑ってるよ。■ キモイよ。いやグロいよ大家さん。■ ――とまあ、こんな感じで引っ越すことになった。■ そこまでは良かったんだけど、□ 引越し代をケチったオレは荒巻(あらまき)という□ 大学の悪友に手伝いを依頼した。■ それが間違いの元だった。■ 昨日のヒドすぎる出来事が、走馬灯のように蘇る。■ <> 「引っ越しー?うんうん、まっかせるなりー」■ こいつの良いところは物事を深く考えない。□ ――という一点に尽きるが、□ 考えなさ過ぎるのも、また問題だ。■ 昨日の午前中。□ 引越しの荷物を積んでさあ出発! というときに、□ 荒巻がバイトしている運送会社から電話があった。■ <> 「オイこらぁっ、バイトッ!□  てめえ今日はシフトの日だろぅっ!□  勝手にトラック転がして、どこにいるんだこの野郎っ!■  オレが今からスマキにしてやっから、そこで待ってろっ!□  それが嫌なら、とっとと戻ってこいっ!□  思いっきりブン殴ってやるっ!」■ 無線から聞こえる野太い声。□ ……どっちにしても無事に済まないんじゃ?■ <> 「どどど、どうしよう隆也ー?□  鮫島さん、すっごい怒ってるよー」■ <> 「俺が知るかよっ!□  つーか鮫島って、名前からして怖そうなんだけど。■  おまえ、このトラック□  ちゃんと借りてきたって言ってたじゃねえかよ」■ <> 「ちゃんと借りたよー。□  ちょっと借りますよシャキーンって、□  きちんとメモを残してきたよー」■ <> 「……その方法で件の鮫島さんが□  納得するとでも思ったのか?」■ <> 「あれれ? どこか、いけなかったかなー」■ <> 「最初から最後まで全部だよ!□  ……とにかく戻るぞっ。□  このままじゃ俺までスマキにされちまう」■ てなわけで荷物を積んだトラックはUターン。□ 運送会社へ直行と相成った。■ カタギとはとても思えない風貌の鮫島さんに、□ こっぴどく叱られる俺達。まあ当然なんだけど。□ 荒巻は軽くコツかれていた。■ 罰として荒巻はもちろんのこと、□ 俺までタダ働きさせられた。■ 俺の引越し荷物など比較にならないほどの荷物を□ トラックに上げ下げするハメになり、しみじみ思う。■ 正直こんなことになるなら、□ ちゃんとした引越し業者に頼むべきだった。□ あらまき引越しセンターにするんじゃなかった。■ でも、その甲斐もあって。□ 俺たちの頑張りぶりを認めてくれたのか、□ 始めは目を吊り上げていた鮫島さんが声を掛けてくれた。■ <> 「おい、そこの若ぇの。□  そこそこ動けるじゃねぇか。ま、荒巻程度だがな。■  ……8月2日の午後からなら、□  トラックを貸してやってもいいぜ。□    荷物は倉庫の隅に置いといてやる。□  捨てる前に取りにきな」■ 頬に付いたキズをわずかに曲げ、不器用に笑っていた。□ ありがとう、鮫島さん。■ その後、疲れきっていたので荒巻の家に泊まった。■ そうして今朝、俺は荷物の一部を持って□ 新居に訪れたと言うわけだ。■ 荒巻には、明日荷物を持ってくるよう頼んである。□ でもあいつに任せて大丈夫か?□ ちょっと抜けてる所があるからな……■ 悩んでいても仕方ない、□ アイツを信用するしかないんだから。□ 問題は、今日をどう生きるかだ。■ そう。□ とりあえず、今げんざいの問題なんだけど。■ はら、へったな。■ 部屋に一人きり。□ 作るのも食うのも俺だけで。□ 作ってくれるような彼女もいないし。■ インターネットとやらがあれば、□ 『めし どこか たのむ』□ とか書き込んでみようかと思うのだが。■ やばいな。□ 必要最低限の荷物しか持ってきていないから、□ 自炊する道具なんてあるわけない。■ 何か入ってないかなと、リュックサックの中を物色する。■ おおっ! ひまわりの種を発見!■ ハムスターの餌などに重宝するが、□ 人間が食べるには心もとない。□ つか一粒じゃ腹の足しにもならない。■ そもそも何故こんなモンが入っているんだ?■ 他にもっとマシなのないの?■ ………■ ……■ …■ リュックをひっくり返してみても、□ 出てくるのはポケットティッシュやゴミくずばかり。□ しまった、ウカツだった。■ ぐるるるる、と腹は地響きのような音を唸り出す。■ はは、と一人で浮かない顔をしながら、□ 仕方なしに立ちあがる。ジーンズに付いたホコリを払う。■ 金もそれなりにあるんだし、外食もいいかもな。□ 引っ越し祝いでもやるかな。□ 一人きりの……。■ そういや商店街っぽい通りがあったよな。□ うまくて安い店があればいいんだけど。■ けだるさと眠さと空腹感のごちゃまぜになった俺は、□ フラフラと玄関に向かう。□ うう、ホントにきつい……■ //------------------------------------------------- // 1-3 歩道前 (里美) //------------------------------------------------- 道をすれ違う人にとっては何気ない風景でも、□ 今の俺にとっては全てが新鮮にうつる。■ 知らない街を歩くってのは、なんか好きだ。□ まあ、迷子と紙一重ではあるんだけど。■ ……空っぽの胃袋には、真夏の日差しはきついぜ。□ おまけに昨日の肉体労働で、体のふしぶしは痛いし。■ フラ。□ フラフラ。□ フラフラリ。■ 自分ではまっすぐに歩いているつもりなんだけど、□ 足は言うことを聞かない。重症だぞこりゃあ。■ ぐしゃり。■ 何か踏んだみたい。□ まあいいか、雑誌かなんかだろ、感触からして。■ ぐしゃり。■ また踏んだ。ゴミかなんかだろ。■ ぐしゃり。■ また踏んだ。歩道、散らかりすぎじゃない?■ 足元を確認することもなく、そのまま去ろうとした瞬間。□ 背後から小さな声が聞こえてきた。■ <> 「……あのっ」■ この声は、俺に対してのもの?■ <> 「あのっ、あのっ」■ 振り返るとそこには小さな女の子が立っていた。□ 声だけじゃなくて、体もちっこいぞ。■ だがそんなことは問題にならないほど可愛いぞ。□ 電車の件といい、今日はついているなぁ。■ でも悲しいことに、□ どうみても彼女の視線は好意的とは言いがたい。□ かといって怒っているようにも見えない。■ 例えるならそう。□ 年貢米を無理矢理取り立てられたお百姓さんのように、□ じっと耐えるような悲しい瞳で、俺を見ている。■ <> 「あのっ、あし」■ <> 「……あし?」■ <> 「あし、踏んでます」■ 足を少しずつズラすと、そこには紫色の植物があって。□ 葉も茎もずいぶんとくちゃくちゃになっている。□ 花もひしゃげているし。……あ、俺の仕業か。■ 今のぐしゃりってのは、ひょっとして……□ 歩いてきた道を見てみる。■ 側溝とアスファルトの間に□ ひっそりと咲いている、紫色の花。□ 今はひどい有様になっている。■ ぐしゃり、という感触を思い出す。□ あれはピンポイントで花を踏んでいたのか。■ <> 「あのっ、つゆ草を踏んでます」■ 女の子の声はかすかに震えている。□ 勇気を振り絞って話しかけているんだろう。□ なんか、けなげだなあ。■ そうじゃなくて。□ 俺は慌てて足をどかした。■ <> 「あっとごめん!」■ <> 「つゆ草、踏まないで、ください」■ つゆ草っていうのかこの花は。□ 俺は自分が踏んでいた野草をしげしげと眺めた。■ 女の子は俺なんか眼中にないようだ。□ ただ一心に地面にしゃがみこんで、□ 足蹴にされた《つゆ草》の状態を観察している。■ <> 「よかったぁ」■ <> 「ご、ごめん、わざとじゃないんだ」■ でも女の子は無言だ。□ ノーリアクションってやつだ。■ 背中から、話しかけないでくださいっ、□ とでも言いたげなオーラを発している。■ <> 「あは、あははは……」■ まだまだ無言のオーラは続く。□ こんな仕打ち、隆也とっても耐えられないっ!■ あははは、と再び苦笑いをして。□ もう俺はここにいちゃだめだなと空気を掴み取った。■ <> 「ほ、本当にごめんね。……それじゃっ」■ 俺はフラフラと、賑やかな方向に向かって□ 逃げるように歩いた。■ 足元の花にさえ気を留められなくなるなんてな。□ 俺もすっかりイヤな人間になってしまったもんだ。□ いくら腹が減っていたり疲れているって言ってもな。■ はあ、とため息をつく。□ フラ、フラフラ、フラフラリ。□ うう……マジでキツい。■ 早いとこ適当な店を探して一休みしないとな……□ もうなんでもいい、どこでもいい。□ とっととメシ食うぞ。■ その前に教訓をひとつ!■ 不用意にフラフラ歩くものじゃありません。□ フラフラしてるのは何も俺だけじゃないのです。■ 両手に荷物を持ちながら、□ フラフラ歩く女の子もいるんだから。■ そんな二人がフラフラすれば、□ アインシュタインにも解析不能な物理法則により、□ 派手にぶつかってしまうものらしい。■ //------------------------------------------------- // 1-4 商店街 (早苗) //------------------------------------------------- どっしーん!■ <> 「ぐはぁっ!」■ 人とぶつかりざま、わき腹に走る鈍痛。□ この痛み、ひょっとして……■ これは……ナイフか?■ や、やられちまった、俺死んじゃうよ!■ 東京はやっぱり恐ろしいところだよ。□ きっと俺が一人になるのを待ってたんだな。■ 痛てぇ、痛いよ母さん。□ まだやりたいこと、いっぱいあったのに。■ <> 「なんじゃぁこりゃぁー!」■ 俺のわき腹には真っ赤な血が……■ いやいやいや、なんか違う。□ 濃度というか粘度が根本的に血液とは違う。□ これは血とは違うんじゃないか?■ なんていうのかな?□ 血糊というかケチャップというか。□ とりあえずペロリとなめてみる。■ なんてこった!□ まんまケチャップじゃねーか!■ よく見ると、□ ナイフだと思っていたのはケチャップの容器で。□ わき腹にピンポイントでぶちまけられている。■ 早とちりしすぎだ、俺は。□ 刑事ドラマの見すぎか?■ <> 「いったーい」■ ん? 誰かが悲しみの声をあげている。□ 俺か? 俺の出番なのか?■ <> 「荷物は、どこ? あちこち散らばっちゃった。□  まいったわね。いたたた」■ 服にべったりと付いたケチャップを気にしながら、□ 声のする方を振り返ってみる。■ するとそこには、□ レストランか何かの制服を来た女の子が□ 豪快に尻餅をついていた。■ 彼女の周囲には、□ 缶詰やら野菜やら牛乳パックなどの食材が、□ 派手に散らばっている。■ だが、俺の関心はそんなところには向いておらず、□ なんと言えばいいのか。■ いやいやいやいや、これは眼福。まさに至福。■ なんとも可愛い、しましまパンツですよ。□ お兄さんは嬉しい! 感動して涙が出そうだ。■ なんか幸せでお腹が満たされた感じがする。□ もちろん、気のせいってことはわかっているさ。□ それでも言わせて貰おう。パンチラ万歳!■ ……いや、満たされている場合じゃない。■ <> 「だ、だいじょうぶ?」■ <> 「いたた……大丈夫そうに見える?」■ <> 「ご、ごめん。俺、フラフラしてて……」■ いろいろ言いながらも、□ 俺の視線はある一箇所に集中しており、□ それ以外は見えていない。■ <> 「どこ見てんの? あっ!!」■ 女の子はスカートのすそを正してうつむいた。□ 気付くのが遅いな、油断大敵ってやつだ。■ ようやく見られたことに気付いたようだけど。□ でも大丈夫。□ このことは俺とキミだけの秘密ってことで。■ <> 「ふうぅぅ……□  アンタに言いたいことはたくさんあるんだけど。□  とりあえず、手をかしてくれない?」■ <> 「あ、ご、ごめん」■ 慌てて手を差し出す。□ 女の子は、よっ、と言いながら手を掴み立ち上がる。■ <> 「あーあ、こんなになっちゃった……」■ 地面の散らばりまくった荷物を見てつぶやく。■ <> 「あ……い、今拾うからっ」■ <> 「まあ、当然よね」■ いそいそと荷物を拾いスーパーの袋に入れていく。□ こんだけの量を女の子ひとりで持つのは、きついよな。□ そりゃフラフラして歩くわけか。■ 女の子は服についたホコリを払いながら、□ 俺の動きをじっと見ていた。□ えっと。手伝ってくれないんだね。■ ………■ ……■ …■ <> 「これで全部かな?□  荷物が無事でよかったよかった」■ <> 「無事じゃないわよ。□  この缶詰なんか、ヘコんでるんだけど」■ <> 「ま、まあそれでも、中身には影響ないってことで」■ <> 「お野菜はちょっとキズついちゃったんだけど?□  このキャベツなんか表面がボロボロだし」■ <> 「そ、それだって剥けばいいんだし」■ <> 「何より、一番の問題はねぇ」■ <> 「な、なんでしょう?」■ <> 「見たわね?」■ <> 「ん、何のこと?」■ ドスのきいた低く鋭い口調で問い詰められる。□ 結構怖い、というかムチャクチャ怖いんですけど。□ いったい何を見たって言うのか。■ ……ひとつ、思い当たるフシがある。■ 頭にうかぶのは、可愛らしいしましまパンツ。□ あのトライアングルが、あのストライプが。□ 俺の心を優しく満たしてくれて……■ <> 「あっ!」■ <> 「あ、って何よ。思い出した?」■ <> 「お、思い出したというか。なんというか……」■ とぼけるのに精一杯な俺。□ 女の子はかまわず睨みつけてくる。□ そ、相当なプレッシャーだ。只者じゃないな?■ <> 「見たんでしょ?」■ ゴゴゴゴゴゴゴ!□ というマンガの戦闘シーンで使われる□ 効果音が聞こえてきそうな迫力が、女の子から伝わる。■ この気迫。負けそうだ。□ 歯を食いしばってないと、□ 本当のことを口走ってしまいそうだ。■ <> 「正直に言いなさい。□  見・た・の・よ・ね?」■ 母さん、もう駄目かもです。□ 隆也は東京でくじけてしまいそうです。■ ……ここは、こう答えるしかない。■ //選択肢:  はい。見えました。     → (1-4-1)へ□  見てません。見てませんよ。 → (1-4-2)へ■ //------------------------------------------------- // 1-4-1 はい。見えました。 //------------------------------------------------- <> 「さいってー!□  チカン! ヘンタイ! 女の敵っ!」■ <> 「そ、そこまで言うかっ!」■ <> 「ちょっとそこで待ってなさいよ、□  いま、お巡りさん呼んでくるからっ」■ <> 「ちょっ! そりゃないだろ?□  手鏡で覗いたり盗撮したのなら納得するけど、□  キミのパンツが見えてしまったのは不可抗力だっ」■ <> 「……大声でパンツとか言わないでよ。□  恥ずかしいわね」■ <> 「あ、ご、ごめん」■ 俺は深々と頭を下げて謝った。□ まあ、見たのは事実だからな。■ // →(1-5)へ //------------------------------------------------- // 1-4-2 見てません。見てませんよ。 //------------------------------------------------- <> 「見てない見てない見てないっ。□  本当に見てないって!」■ <> 「本当に見てないの?」■ <> 「ああそうだとも。□  角度的に見えない位置だったんだ。本当だよ」■ <> 「よかった……□  少し子供っぽいかなって思ってたから……□  見られちゃったら、すごく恥ずかしかったの」■ 恥じらいながら、しおらしくなる彼女。□ か、かわええ……■ <> 「そんなことないって。全然子供っぽくないよ!□  もっと自分のセンスに自信を持って」■ <> 「どのセンスに自信を持てばいいの?」■ <> 「何ってそりゃ、パンツの柄だよ」■ <> 「やっぱり見てるじゃない!□  この嘘つき! ヘンタイっ!」■ やばい。□ 初歩的な誘導尋問に引っかかって、□ うっかり口を滑らせてしまった。■ ……今、俺に出来ることといえば。■ <> 「……ごめんなさい」■ 俺は深々と頭を下げて謝った。□ ここは素直に謝っておこう。■ // →(1-5)へ //------------------------------------------------- // 1-5 商店街(1-4の続き) (早苗) //------------------------------------------------- <> 「嫁入り前の女性の下着を覗き見るなんて酷いわ!□  心に一生の傷を負ったじゃないのっ!□  慰謝料、ちゃ〜んと払ってよねっ」■ <> 「い、慰謝料って? そんな馬鹿な!」■ <> 「示談できないんだったら司法に訴えるからっ!」■ <> 「おいっ、パンチラで司法沙汰かよっ!□  それはそうと、《パンチラ裁判!》って、□  なんとなくだけど響きがよくね?」■ <> 「うっるさーいっ!□  下らないこと言ってると、本当に訴えるわよ?□  それにこの状況下でアンタが勝てると思ってるの?」■ 女の子の瞳が怪しく光る。□ 怖い。とてつもなく怖い。□ 限りなく冤罪なんだけど、勝てる気がしない。■ <> 「わ、わかった。□  なんとかする、なんとかするから」■ <> 「そうそう、わかればよろしい」■ <> 「でも俺、先立つものが何もないんだけど」■ <> 「どういうことかしら?」■ <> 「お金が無いってこと。だから身体で返していい?」■ <> 「身体で返す? アンタの?」■ 女の子は怪訝そうな顔で俺を見ている。□ まあ無理もないんだけど。■ <> 「あの、初めてだから痛くしないでね?」■ <> 「バカじゃないの?」■ <> 「じゃあ、どうすりゃいいんだよっ!」■ 自分でも、ひどい逆ギレだと思う。■ <> 「仕方ないわね、まあいいわ。□  アンタって貧乏そうだから、それで手を打つわよ」■ <> 「え? ホントに?」■ <> 「いいわよ。□  でもその言葉。ちゃんと言質はとったからね。□  男に二言は無いわよ?」■ <> 「おうとも!」■ どーんと胸を叩く俺。□ でもこんなんでいいのか?□ 呆気なさ過ぎる。■ 何かやばいことを言ってしまったか?□ 考えろ俺、身体で返すということの意味を。■ 『とりあえずドナーカードを取得しましょう♪』■ とか言われるんじゃないのか?■ ヤバイ。□ 人の道から外れるような、□ とてつもなく嫌な予感がするんだけど。■ 冷や汗が、頬を背中を、静かに流れ落ちる。■ <> 「あの、臓器売買はちょっとアレじゃない?」■ <> 「なに? よく聞こえない」■ <> 「な、なんでもない」■ <> 「それじゃとりあえず、本当にとりあえずだけど、□  この荷物を持ってついてきてくれない?」■ なるほど。こういうことか。□ 身体で返すってこういうことなのね。□ ほっと一安心する。■ でも、欲を言えば、□ もうちょっと色気のある展開を期待したんだけど□ まぁ残念って言えばザンネンか。■ そんなマンガみたいな展開を□ 望んじゃいけないって事か、ははは……■ //------------------------------------------------- // 1-6 歩道前 (早苗) //------------------------------------------------- <> 「……あのう、まだですか?」■ <> 「もうすぐよ。□  だらしないわね、男のくせに」■ マンガみたいな荷物の持ち方をしている俺がいる。■ 大っきな買い物袋をいくつも両手に持って歩いて。□ 散乱する前より増えているのは、□ 絶対に気のせいじゃない。■ それもそのハズ。□ 散乱して無くなったり使い物にならなくなった材料を□ 買い足してくると言って、荷物が倍以上になったのだ。■ おいなんだこれ。□ なんなんだこれは。■ ふふん♪ と鼻歌まじりで、□ 俺の前をさくさく歩く、この女。■ 自分が持たなくて良くなったからか、□ 重たいものばかり買い足しやがって。■ フルーツ缶詰が大量に入った袋は、□ 今にも破れそうなくらいに膨らんでいる。□ これが重さの原因なんだよっ。■ まあ、臓器売買を思えばガマンできるか?□ それにしても重すぎるっ!■ <> 「なにをブツブツ言ってるのよ、気持ち悪いわね」■ <> 「ブツブツも言いたくなるだろよ……□  こんなに荷物を持たされりゃ……」■ <> 「ふーん、ずいぶん貧弱なんだ。□  見た感じ、ひょろひょろしてるもんね」■ <> 「俺は、昨日も肉体労働してるんだよ……□  引越しの手伝いやってボロボロなんだよ。□  しかもロクにメシ食ってないからハラ減ってるし」■ <> 「ふーん、タイヘンね」■ <> 「……全然、心がこもってないんだけど?」■ <> 「そりゃそうよ。それはアンタの都合だから」■ <> 「……ちょっとは、手伝ってくれるとかないの?」■ <> 「ぜんぜん」■ <> 「少しくらい、考えてくれよ……」■ <> 「ほらほら、もう少しなんだからキリキリ歩くっ!」■ <> 「さっきも、もう少しって言ってた気がする」■ <> 「気のせいよ」■ <> 「気のせいじゃないっ!□  もう少しもう少しとか言いながら、□  そのへんの店に入って荷物が増えてるんだけど?」■ <> 「それも、気のせいよ□  白昼夢でもみているんじゃない?」■ <> 「それはウソだっ!」■ <> 「あはは、いいじゃない。□  あんまり細かいこと気にしてると、モテないわよ」■ <> 「ひ、ひどい!」■ 当たっているだけにぐさりときた。■ <> 「何がひどいっていうのよ。□  どさくさに紛れて下着を見る方がひどいんじゃない?」■ <> 「だから、あれは事故だって。□  俺がフラフラしてたのも悪かったけど、□  そっちだってフラフラしてたじゃないかよっ」■ <> 「そんな事ないわよ。□  アンタが一方的にぶつかってきたんじゃない」■ <> 「いや、そっちがふらっと肩をぶつけてきたんだ。□  これは譲れない」■ <> 「何よ、証拠でもあるの?」■ <> 「証拠はある」■ <> 「ふぅん、誰か見ていたのかしら?」■ <> 「真実は、そう!□  しましまパンツだけが知っているっ」■ <> 「なっ……」■ <> 「や、やめろ!□  グーで殴ろうとするなっ!」■ <> 「はぁ。アンタ、ほんとにバカね。□  それより、着いたわよ」■ <> 「や、やっとか……え、喫茶店?」■ 足を止めた場所は、□ 落ち着いた住宅地の一角で。■ こげ茶色を基調とした外装。□ モノトーンでシックな外見。□ しっとりとした雰囲気のただよう建物。(絵を見て変更)■ 汚れのない大きな窓には、□ 日の光がぞんぶんに注がれていて。■ 建物を囲むようにあるレンガ造りの花壇。□ よく手入れされた緑が周囲に映えている。■ よくあるオシャレなカフェではない。□ オープンテラスも、もちろんない。□ 昔ながらのスタンダードな喫茶店、という感じだ。■ 扉には、英語で店名が書かれている。□ ずいぶん、かわいらしいロゴだな。■ 『SHAME☆ON』■ <> 「えっと、しゃめ……」■ <> 「ここが、アタシのバイト先□  《しぇいむ☆おん》よ」■ しぇいむ☆おん、ね。もちろん読めたぞ。□ 変わった名前の喫茶店だ。□ ……ここって、ウチの近所だよな?■ 俺はフラフラ商店街まで歩いて、□ こっちに戻ってきたってわけか。■ <> 「ほらほら、□  入り口で突っ立ってたりしたら営業妨害よ。□  こっちこっち」■ 女の子に促されるまま、□ 俺はよたよたと裏口へ歩いていった。■ //------------------------------------------------- // 1-7 喫茶店裏 (早苗) //------------------------------------------------- <> 「そんじゃ俺はここで」■ 喫茶店の裏口にどさどさどさと荷物を置いた俺は、□ 女の子に別れを告げた。■ お腹のエンプティ表示は、□ もう目盛りがマイナスに突入している。□ いつ動けなくなるかわからない。■ <> 「なっ! ちょっと待ちなさいよ」■ <> 「なんだよ。これ以上コキ使おうってのか?□  いい加減カンベンしてくれよ」■ <> 「違うわよ。アンタその格好で帰る気なの?」■ 言われて気付く、ケチャップまみれの俺。□ 確かに目立つし、なにより臭い。□ 一度帰らないと買い物にも行けない、しくしく。■ <> 「どうだっていいだろ。なんとかなるよ」■ <> 「どうでもいいってヒドいじゃない。□  アタシの下着見たくせに!」■ そこでなぜ下着がでてくる?□ 結構根に持つタイプなんだな。■ <> 「だからその償いはもうしただろ?」■ <> 「あーもうっ! □  だからそんなんじゃないんだって」■ 何を怒っているのだろうか。□ 年頃の女の子が考えることはわからない。□ ……俺もじゅうぶん、年頃だけど。■ <> 「ふっふーん。どうしたんだい早苗くーん」■ うわっ、なんか凄いのが来た。□ アフロ? アフロなのか?□ アフロに帽子? なんかはみ出してるよっ。■ 黒いブロッコリーが二つ付いてるよ。おい。□ どうしようキモい。キモ可愛い、くねえよ!!■ 背は高いし肩幅ひろくて筋肉質そうだし、□ なぜか室内でサングラスかけてるし。□ そのくせエプロン着用とはどういうことだ?■ ……アンタが料理作るってこと?■ グラサンとコック服とはみだしアフロの□ ありえないコラボレーションが俺を混乱させる。□ なに、この人?■ <> 「あ、店長。ちょうど良いところに。□  このみすぼらしい格好をした人に□  着替えを貸してあげて下さい」■ <> 「はーっはっは!□  それは私の普段着でオーケー、□  ということなのかーい?」■ <> 「だいぶ大きいかもしれませんが、□  大丈夫ですよきっと。□  大は小を兼ねるって言いますから」■ <> 「いい加減なこと言うなっ」■ なんか勝手に話が進んでいる。□ というかこのおっさんが店長なのかよっ!□ どんな店なんだか……■ <> 「ほーらキミ、私の普段着を□  貸してあげよーうじゃないか!」■ アフロのおっさんが手にしている服を見る。□ ……ラバースーツなんですが、変態チックな。□ ほら、そっち系の人が着ているような。■ しかも短パン袖なしまっ黒け。夏服ってこと?□ これを着て外を歩けと?□ ケチャップまみれの方が、なんぼかマシだぁっ!■ <> 「さあさあ、早く着替えてください。□  なんだか久しぶりに興奮してきましたよー」■ 店長は俺のTシャツに手を掛ける。■ おお、ちょっと色気のある展開……□ じゃねえよおいっ!□ どんどん話がメンドクサイ方向に進んでるんだけど。■ <> 「えええ、遠慮します。そいじゃ!」■ 俺は脱兎のごとく逃げようとする。□ こんなクセのある店には関わらないが吉だっ!■ <> 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!□  あ、そうだ。□  店長っ、食い逃げですっ! あの人食い逃げです!」■ <> 「食い逃げだって?□  ジャァスト、ウェイトオっ!」■ 以外と俊敏なアフロマンに、□ 俺は呆気なく取り押さえられた。■ 背後から股の間に手を入れられる。□ 気がつくと両腕をホールドされていて、□ 逆間接を取られていて。■ その状態で肩にかつがれたぞっ!?□ 思いっきりのけぞる体勢になる俺。■ しかも、首に腕が巻きつけられる。□ ぐ、ぐるじいっ!■ 気が付くとありえない姿で関節技をキメられていた。□ なんだなんだよこの技はっ?■ なんて思ってた瞬間!□ 背中・腕・首にぎりぎりと激痛が走る。■ <> 「う、うぎゃぁーーーーっっ!!」■ <> 「さあさあ、早くタップかギブアップしないと、□  意識がファインツアウェイしてしまいますよ?」■ ギ、ギブ、ギブアップ! ギブアーーーップ!!□ ってか、とっくに降参してるんだけど、□ がっちり締められているから声が出ないんですよ!■ 声が出せないならタップしようにも、□ 手も動かないしっ!■ <> 「きゅぷっ、きゅうぅっ!□  (ギブアップと言っているつもり)」■ <> 「はっはっは、見かけによらずタフガイですねっ!□  私けっこう好きですよ。□  それでは、これでどーうですか?」■ ますます力を入れるアフロお化け。□ みしみしみりみり、と背中からイヤな音が聞こえる。□ お、折れるおれる!■ 声を出そうにもうめき声しか出ず。□ かわりに涙があふれ出てきて。□ タップしようにも手も動かず。■ 俺の視界は、次第にブラックアウトしていって……■ //------------------------------------------------- // 1-8 喫茶店内 (早苗) //------------------------------------------------- <> 「と、父さん、母さん。えやちゃーんっ……」■ こ、ここは何処だ? 天国か?■ もっと雲とか花とか想像してたんだけど、□ 周囲にあるのは木のテーブルと椅子と観葉植物で。■ 天国って、けっこうフツーな感じなんだな……□ うん?誰かに肩を揺すられてんだけど。■ <> 「だいじょーうぶかい、キミー?」■ <> 「うわおうっ!」■ やっぱ普通じゃないっ! コイツは閻魔大王?■ <> 「やっと気が付いた、だいじょうぶ?」■ <> 「……あ」■ そうだ、ここは天国なんかじゃない。□ 喫茶店まで荷物持ってきて、帰ろうとしたら。■ ってか、何でオレは関節技をキめられたんだ?■ <> 「ごめんね、キミー。□  私は食い逃げという言葉に□  ビンカンに反応してしまってねーえ。■  それで、ついつーい禁断の秘技、□  『あうとさいだぁず☆えっじ』を□  出してしまったんだーよ」■ <> 「……かわいらしい名前に似合わず、□  むちゃくちゃ痛かったんですけど」□   □ <> 「はっはっはー、すまないーねーぇキミ!□  でも、キミには参ったーよ」■ <> 「……なにがですか?」■ <> 「私の技にあれだけ耐えられたのは、□  キミが初めてだーよ、いやあーまいった」■ <> 「……ぜんぜん光栄じゃないです」■ <> 「でも気がついてよかったわ。□  山に埋めるか海に沈めるかで、□  店長と考えていたところなのよ」■ <> 「怖いこと言うなオマエは」■ <> 「冗談はさておき、何か食べる?□  お腹空いてるんでしょう?」■ <> 「あ、うん」■ ぐるぐるぐるぐるるるるーーーっ!■ 女の子にそう言われるや、□ 腹の虫が雷のような音を立てた。■ <> 「喫茶店内で倒れられても困るからね」■ 女の子は鼻歌まじりで厨房に歩いていった。■ ……と思ったら、すぐに戻ってきた。■ <> 「ねえねえ。ところでさっき、□  寝言で『えやちゃーんっ』って叫んでたけど、□  誰なの? 彼女?」■ <> 「……別にいいだろ、関係ないじゃん」■ <> 「あるわよ。□  だってアタシはあんたの身体をもらったんだから□  その所有者としては当然の権利でしょう?」■ <> 「はい?」■ <> 「約束したでしょ、身体で返すって。■  だからアンタの身体はアタシのもの。□  アンタの物はアタシの物、アタシの物はアタシの物。□  ってことになるんだけど、了解?」■ <> 「誰が了解するかっ!□  どっかのガキ大将みたいなこと言うなっ!」■ <> 「ところでアンタの名前は?」■ と、とことん人の話を聞かないやつだな。□ マイペースすぎるというかなんというか。■ ……でも可愛いいんだよな。□ うーん、ギャップに戸惑ってしまう。■ <> 「俺は内藤。内藤、隆也(ないとう たかや)」■ <> 「ふーん、隆也ね。なんか平凡」■ うわ、いきなり呼び捨てかよ。■ <> 「そういうそっちは?□  俺も名乗ったんだから……、わわっ!」■ いきなり女の子の顔が近付く。□ しかも、挑発するよう胸に手を添えて、□ 突き出しているのは何故なんだ?■ これは触ってもいいということか?□ 肌で感じろってことなのか?□ なんて大胆なコミュニケーション方法なんだ。■ その挑戦! 受けてたとう!■ 俺はゆっくりと手を伸ばす。■ ぐへへ。□ あと少しで柔らかいましまろちゃんが……■ その瞬間、脳が揺れた。■ <> 「だぼぉぁっっ!」■ グ、グーだ。□ グーでテンプルを殴りやがった。□ しかもためらいもなく打ち抜きやがった。■ 衝撃波が右耳から左耳に抜けていったぞ!■ というか、女の子がグーで殴るかふつー!□ 痛い。はてしなく痛い。■ <> 「ばっ、ばかぁっ! なにしようってのよっ。□  胸にあるネームプレートを見なさいって意味よっ。□  このチカン! ヘンタイ!」■ そ、そういうことだよな……□ 人生そう甘くはないよな。■ <> 「いたたたた。なになに、阿部 早苗。□  ――さなえちゃんか」■ <> 「違うでしょ。早苗サマでしょ?」■ <> 「なんだそりゃ」■ <> 「アハハ、それじゃあ首を長くして待っててね」■ パタパタと早苗ちゃんが厨房に駆けてゆく。□ ……そういや、なんにも注文してないんだけど。■ //------------------------------------------------- // 1-9 喫茶店内 (早苗/里美/店長) //------------------------------------------------- あぁ、美味しかった。■ 出されたカツサンドと濃厚なエスプレッソコーヒーは、□ あっという間に俺の胃袋へと収まった。■ 最初はあの店長が作ったものだから□ どうなることかと思ったけど、□ これが意外に美味いのなんの。■ <> 「もう食べたの?□  よく噛んで食べないと病気になるわよ」■ <> 「なに? 心配してくれてるの?」■ <> 「バ、バカ! そんなんじゃないわよ」■ <> 「それよりも仕事はいいのかよ? 料理冷めるぞ」■ 早苗ちゃんのトレイに乗っているのは、□ ほかほか作り立てのカルボナーラスパゲティ。□ ベーコンの香ばしいにおいが……こっちも美味そうだ。■ <> 「そうね。忙しくなってきたから□  隆也の相手はしてられないみたい。■  かわりに他のバイトの子が来ると思うけど、□  変なちょっかい出したら許さないからねっ」■ <> 「そんなことしないって」■ <> 「どうだか、ね」■ <> 「早苗くーん。5番テーブルの料理はまだかーい?」■ 店長の低い声が厨房から響いてくる。■ <> 「はーい。いま行きまーす」■ 慌てて駆けてゆく早苗ちゃん。□ 口は悪いが容姿はバツグンだ。□ やっぱりギャップに戸惑ってしまう。■ 月並みな表現だけど、□ どこかで見たような気がするんだよなあ。□ それもつい最近。数時間前。■ まあいいや。□ コーヒーのおかわりを飲んで帰ろう。□ すいませーん!■ ………■ ……■ …■ <> 「あの、コーヒーのおかわりをお持ちしました」■ 抑揚のない淡々とした声で早苗ちゃんより□ もっと若そうな女の子が現れた。■ <> 「えっ!」■ <> 「あっ!」■ なんとも驚いた。□ コーヒーのおかわりを持ってきてくれたのは、□ 出かけに会った《つゆ草》少女だ。■ この再会は奇跡としか言いようがない。□ ハレルヤ神さま、ありがとうございます。■ 改めて、□ さっきの不幸な事故のことを謝っておこう。■ <> 「こ、こんにちは。さっきは、ごめんね」■ <> 「つ、つけてきたんですか。□  ひょっとして、ス、ストーカー?」■ <> 「ななな、なに言ってるの!」■ それは誤解だとアピールするため、□ 手を出してふるふる、と振ってみる。■ でもなぜか勘違いされる。□ 手でも掴まれると思ったんだろうか?■ <> 「きゃっ、いやっ」■ あ、逃げた。□ 女の子はパタパタと厨房の中に引っ込んでしまった。□ なんか誤解されてるみたい。■ …………■ ……■ …■ <> 「ちょっと! ちょっと! ちょっと!□  あんたウチの里美になにをやったの!□  あのコ怯えているじゃない!」■ 女の子と入れ替わりに、□ 血相を変えて飛んできたのは早苗ちゃんだった。□ まさかつゆ草少女が早苗ちゃんと同じバイト先だったとは。■ <> 「え、いや、誤解……」■ <> 「問答無用よっ!」■ <> 「ちょっとは俺の話を聞いてくれっ」■ <> 「あれほど他の子に手を出すなって言ったのに。□  よりによって里美に手を出すなんて、□  このチカン! ヘンタイ! ロリコン!」■ <> 「まあ待て、少しおちつけっ。□  どうも色々と誤解があるようなんだ」■ <> 「落ち着け? 落ち着けですって?□  私はともかく妹にまで手をだしたら□  承知しないんだからねっ!」■ <> 「ちょいまち。妹って! 早苗ちゃんの妹?□  まあそれは置いといて、□  俺はいつ早苗ちゃんに手を出したんだよっ?」■ さっき早苗ちゃんを、□ どこかで見たことあるなって思ったのは、□ 里美ちゃんに似てたからだとようやく気付いた。■ なるほど納得。姉妹なら似てて当然。■ <> 「うるさいわね、アタシの下着を覗いたじゃない!□  それだけで充分よ!」■ ひどい言われようだ。□ まあ確かに非は俺にもちょっとあるけど。□ ……いや、かなりあるかもしれない。■ <> 「とりあえず、俺の話を聞いてくれっ」■ まだブツブツ文句を言っている早苗ちゃんをなだめ、□ 俺は《つゆ草》事件について説明した。■ ………■ ……■ …■ <> 「どう考えても、100%隆也が悪いじゃない」■ <> 「……そういうことになるのか?」■ <> 「呆れた。□  まさかならないとでも思ってるの?□  いったいどういう精神構造してるのかしら。■  それに困るのよね。□  隆也が来るたびに厨房に引っ込まれたんじゃ。□  商売上がったりだわ」■ <> 「……かなり嫌われてるしなぁ。□  まあ、もう来ないからいいよ」■ <> 「はぁ? ふざけないでよね。□  何のためにサービスしてあげたと思ってるの?□  常連になってもらうために決まってるでしょう」■ <> 「え、そうだったの? 知らなかった。□  ……サービスって何?□  俺なんかすごいサービス受けた?」■ <> 「うっるさいわねぇ。□  週に五回は顔を出しなさい。□  さもないと訴えるからっ!」■ <> 「そんなヒドい」■ <> 「慰謝料百万円!」■ ずいっと片手が伸び、□ 人差し指がクイクイと曲がっている。□ なんかミナミの帝王か、大阪商人みたいで怖い。■ <> 「なんだよそれっ」■ <> 「言ったじゃない、身体で返すって。□  週に五日以上しぇいむ☆おんに通うっていうのも、□  身体で返すってことと同義でしょう?」■ <> 「そんなデタラメな!□  荷物を持ってやったのでチャラじゃないのか?」■ <> 「うるさいわねぇ、イヤなら二百万払いなさいよ!」■ <> 「うぉいっ!増えてるじゃねえかよっ!」■ <> 「まだ文句言うの? それなら三百万でいいわよ!」■ <> 「俺が拒否するごとに金額を吊り上げるなっ」■ <> 「まだ言うの? ほんっとしぶといわね。□  それじゃあ一千万で手を打ってあげるわ」■ <> 「おいケタ違いになっちゃってるぞーっ!」■ <> 「なによっ! じゃあ一億……」■ <> 「わ、わかったわかった!□  週に五日寄らせてもらいますっ」■ <> 「よろしい。そうと決まれば里美の方は、□  アタシがなんとかとりなしてあげるわ。□  無理かもしれないけどね」■ <> 「俺が直接あやまらなくていいの?」■ <> 「あのコ、人見知りが激しいから。□  慣れる前にそんなことされても□  かえって逆効果になると思うから」■ 急にしんみりとした口調で早苗ちゃんが呟く。■ 少しがめつくて嫌な子だと思ったりもしたが、□ どうしてどうして。□ 妹想いの優しいお姉ちゃんじゃないか。■ 少しだけ見直したぞ。ほんの少しだけ、な。■ <> 「わるい、よろしく頼む」■ <> 「どういたしまして。□  そうそう、帰るのならレジはあっちよ」■ <> 「か、帰るならレジって? タダじゃないの?□  サービスだって聞いたような?」■ <> 「サービスはいっぱいしてあげたでしょう?□  料理の代金とは別に決まってるじゃない」■ <> 「さ、詐欺だ!」■ <> 「店長ーっ! 食い逃げでーすっ!」■ <> 「ふふふ、今度は本当に食い逃げですね?□  封印されし必殺技、『ドリーム☆サンバ』を□  本当に使う日がくることになろうとは……」■ わきわきわき、と手をアマレスラーのように広げ□ 近づいてくる店長。ってなんすかその技っ!■ <> 「は、払います、払います。□  払わせてくださいっ!」■ <> 「毎度あり〜!□  最初から素直にそういえばいいのよ」■ <> 「これは脅迫だ。ぼったくりだ!」■ <> 「サンドセット680円のどこがぼったくりなワケ?」■ <> 「えと、適正価格だと思います」■ 確かに値段の割には美味かった。□ ここは大人しく支払っとくか。■ <> 「ありがとうございました〜」■ にこにこにこ、と営業スマイルを浮かべる彼女。□ さっきまでの鬼神の表情がウソのようだ。□ からんからん、とドアベルが心地よく鳴る。■ それにしても。□ 週に五回か、無茶言いやがる。■ でも早苗ちゃんも、あと彼女の妹だっていう□ 里美ちゃんも可愛かったなぁ。■ 週五回は無理としても、また来てみるか。□ 料理もウマいし値段も良心的だしな。■ 俺は《しぇいむ☆おん》を一度だけ振り返ろうとした。□ ……首がうまく回らない、店長の必殺技のせいで。■ 荷物を持たされ、関節技を決められて。□ それでも満腹になった腹をさすりながら。□ 俺はフラフラと帰宅の途についた。■ //------------------------------------------------- // 1-10 自宅内 (独白) //------------------------------------------------- ふっ、と暑さで目が覚める。□ 目の先には、まだまだ慣れない天井があり、□ それが鬼に見えたり犬の顔に見えたりする。■ 頭をボリボリと掻きながら、□ 食欲を満たした腹をぽんと叩き、□ 頭に浮かぶ言葉が一つ。それは……。■ 疲れた。■ ただ、それだけ。■ 昨日から今日にかけて散々な目に遭った。□ いいこともイヤなこともイヤなことも。□ 身体をむちゃくちゃ酷使しているような。■ 二度あることは三度……。□ いや、今は考えないでおこう。□ というか考えたくない。■ 明日の午前に荒巻が荷物を持ってくる。□ ……本当に持ってきてくれるのか?□ とてつもなく不安なんだけど。■ しっかし、あちいな。熱帯夜ってやつか。□ なんでこんなに暑いんだか、クーラー欲しいぜ。□ 荷物届いてないから扇風機すらないのが痛い。■ せめて窓くらいは開けるか、少しは涼しくなるだろう。■ 微妙に建てつけが悪いが、気にせずむりやりに開ける。□ 窓の下方からは車の排気音がぶぉんぶぉんと聞こえる。■ 外をぼーっと眺める。□ ネオンとビルの明かりは夜空を赤黒いものに変えている。□ 星なんていっこも見えたもんじゃない。■ 窓を開けても星空はなく、川音が聞こえるわけでもなく。□ 鼻に届くのは排気ガスの臭い、聞こえるのは車の音。■ 窓は少しだけ開けておこう、イヤになるから。■ やっぱり、ここは東京なんだよな。□ 当然のことを、改めて確認してしまう。■ ……とりあえず、寝るか。■ オレは再び目を閉じ、□ ムリヤリに眠りの世界へと戻っていった。■ //------------------------------------------------- // <一日目終了> //------------------------------------------------- //------------------------------------------------------------------------------ // 8月2日 <二日目> //------------------------------------------------------------------------------ //------------------------------------------------- // 2-1 自宅 (独白) //------------------------------------------------- 外から聞こえる下品なクラクションの音で目が覚める。□ うるせえなぁ。■ ……ひょっとして、荒巻か?■ ばばっと飛び起き、慌てて玄関を開けて確認してみる。□ トラックはまだ来ていない。□ 代わりにあるのはヤンキー車。朝から迷惑なんだよっ。■ そもそも今、何時くらい?■ 携帯で時間を確認してみると、□ まだまだ早朝で、公園に行けば小学生が、□ 元気にラジオ体操とかやってるような時間だぞ。■ 昨日は疲れたのでワリと早く寝たのだが、□ そのせいだろうか?■ ふぁぁぁ、と長いアクビ。□ ……二度寝するにも、すっかり目がさめちまった。■ 何もない部屋に居てもしょうがない。□ ご近所の散策がてら、外に出てみるか。■ //------------------------------------------------- // 2-2 歩道前 (里美) //------------------------------------------------- 早朝の空気は多少澄んでいるような気がして、□ 思いっきり深呼吸をしてみる。□ ……うん、それでも黒板消しのニオいがする。■ 俺は昨日の不幸な事故を思い出し、□ なるだけ足元に注意して歩いていた。■ おっ、俺が踏んだつゆ草はまだ元気だぞ。□ 昨日はここで早苗ちゃんの妹に会ったんだよな。■ 確か、里美ちゃん?□ 多分間違ってないと思うが自信はない。■ 確かに姉妹だけあって、顔のつくりとか似てたな。□ 性格はまるで違っていたけど。□ まあ兄弟や姉妹の性格なんてそんなもんか。■ それにしても、思いっきり拒絶されたよなぁ。□ 早苗ちゃんがとりなしてくれると言ったけど、□ できれば自分で誤解を解きたいな。■ そんなことを考えながら、□ ふらっかふらっか歩いていると。■ いたよ!□ その里見ちゃんが目の前にいるじゃない。□ こんな朝早くから何やってるんだろ?■ 里美ちゃんが俺に気付いた様子はない。□ 気付いてたら確実に逃げるもんな。□ 悲しいけど。これが現実。■ 里美ちゃんは、□ 紙袋からなにか取り出して蒔いているようだ。□ 肥料? それにしては少ないな。■ 何も生えてない場所に肥料を蒔いても□ 仕方ない気がするんだけども。■ うーん、気になる。□ 思い切って声をかけてみるか?□ 逃げられたら……。まあその時はその時さ。■ <> 「おはよう、今日もいい天気だね」■ <> 「えっ?」■ ビクッ! と肩を震わせて振り返る里美ちゃん。□ 驚き方が尋常じゃない。□ たぶん逃げちゃうんだろうな。■ <> 「えっ、あっ、お、おはようございます」■ なに? 予想外の展開。□ いやいや嬉しい展開だから問題なし!■ <> 「どーも、昨日は本当にごめんね」■ <> 「お、お姉ちゃんから聞きました。□  昨日はストーカーと勘違いして、□  ご、ごめんなさい」■ <> 「いいっていいって。□  ところで里美ちゃん、なに蒔いてたの?」■ <> 「え! あのっ、見てたんですか?」■ <> 「うん」■ おや、恥ずかしそうにうつむいてしまったぞ。□ 聞かないほうが良かったかもな。■ <> 「あ……ごめん。何かマズいこと聞いちゃった?」■ <> 「いえっ、そういうわけじゃ。□  種を、その、蒔いていたんです」■ <> 「種?」■ <> 「はい」■ <> 「種って花の種とかそういうの?」■ <> 「はい、その種です」■ <> 「どうして?」■ そう、どうして種なんか蒔いているのか。□ それも道端で。■ <> 「それは……」■ もごもごもご、と言葉をにごす彼女。□ ハタから見たら、俺がいじめているように見えるよな。■ <> 「ごめん。なんか困らせちゃったみたいだね」■ <> 「いえ、別に。□  ただちょっと理由があって言えないんです」■ <> 「んーと、願かけみたいなもの?」■ その問いに、里美ちゃんはこくりと頷く。■ なるほど。□ 理由はわからないけどきっと里美ちゃんにとっては□ 大切なことなんだろう。■ これ以上の詮索はヤボってやつかな。□ 話を変えてみよう。■ <> 「花かあ……うん、俺も好きだな」■ <> 「何の、花ですか?」■ お、俺の話に食いついてきたぞ!■ <> 「名前が出てこないんだけど、赤い花で。□  花びらを引っ張ると蜜がついているやつなんだけどね」■ <> 「サルビア、です」■ <> 「そうそうサルビア!□  花壇中のサルビアの蜜をちゅーって□  吸い尽くしたよな。小学校の時か、懐かしいな」■ <> 「……」■ なんか冷たい視線で見られてるんだけども?□ ま、まずかった? 地雷踏んだ?■ <> 「あの、わたし、帰らないと」■ <> 「ごめんごめん。□  別に引き止めるつもりはなかったんだよ」■  あと、ちょくちょく、しぇいむ☆おんに□  行くと思うけど、そのときはよろしくね」■ <> 「あ、はい。よろしくお願いします」■ 里美ちゃんはぺこりとお辞儀をすると、□ パタパタと駆けて行った。■ 俺という人間が苦手なのか、男性が苦手なのか。□ 後者だと思いたいんだけど、やっぱ避けられてる?□ かるーく、ショックだよな。■ おっと、もうこんな時間か。□ 一度家に戻るとするか。■ //------------------------------------------------- // 2-3 自宅内 //------------------------------------------------- お引越しなら、□ いつもニコニコあらまき引越しセンターへ!■ 今ならメシ代さえ出せば、□ 他の費用はいっさいかかりません!■ 線目でボーッとしがちな、□ 何を考えてんのかイマイチわからない男の子が□ 懇切丁寧にお手伝いします!■ さあ、いますぐお電話を!■ ……お電話を、っと。■ アイツの携帯にてれてれテレホン。■ 1コール、2コール……運転中か?■ 念のためと思って電話したけど、□ そんな心配は必要なかったか?■ 9コール、10コールと相変わらずな電子音が流れ、□ あきらめて切ろうとした時。■ 電話先から、やけに間延びした声が聞こえてくる。■ <> 「もしー、もしー……」■ <> 「あ、俺だオレ」■ <> 「あー、すー……」■ <> 「こらっ、寝るなっ!□  念のために電話してみたんだけど。□  ひょっとしてこれ、モーニングコールか?」■ <> 「ぐー……」■ <> 「こらぁーっ!ねるなーっ!□  今日はトラックで手伝ってくれんだろ?」■ <> 「なんだよ隆也ー、□  まだふつーの人は寝てる時間だよ?」■ <> 「お前は寝てる時間かもしれんが、□  ふつーの人は起きてる時間だっ!」■ <> 「お前のことだから、忘れていそうで」■ <> 「あー、だいじょうぶー。□  ちゃんとトラック借りてきたから、□  荷物もっていくねー」■ <> 「もう一眠りしたら、ちゃんといくよー」■ <> 「ばかっ!□  お前の一眠りを待っていたら、□  リアルに日が暮れるんだよ!」■ <> 「今までもどれだけ、□  すっぽかされたことか……」■ <> 「ぐー……」■ <> 「うおーいっ!□  あらまき引越しセンターさんっ!」■ <> 「あ、いけないー。□  ちゃんと起きなきゃ」■ <> 「……いきなり目が覚めたな」■ <> 「隆也の用事は遅れてもいいけどー、□  待ち合わせは時間通りにいかないとねー」■ <> 「なんだそれは。□  俺は随分とないがしろにされてんだけど。□  ……っつーか、待ち合わせ?」■ <> 「うんー。□  じゃあ、これからそっちに行くからねー。□  じゃあねぇー」■ ぶつん、と一方的に切られる。□ ……まったく、相変わらずワケのわからん奴だ。■ サークル仲間であり学部もおんなじ荒巻は、□ 基本的にはいい奴だ。□ こうして引越しも手伝ってくれるしな。■ ただ、唯一の欠点というか、□ 重大な欠点がひとつ。■ いつでも、どこでも寝るって事。■ 気付けば寝ている。■ どこでも寝ている。■ 昼でも寝ている。■ 夜もやっぱり寝ている。■ 朝もあの体たらく。■ いつ起きてんだ?というくらいに寝ている。■ でも不思議と、授業内容は理解してんだよな……□ すいみん学習ってやつ?■ 『11月11日って、鮭の日なんだよー。□  ほら、十一十一をタテに書くと、圭になるでしょー?』■ そしてたまに、どうでもいい知識を披露する。□ その度オレはとまどう。■ 半年つきあっているけど、□ まだまだ底の見えない不思議なやつ。□ それが荒巻。■ ……ふぁぁ、と大きなあくびが出る。■ 荒巻と話してたら、俺まで眠くなってきた。■ あいつが来るまで、ちょっと眠るか……□ 来りゃ、起こしてくれんだろ。■ ぐう……■ ………■ ……■ …■ こん。■ こんこん。■ こんこんこん。■ 扉をたたく音が、□ 俺を眠りの世界から戻そうとする。□ ああ、そろそろ来る時間だもんな。■ まだ目が覚めきってなく、□ 頭にモヤがかかった状態で□ キーロックを外す、ドアを開ける。■ <> 「……」(可奈)■ <> 「わりぃわりぃ、ちょっと寝てた。□  オマエの事、怒れねぇよなあ」■ <> 「……」■ あれ?■ 荒巻って、髪の毛そめてたっけ?■ 目だってこんなにパッチリ開いているし。■ そもそも、体にくびれがあるんだけど。■ ボーン、きゅっ、ぼーんって感じで□ 体が妙に自己主張してんですけど。■ そう、やけに女の子らしい体つきで……■ あれ?■ ひょっとして、ひょっとしなくても。■ 荒巻じゃなくて、この子は……■ <> 「お、おはよう」■ <> 「……あ、おはよう、飯島さん」■ <> 「……」■ ほら、やっぱりムッとしてる。■ いつもそうなんだこの子は。■ 俺は挨拶するだけなのに、□ いっつも機嫌が悪そうで。■ 何かやらかしたっけ?といつも考える。■ あれ?□ 今日三回目の疑問。■ 違うんだ。■ 俺はもっともっと、□ 根本的なことを考えないといけないんじゃないか?■ <> 「おはよー、たかやー」■ <> 「……あらまき引越しセンターさん、毎度どうも」■ <> 「まいどー」■ <> 「オマエに一つ聞きたいことがある」■ <> 「なになに、なーにー」■ ぐおいっ!□ と間抜けな返事をするこいつにヘッドロック。□ ずるずるずる、と部屋内にひき込む。■ <> 「いたい、いたいよー」■ <> 「な、なんでここに飯島さんがいるんだ?」■ <> 「あー、それねー」■ <> 「それはねー、□  海よりも山よりも陸よりも□  深い理由があってねー」■ <> 「例えがヘンなのは、とりあえず置いておく。□  なんだその理由は」■ <> 「その、理由はねー」■ <> 「おう」■ <> 「……」(可奈)■ <> 「あははー、わすれちゃったー」■ <> 「マジで勘弁してくれよ、□  そこまで引っ張っといて」■ <> 「まあまあまあ、それよりもー。□  引っ越し引っ越しー!」■ <> 「荒巻ひっこしセンターの社長の僕と、□  副社長の可奈ちゃんが頑張るからねー」■ <> 「あ、飯島さん手伝ってくれるんだ」■ <> 「し、仕方なくね」■ <> 「はは……」■ そりゃそうだ。聞くまでもないだろう。■ でも、仕方なくでも手伝ってくれるのは、□ 嬉しいよな……■ サークル仲間同士、□ 仲良くしていこうって感じなのかな。■ ……そのわりには、機嫌が悪そうだけど。■ <> 「じゃあ、荷物を運ぼうよー。□  僕と隆也で持ってくるから、□  可奈ちゃんは中の荷物を整理してねー」■ <> 「適当に部屋に置いていっていいからさー」■ <> 「うん、わかったわ」■ <> 「おいおい、俺のプライベートとか□  部屋の配置プランとか、お構いなしか?」■ <> 「あれ?□  そういうの気にしたり、□  そういうの考えていたのー?」■ <> 「……まあ、寝る場所くらいは。□  ほら、北マクラって気にするだろ?」■ <> 「気にしないよー、□  僕は布団さえあれば、どこでもいいよー」■ <> 「あー、俺も。□  ただ北マクラって言ってみたかった」■ <> 「あははー、そんな事だろうと思ってたよー」■ <> 「荷物の整理は、女の子に任せるのが一番だよー。□  力仕事はタイヘンだろうし」■ <> 「荷物運びだって、あのくらいの量なら□  二人なら楽勝だよー」■ <> 「……おい、すばらしい仕切りだな。□  ちょっとお前のこと見直したぞ。□  ホレていい?」■ <> 「あははー、そんな趣味はないよー」■ <> 「それじゃあ飯島さん、整理の方よろしくね」■ 俺はできうる限りの笑顔を、飯島さんに向ける。■ この想い、キミにとどけっ!■ <> 「……わかったわ」■ ほらほら、機嫌が悪い。■ 荒巻と話してた時は笑顔も見せてたのによー。■ 完全に嫌われてますな……ははは、はぁ(ため息)■ と、とりあえず解散っ!■ 泣きそうにながらも勢い良く扉を開けて、□ トラックにダッシュする。■ <> 「あ、まってよ隆也ー」■ <> 「……はぁ」(可奈)■ 金色の髪をした、青い目の女の子は。■ 一人きりになってしまった部屋で。■ 大きなおおきなため息をついていた事は、□ 誰も知らなかった。■ ………■ ……■ …■ <> 「……どっせいぃ!」■ <> 「ふうー、これで全部かなー?」■ <> 「おう、なんか意外と早く終わったな」■ <> 「あはは、日頃のバイトの成果がでたよー」■ <> 「うん、それは認める。□  すっげえ手つきよかったもんな」■ <> 「あはー。それじゃ、次は部屋の中だねー。□  可奈ちゃんありがとねー」■ しかしコイツは、飯島さんと仲がいいよな。□ 今だって名前で呼んでるし。■ 俺なんか、いいじまさんっだぞ。■ しかも、言うたんびにムカつかれてるぞ。■ なんだ、なんだよこの差はよ……■ 俺も目を線みたいに細くして、□ 間延びした話し方すればいいのかよー。■ そんな飯島さん。■ 荷物を整理してる途中で、□ フリーズしているんですけど。■ あ……その箱。■ <> 「……これは、何かしら?」■ 眉間にシワを寄せているのは飯島さんで。■ 手にしている本は、俺の秘蔵コレクションで。■ エロティックな女の子の裸の写真集。□ 略してエロ本。□ し、しまったー!■ ち、ちゃんとカモフラージュのため箱に、□ <> 「天地無用」とか「ワレモノ危険」とか□ <> 「危」とか「毒」とか書いておいたのにぃっ!■ ……すんません、洋モノばっかで。□ 金髪の写真集は、隠し事がキラいなんです。□ だから好きなんです。■ 飯島さんハーフだもんな、□ ぜってー気分悪いぞ。■ これ以上気分を悪くされたら、たまらない!■ <> 「あの、それは……」■ <> 「隆也は外国モノが好きなんだもんねー□  金髪がスキなんだよー」■ <> 「解説するなぁっ!□  あ、あのね飯島さんっ」■ <> 「これはその、男の悲しいサガというやつで……」■ <> 「とりあえず捨てるわね。□  学生には必要ないもの」■ <> 「いや、学生とかそういうのは関係なくって……□  そ、そう!それは荒巻から借りてたやつでっ!」■ すまん荒巻。□ お前の尊い犠牲は、いつまでも忘れないぞ。■ <> 「ちがうよ隆也ー。□  僕が引っ越し祝いであげるのは、□  こっちの箱に入ってるよー」■ 謀反人、荒巻!□ 犠牲になるのは俺かよっ!■ <> 「ええと、荒巻くん。□  くわしく聞かせてもらえるかしら?」■ <> 「うん、これだよー」■ <> 「ばか、ばか荒巻っ!」■ <> 「はい、これも廃棄処分ね」■ <> 「あははー、残念だね隆也ー」■ ちっとも残念そうに言ってないコイツ。■ とりあえず、一発殴っておく。■ ああ……俺のコレクションが……■ 荒巻は『ちょっと休んでくるね』と言ったまま、□ ちっとも帰ってこない。■ アイツの事だからどっかで寝てるだろ。□ もう力仕事は終わったからいいんだけど。■ いいんだけど。■ ちょっと、良くないんだよ。■ 部屋にはオレと飯島さん。■ さっきの事件もあり、微妙な空気のまま。■ がさがさと荷物を整理する音。■ もくもくと手を動かす二人。■ ただ、それだけ。□ 素敵なことなんて、起こる気配もない。■ ……た、助けてくれぇっ、荒巻!■ <> 「この教科書は、こっちでいいのかしら」■ <> 「え、あ、う、うん!□  たまには勉強しないとね」■ 不意に話しかけられて、キョドってしまう。■ <> 「ふふ、たまには、なのね」■ あ、なんかうけた?■ やわらかな微笑みを浮かべているぞ。■ いっつも機嫌がわるい感じだから、□ こういう表情がたまらなく嬉しいっ!■ ……ここは、そう。■ これをきっかけに、□ もっとフランクに話せるようにするぞっ。□ 今までは話しててもギクシャクしてたもんな。■ 何を話すか何を……そ、そうだ!■ <> 「い、いいじまさん?」■ ほら、不機嫌になっちゃった。■ それでもこのチャンスを逃してたまるかっ。□ かまわず続けるぞ。■ <> 「な、なんで、□  俺の引っ越しを手伝うことになったの?□  やっぱり荒巻のせい?」■ <> 「そ、そ、そうそう!□  あ、荒巻くんにたのまれちゃって」■ <> 「ひ、引っ越しって、力仕事じゃないっ!□  だから、わたしに手伝ってほしいって、それで……」■ やっぱりアイツか。■ つーか力仕事だってのに、□ なんで飯島さんをチョイスしたのか。■ でも感謝はしないと。□ こうして会話できてるわけだし、整理もしてくれたし。□ ぐっじょぶ、荒巻。■ 飯島さん、きれーだなぁー。■ こういう子を彼女に持ったらもう□ 一日中ベタベタなんだろうなぁー。■ 彼氏になる人がうらやましいぞ、かなり。■ 誰かと付きあっているのかな?□ いるんだろうな、やっぱり。■ こんなキレーな人、周りがほっとくわけがない。■ <> 「こ、これは……」■ 本を整理してくれている飯島さん。■ 一冊の本を手にしたまま、フリーズしている。■ ま、またか?■ また出てきたのか、俺のコレクションが!■ これ以上、タカヤ株を下げるのはまずいっ!■ <> 「そ、それはね飯島さん。□  そう!やっぱり荒巻のヤツがね……」■ 悪い荒巻。□ もうお前しか頼めないんだ。■ ぺら、ぺらり、とページをめくる音。□ 飯島さん読んでるし……あぁぁ。■ やけに真剣な顔なんですけど……■ しかもなんか、今にも泣き出しそうな、□ 悲しそうな表情なんですけど……■ とうとう、サジを投げられたのか俺は。■ 不名誉な女泣かせの称号をいただいてしまうのか。■ とりあえず何の本かを確認してみると……□ あれ、エロ本じゃない。■ うさぎやタヌキやカエルやへび。□ そして、おおっきなクマ。■ カラフルな色使いで描かれた絵はまるで、□ 小さな子供が読んでいるような本で。■ ……いやそれ、まるっきり小さな子用だ。□ 絵本じゃないかよ。■ <> 「それは……えーと、なんだっけ」■ <> 「……『くまさんと うさぎさん』よ」■ <> 「そ、そうそうそう!□  なんでこの本あるんだろ……」■ <> 「……」■ <> 「実家から持ってきちゃったんだよね、なぜか。□  なんか捨てられなくてさぁ、□  あは、あはははは……」■ カラ元気をフル稼働させて笑う笑う俺。■ それでも飯島さんの表情は変わらずにいる。□ ゆっくりと、ページをめくる。■ あは、あはははと悲しい笑い声は部屋に響いて。■ お、俺もう限界!■ タカヤ株大暴落に耐え切れないっ!■ <> 「あ、あの俺、飲むもの買ってくるっ!□  ほら、飯島さんこんなに頑張ってくれたのに□  何にも出さないのは失礼だしっ!」■ ばっと財布を手にして、ばばっと玄関に向かう。□ だっとドアを開け、だだっと自販機を探す。■ 俺は思わず、涙目になっていた。■ 部屋に一人残された女の子は。■ 絵本を読み終えて、奥付を見て見返しをみて……■ ふふ、と微笑んだ後、涙目になっていた。■ あれ?□ このへん、自販機ないのかよ。■ 東京ならそこかしこにあるもんだろよっ!■ コンビニ探すのもめんどいしなぁ……□ まだよく地理わからないし。■ そうだ!□ しぇいむおんが、あるじゃんか。■ 店員に多少問題があっても、□ あそこのコーヒーは美味いもんな。■ 最近はお持ち帰りのできる喫茶店ってあるし。□ 聞いてみようかな?■ うっし、んじゃ行ってみるか!■ //------------------------------------------------- // 2-4 喫茶店内 //------------------------------------------------- さて、今日もやってきましたしぇいむ☆おん。□ 早苗ちゃんと里美ちゃんはいるかなっと……■ <> 「あ、えっと、いらっしゃいませっ!」■ あれ、昨日の二人と違う子が出迎えてくれたぞ。□ ちっさくて元気いっぱいな子だ。□ 束ねられた髪がぴょこぴょこと揺れている。■ <> 「あの、コーヒーを頼みたいんですけど」■ <> 「え、えっと、はい。□  それでは、どこかの席におすわりくださいっ」■ やけにぎこちないしゃべり方だ。□ バイト始めたばっかりっぽいんだけど。■ <> 「ここで飲むんじゃないです。□  テイクアウトしたいんですけど、できますか?」■ <> 「え、え、えーっと。□  ちょっとよくわからないんで、店長にきいてきます」■ ばたばたばたと厨房にかけていく、ちんまい店員。□ やたらと、せわしない子だよなあ。お、戻ってきた。■ <> 「店長にきいてみたら、紙容器でよければだいじょうぶ、□  とのことでしたっ!どうしますか?」■ <> 「あ、はい。それじゃアイスコーヒー三つで」■ <> 「かしこまりましたっ!」■ 再びぱたぱたぱたっと駆けていく、ちびっこ店員。□ と、ここで背後の気配に気がつく。■ ふっと振り返ってみると。■ <> 「かしこまりましたよー、隆也くーん」(店長)■ <> 「うあっ!店長、おどろかせないでくださいよっ」■ このグラサン店長、いつの間に背後に!□ コック帽からはみでたアフロが、□ もっさもさと動いている。■ <> 「今日も来てくれるとは、うれしいかぎりだーよ!□  私の愛情もたーっぷり注いでおくからね!□  はーっはっはっ!」■ <> 「あの、ふつーのコーヒーでいいですから」■ <> 「てんちょっ!こっちにいたんですか。□  アイスコーヒーふたっつ、おねがいしますっ」■ <> 「りょうーかいっ。さあ張り切ってつくるよーっ!」■ <> 「もう、すぐどっかにいっちゃうんだから……」■ ぼそっと独り言をつぶやいている店員。□ 苦労が多そうだな、と同情の視線を送る俺。■ その時ちょうど目が合う。□ 店員はえへへへ、と人なつっこい笑顔を向けてくる。■ <> 「あは、おもしろい店長ですよね」■ <> 「あ、ああ……たしかにね。□  えっとキミ、バイト始めたばっかなの?」■ <> 「はいっ!□  ちょうどあなたが、さいしょのお客さまですっ!」■ <> 「なるほどね、どうりでぎこちないと思った」■ <> 「ぎこちないですか?うう〜。□  なんかキンチョーしちゃって」■ たはは、と少しだけ困った顔をする女の子。□ ころころ表情の変わる子だな。■ <> 「俺、近所に住んでるから、□  これからもちょくちょく来ると思う。□  よろしく、えーっと……ノリノ、ちゃん」■ 『木野村 典乃』と書かれた名札を見ながらしゃべる俺。□ あれ、眉の端がピクリと動いたけども。■ <> 「……ノリノ、って誰です?」■ <> 「え? でも名札には書いてあるけれども……?」■ <> 「あの、読み方、ちがいますよ?」■ 女の子はやんわりと否定しているけれども、□ 明らかにムッとしている。■ <> 「あ、ごめんごめん。えーっと、ノリ……ナ?」■ <> 「あの、ちがいます」■ 眉間にしわを寄せて、語気に力を込められる。□ いかんいかん、ドツボにはまっているぞ。□ なんとかしないと……■ <> 「ごめんごめん。えぇーっと、ノリ……ユキ?」■ <> 「ちがうちがうっ!□  しかもノリユキなんて男の子の名前だしっ!」■ ドツボにはまってどっぴんしゃん。■ 火に油どころか、□ ガソリンを10リッターくらい注いでしまったようだ。□ むちゃくちゃ怒ってるんですけど?■ <> 「あーなるほど。なかなか面白い……」■ <> 「面白い? おもしろいってどーゆーイミなのっ?」■ <> 「いや、いやいや、怒らないで。なんつーか、こう……」■ <> 「どうせヘンな名前とか思ってるんでしょうっ!□  男の子みたいな読み方するしっ!□  えーっと、そーいうキミの名前はなんなのさ?」■ <> 「た、タカヤ。内藤 隆也」■ <> 「じゃあ、タカヤが、タカユキって呼ばれたら怒るでしょ?□  タカコってよばれたらおこるでしょっ?」■ おいおい、いきなり呼び捨てかよ。早苗ちゃんと同じかよ。□ 確かに名前を間違えたのは悪かったけどさ。■ <> 「まあ、そりゃあ怒るよ」■ <> 「そりゃ、ボクだって怒るわけだって!□  そんな男の子みたいな読まれ方されればっ!□  キミがはじめてだよ、そんな読み方したのっ!」■ <> 「あ……ご、ごめ」■ 謝ろうと口を開くも、怒り大爆発中の彼女に阻止される。■ <> 「読めない人はけっこういるけど、□  そんなにピントはずれてはなかったんだよ?■  それを、そんなノリユキとか□  ノリヒロとかノリスケとか……」■ いや言ってないのも混ざってるんだけど。□ うわすっげーおこってらっしゃる。■ <> 「はーい!隆也くんへの愛情たーっぷり注入!□  特製アイスコーヒーはいりましたー!」■ このさい細かいとこはムシして。□ 会計済ませて、とっとと逃げた方がいいな。■ <> 「そ、それじゃここにお金おいときますんで。□  ごめんね、ノリノちゃん」■ <> 「あーーっ!またまちがえてっ!」■ あ、またやってしまったっ!■ <> 「ご、ごめん。それじゃっ!」■ <> 「あっ、こらまてタカヤっ!」■ //------------------------------------------------- // 2-5 自宅前 //------------------------------------------------- <> 「はあはあ、ただいま」■ <> 「お、おかえりなさい」(可奈)■ おお、飯島さんが出迎えてくれたぞ!□ これだけでも苦労して買ってきた□ 甲斐があるってものだ。■ <> 「その紙袋……しぇいむおん?」■ <> 「そ、そうそう!□  すぐそこに喫茶店があってね、□  コーヒーのおいしい店でさ」■ <> 「ふふ、変わった名前ね」(可奈)■ 変わった名前と言われて。□ さっきまでの騒動を思い出してしまう。■ <> 「まあね。変わった名前……かもね」■ <> 「どうかしたの?」(可奈)■ <> 「な、なんでもない」■ <> 「でも喫茶店から買ってくるなんて、□  けっこうしたんじゃないの?」(可奈)■ <> 「あ、お金?□  大丈夫、そのへんはけっこう良心的な店でさ……あれ」■ <> 「なにポケットをごそごそしてるの?」(可奈)■ <> 「あれ、あれれ……さ、さいふが、ない」■ <> 「なによそれ。□  お金はちゃんと払ってきたんでしょ」(可奈)■ <> 「うん、払ったんだけど……□  そこから、どうしたっけ」■ あれ?■ ひょっとして、会話つながってる?□ つながってるよ、みんなっ!■ ちょっと間を空けたのが良かったのか?□ 表情だって笑ってるし。■ 嬉しさを隠しながらも、今の問題はサイフだ。□ 落ちつけ……記憶を手繰り寄せるんだ。■ <> 「えーっと、ちんまい店員がいて。□  話をしたら気に障ったらしくて、怒り始めて。□   <> 「ガーっていろいろ言われて。□  で、店長がコーヒーできたよって言って」■ <> 「うんうん」■ <> 「あわててお金を出して。この時サイフを出して。□  そして……あ、そん時だ。□  カウンターに置いたまんまだ」■ <> 「なんだ、隆也……くんの不注意じゃないの」■ <> 「うん、その通り。はっはっは……はぁ。□  取りにいってくるね」■ その時、玄関先でチャイムの鳴る音。□ 同時に元気いっぱいすぎる声が聞こえてくる。■ <> 「ごめんください、ごめんくださーい」■ あれこの声、さっき聞いたような。■ <> 「ちょっと待ってくださーい、今開けます……□  あれ、さっきの」■ <> 「うん、たしかにタカヤの家だ。この地図あってる」■ <> 「うわ、家までおっかけてきたのかよ」■ <> 「なにいってんの?□  あのさ、ボクがなんで来たか、わかる?」■ <> 「……なんとなく」■ <> 「だったら話は早いや。ほい、わすれもの」■ 典乃は財布をほいっと投げる。□ ほわっと受け取る俺。■ <> 「中にタカヤんちの地図はいってたから、□  店長にいってこいって」■ <> 「はは、わるいな。仕事中に」■ <> 「仕事中だからきたの!□  好きこのんでなんかこないって」■ ぷんすか、と頬をふくらませながら言われてしまう。■ <> 「はは……おっしゃるとおりで」□  ちょっと寄ってくか?」■ <> 「ううん。道くさたべてたら、店長におこられるもん。□  そうそう、店長からの伝言だよ」■ <> 「え?」■ こほん、と咳払いをする典乃。■ <> 「私のあーいじょうをビンビンに□  かーんじてもらえたかな?□  だってさ」■ <> 「……声色まねなくていいから。□  いえ、感じなかったっすって伝えておいて」■ <> 「……どうかしたの?」(可奈)■ <> 「うん、さっき言ってたしぇいむおんの店員」■ <> 「あら、かわいらしい制服ね」(可奈)■ <> 「え、あ、あ……こんにちわっ!」■ <> 「ふふ、こんにちわ」(可奈)■ <> 「サイフ届けにきてくれたんだ。名前が……」■ <> 「あの、あの!ボク、□  木野村 典乃(きのむら てんの)□  っていいますっ!」■ <> 「いっぽん木の木にのはらの野、ムラの村にじてんの典。□  あとぐにゅぐにゅってかく乃で、□  キノムラテンノですっ!」■ <> 「とくぎは走ることですっ!□  この前、陸上でインターハイに出たんですよ」■ <> 「お前、なにげにスゴイな」■ <> 「よろしくね、典乃ちゃん。私は可奈っていうの」■ <> 「あ、はいっ!よろしくおねがいしますっ!」■ おいおい、二人とも何をよろしくおねがいするんだか。□ と、ここで典乃にわき腹をつつかれる。■ <> 「ちょっとちょっとタカヤ。□  このキレーなひと、ひょっとして、□  タカヤのカノジョ?」■ <> 「いや、残念ながらちがうぞ」■ <> 「やっぱりね」■ <> 「やっぱりって思うのかよ。□  ……まあ、そうかもしれんけど」■ <> 「そりゃそうだって!□  こんなキレーな人としゃべったの、はじめてだよ。□  なんかね、ボクと住む世界がちがうってかんじ」■ <> 「ふふ、ありがとね典乃ちゃん」■ <> 「あの……すんごい、髪の毛キレーでいいですね。□  ボクの髪なんか赤っぽくて、気にいってないんです」■ <> 「そんなことないわよ。典乃ちゃんの髪だって素敵よ。□  髪型も似合っているし」(可奈)■ <> 「えへへ……あ、ありがとうございますっ!□  あと、あの、その……」■ 典乃は自分の胸元を見て、可奈の胸元を見て。■ <> 「ぼーんっ、てかんじで」■ <> 「ぼーん?」(可奈)■ <> 「あ、いえなんでもないですっ!」■ ……だいたい言いたいことはわかった。□ たしかに、ぼーんって感じだよな。■ <> 「あの、ボク、すぐそこの□  しぇいむおんって喫茶店で働いてます!」■ <> 「ぜひ近くに来たら、よっていってくださいっ。□  はいぱーサービスしますから!」■ <> 「うん、ありがとうね」(可奈)■ <> 「おう、ありがとうな」■ <> 「タカヤにはサービスしないもん。可奈さんだけだもん」■ <> 「ちぇっ。俺なんか近所に住んでるんだし、□  カードも持っているんだから、□  もっと優遇してくれよ」■ <> 「だからサイフ持ってきたじゃんか。□  ずいぶんユーグーしているつもりなんだけど?」■ <> 「う、そのとおりだ」■ <> 「ふふ、じゃあ遊びに行くわ。□  会うのを楽しみにしてるわね」(可奈)■ <> 「は、はいっ!ボクも楽しみにしてますっ!」■ <> 「オレも楽しみだな」■ <> 「タカヤは楽しみじゃないもん。名前まちがえたし」■ <> 「だから、ゴメンって謝っているだろーが。□  えっと……」■ //選択肢 1 テン……ノ、だよな?(2-5-1)へ□ 2 ノリ……ユキだよな?(2-5-2)へ■ //------------------------------------------------- // 2-5-1 テン……ノ、だよな? //------------------------------------------------- <> 「そうそう!覚えたじゃん。えらいえらい」■ <> 「お前、俺をバカにしてるだろ?」■ <> 「バカになんかしてないよ?□  タカヤはバカだからそう思うんじゃないの?」■ //------------------------------------------------- // 2-5-1 ノリ……ユキだよな? //------------------------------------------------- <> 「だーからっっ!テ・ン・ノ!□  辞典の典にうにゅうにゅの乃!」■ <> 「なんだその、うにゅうにゅってのは」■ <> 「いーの!ちょうどいいたとえが浮かばないんだからっ!うーっ!」■ <> 「お前、バカだろ?」■ <> 「サイフを忘れるタカヤに言われたくないやいっ。ばーかっ」■ //------------------------------------------------- // 2-6 自宅前 //------------------------------------------------- <> 「ああ言いえばこう言うやつだな」■ <> 「あ、そろそろ戻らなきゃっ。□  可奈さん、おまちしてますねっ!□  タカヤのばーかー」■ <> 「ふふっ、またね。お仕事がんばってね」(可奈)■ <> 「またね、ノリノちゃん」■ <> 「うーっ!こんどあったとき、おぼえてろーっ!」■ ばたばたばたんっ!と勢いよく出て行く。■ <> 「とっても元気で、おもしろい子ね」(可奈)■ <> 「……おもしろすぎ、じゃないかな」■ はは、と思わず苦笑する。□ 世の中って、広いな。いろんな人間がいるもんだ。■ 愛情たっぷりアイスコーヒーを飲みながら。□ 俺はばたばたと遠ざかる足音を聞いていた。■ //------------------------------------------------- // <二日目終了> //------------------------------------------------- //------------------------------------------------------------------------------ // 8月3日 <三日目> //------------------------------------------------------------------------------ //------------------------------------------------- // 3-1 自宅 //------------------------------------------------- // 美幸との再会 目を覚ましたら。■ ダンボール箱とキスをしていた。□ うわぁ、なんて最悪な出会い。■ 上半身だけを起こして見回してみて。□ いまだ片付かないダンボールの箱、はこ、ハコ。■ 差し込む日の光が、□ 散らかっている部屋をはっきりと照らしている。□ 今日も暑くなりそうだ。■ 昨日、飯島さんと荒巻に手伝ってもらったものの、□ 一日ですべて整理するのはムリだった。□ 結局、途中であきらめてメシ食いにいったしな。■ ……やるしかねえ。□ もう今日中に終わらせてやる。■ 女の子が遊びに来て、■ 『わあ、タカヤ君の部屋ってキレーなのねー』■ 『うふふ、そんなことないよふふふ』■ なんて会話ができるようにしてやるっ!■ <> 「うふふふふっ」■ ……いかん、暑さで頭がやられている。□ 夏のせい?天然のせい?俺のせい?■ とにかく、始めるとするか。■ ………■ ……■ …■ やる気になれば早いんだよ俺は。□ やれば出来る子なんです、この子は。■ 綺麗さっぱり片付けて、□ ふうう、と一息つく。■ 同時に、腹のむしがぐるるる、と鳴る。■ よくよく考えてみると、□ 朝メシも食わないで整理にボットーしてたもんな。■ 自炊するにも材料ないし、そんな気力もないし。■ ……なら、行き着く先は。□ あそこしかないじゃないか。■ //------------------------------------------------- // 3-2 喫茶店内 //------------------------------------------------- //BGM しぇいむ☆おんのテーマ //BG 喫茶店 <> 「いらっしゃ……なんだ。隆也か」(早苗)■ <> 「なんだとはなんだ!」■ <> 「はぁ……」■ <> 「おいこらその態度は酷くないか? 俺は客だぞ」■ <> 「アタシだって、お客様を選ぶ権利はあるわよ」■ <> 「あるのかよっ! 平等に接客してくれっ」■ <> 「普通のお客さまには、普通に接客するわよ。□  ふつーじゃない人には、それなりに対応するわ。□  そういうことよ」■ <> 「ひ、ひでえ」■ <> 「どっちがひどいんだか」■ <> 「そんなにパンツのことを□  引きずられても困るんだけど」■ ガキッ!■ <> 「殴るわよ!」■ <> 「お約束だけど、□  殴ってから言うなよな!」■ <> 「殴るほうだって痛いのよ! まあいいや。□  後で注文取りに行くから、適当に座ってて。□  メニューはそこの棚にあるから、持っていってね」■ <> 「セルフサービスなのかよ」■ <> 「じゃ、ごゆっくりどーぞー」■ <> 「なんか心がこもってないんだけど」■ 俺の問いかけはあっさり無視されて。□ そのまま店の奥に姿を消した。■ なんて店員だ。□ 客と店の立場が完っ全に逆転してるんだけど。□ それでも言われたとおりにメニューを持っていく。■ ぺらり、ぺらりとメニューを眺める。□ 喫茶店のわりに、料理が充実しているんだよな。□ おとといは注文してないから分からなかった。■ サンドイッチだけで、こんなに種類あるんだ。□ まーた写真がうまそうに撮ってあるし。□ BLTって、なんの略だっけ?■ こっちはクラブハウスサンドか。□ うーん、こんがり焼かれたトーストにはさまれた□ タマゴとレタスとベーコンが、たまらなくうまそうっ!■ <> 「……ご注文、お決まりでしょうか?」■ あれ?■ 客をグーで殴る女の子じゃないし、□ 名前をまちがえたらキレる女の子でもなく、□ 俺の姿を見たら逃げだす女の子とも違うぞ。■ ずいぶんとおとなしい感じの女の子だ。□ 今だって、ささやくような声だったしな。□ でも、喫茶店の店員はこうじゃないと。■ きれいな黒髪に赤のリボンが□ ワンポイントで映えている。□ か、かわいいっ。■ ここ数日、会う女の子という女の子の全てが、□ 滅茶苦茶クオリティ高いんですけど。■ <> 「あの……、ごちゅうもんを……」■ <> 「あ、ごめんごめん。□  それじゃ、クラブハウスサンドとホットで」■ <> 「はい、かしこまりました。□  しばらくお待ちください……」■ しずしず、と店員は厨房に入っていく。■ ほんと、おとなしい子だな。□ むちゃくちゃな接客の後だから、□ 余計にそう思えるのかもしれない。■ なにか、引っかかるんだけどな。□ まあ、いいや。■ ………■ ……■ …■ さーて、引越しも終わったし。□ これからどーしよっかな。■ これから、というのは俺の夏休みの計画のこと。■ 実家に帰っても、なんもやる事ないし。□ どうせ帰った数日はチヤホヤされるんだろうけど、□ 数日たてばやっかい者扱いされるんだし。■ ゴールデンウィークの時に帰って分かった。□ 実家にはあんま長居するもんじゃない。■ それだったら、暑くってもこっちに□ 残っていた方が、まだマシだよな。■ 立ち退き料のおかげで、□ バイトしなくても十分遊んでられるしな。□ 引越し代は二人へのメシ代だけで済んだから。■ 荒巻とつるもうにも、□ 鮫島さんとこのバイトがあるんだっけ。□ じゃあ俺はどうしよっかな……■ <> 「……お待たせいたしました」■ お、こんな余所ごとを考えているうちに、□ 料理はできあがったぞ。■ かりっと焼かれたトーストと、□ 深く煎られたコーヒーの香りが□ 俺の鼻に届く。思わずツバが出てしまう。■ <> 「ご注文の品は以上でお揃いでしょうか?」■ <> 「あぁ、そ……」■ そろってます、と言おうとして。■ なにかが引っかかる。■ 注文を取りに来た時から、□ 何かが引っかかっていた。■ どこかで、この子と会っているような。■ どっかで見たのか会っているのか、□ 覚えがあるよなないような。■ 『どこかでお会いしたこと、ありませんか?』□ なんて聞いてみようか。■ でも、こんなの陳腐なナンパ野郎の□ セリフじゃねぇかよ。■ でも、でも、本当にどっかで会っているんだってっ!□ それを思い出せないだけでっ。■ ここは、素直に聞いてみるか?■ ええい、ままよっ!□ (最近、同じような決断をした気がするけど)■ <> 「あ、あの……」■ <> 「……はい?」■ <> 「どこかで、おあっ!」■ あっ、お、思い出したっ。■ この子はそうっ。□ おふくろフランケンのっ!■ ……じゃなくて。□ 電車のときに乗り合わせていたあの子だっ!□ 薬ビンを拾ってくれた、あの心優しい女の子だ。■ そう、都会に咲く一輪の花だっ!□ 服がすっかり違うもんで、ぜんぜん気がつかなかった。■ <> 「あーっ!」■ <> 「……っ。□  あの、店内で大声を出すのは□  他のお客さまの迷惑になりますので……」■ <> 「す、すいません。□  それよりもっ!□  あの、電車の中ではありがとうございました」■ <> 「……?」■ <> 「覚えていないのは、当然だよね。□  ほら、おとといの、昼過ぎの電車の中で、□  俺、薬ビンおっことしちゃって。□    その時に、ひろってくれて」■ <> 「……あ」■ やった、思い出してくれたっ。■ <> 「あの時の、変な人……」■ うーわ、ショックだよ。■ ただ微笑んでお礼を言おうとしただけなのに、□ ヘンな人って認識されてるし。■ <> 「と、ともかくっ!□  あの時はありがとう。□  改めて、礼を言うよ」■ <> 「……そんな、礼を言われるようなことは□  していません」■ <> 「いや、そんな事ないって!□  あの時、正直ヘコんでいたんだから。■  あのさ、俺、田舎から上京してきてね。□  まだイマイチこっちの人に慣れてなくって。■  ほら、あんまり人と関わるのイヤがるでしょ?□  隣の部屋に誰が住んでいるのかも興味ないような。□  みんながみんな、冷たい感じで」■ <> 「……」■ <> 「電車で荷物を落として、改めてわかった。□  困っている人がいても、実際に助けてくれる人なんて□  一握りなんだろうなーって、思って。■  そんな暗い考えをしていたときに、□  助けてくれたのがキミで。□  少しだけ、ヘコんでた心が元に戻ったよ」■ <> 「……そんな、私は」■ <> 「でも、お礼を言おうとしたけど□  言いそびれちゃって。□  よかった、こうして改めて礼が言えて」■ <> 「……そうですか」■ ここで、ちょっと下心が出てきてしまう。■ ……仕方ないだろよ。□ こんなカワイイ子とお近づきになるなんて、□ なかなか無いことなんだからよっ。■ <> 「そ、そうだ。□  何かお礼をしたいんだけれども」■ <> 「……いえ、結構です」■ <> 「そんな、何でもいいからっ□  エルメスのティーカップとかどうかな?」■ <> 「け、結構ですからっ!」■ 彼女にしては大きな声だった。□ はっきりと拒絶されてしまう。■ そして、この声を聞きつけてやって来たのは、□ ごぞんじグーで殴る女だ。■ <> 「ちょっと隆也っ!□  あんた今度は何をしたのよっ」■ <> 「なんにもしてねぇっ。□  ただ、お礼をしようとしただけだ」■ <> 「そうなの、美幸ちゃん?」■ みゆきちゃん、と呼ばれた女の子は、□ 何も答えようとしない。■ <> 「なるほど、そんなことがあったの。□  美幸ちゃんが無口だからって、□  よくもそんなでたらめを言えるわね!」■ <> 「ちょ、彼女は何にも言ってないじゃねぇかよ」■ <> 「言わなくてもわかるのっ。□  アンタ、何をしたの?」■ <> 「そんな、怒られるようなことは何も……」■ <> 「……あの、早苗さん」■ <> 「美幸ちゃんは黙ってて。全部アタシに任せて頂戴。□  この破廉恥な男を、□  アタシの鉄拳でもって改心させてあげるから」■ 早苗ちゃんの右拳になんかオーラみたいなものが。□ もちろん気のせいだけど。■ <> 「おい、ちょっとは俺の言葉にも耳を傾けてくれっ!□  俺は無実だっ」■ (じーっ)■ <> 「ふーん。でもね。□  無実の人間は被害者に大声を出させたりしないわよ」■ (じーっ)■ <> 「だから、確かに俺にも非はあるかもしれないけどっ。□  事情があるんだって」■ (じーっ)■ <> 「アンタの事情なんて知らないわよっ」■ (じーっ)■ ……なんか、視線を感じるんですけど。■ <> 「……あの、何か御用ですか?」■ <> 「あー、あたしのことは気にしないでいいから。□  ささ、続けてつづけて」■ <> 「だいたい二日前だって□  里美にストーカーまがいの事して、□  いったいなにを考えてるのよっ!」■ <> 「してねえよ! それは完璧な誤解だ。□  ちゃんと説明したじゃねぇかよっ」■ (じーっ)■ ……どうにもこうにも、やりづらいんですけど。■ <> 「おい、ちょっといいか?」■ <> 「なによ」■ <> 「さっきからそこでじーっと見ているこの女性。□  この人は一体だれ?」■ <> 「あら、邪魔しちゃった?ごめんなさいね。□  ついつい気になっちゃって」■ ふふふ、と笑みを浮かべるコック服の女性。□ 大人の余裕、という感じだぞ。□ ……ずいぶんと、スタイルも大人って感じで。■ <> 「好きなのよ、□  こーいう若い男女揉め事がこんがらがって、□  収拾がつかなくなる様がね」■ <> 「それは、また……」■ あんまいい趣味じゃないっすね、と□ 言おうとしたけれども、□ それはそっと心の内にしまっておくことにした。■ <> 「ほらほら、あたしの事はいいから。□  再開しないの? ふぁいと! ふぁいと!」■ <> 「ふぁいと! じゃないですよ志津江さん。□  なにかあるたびに厨房から逃げ出すんだから。□  はやく厨房にもどって下さい」(早苗)■ <> 「あら、ざーんねん。□  せっかく楽しそうだったから見にきたのに」■ <> 「いや、そんな楽しいことなんてないですよ。□  むしろ俺は参ってるんですけど」■ <> 「そうなのかしら?□  はたから聞いているとね、□  色男の修羅場って感じだったけど?」■ <> 「それはおっきな勘違いです」■ <> 「ふふ、そうよね。□  そんなにモテそうにないものね」■ ぐ……図星。ずぼしなんだけど。□ いきなり初対面の人間に言うことじゃないだろ。■ <> 「志津江さん。そろそろ仕事にもどった方が……□  料理の注文、けっこうあったと思うんですけども」■ <> 「そうね、そろそろ戻ろうかしら。□  その前に、そこの少年に□  言っておきたいことが二つあるの」■ <> 「……何ですか?」■ <> 「まず一つ目はね。恋愛ごとで悩んだら、□  この志津江(しづえ)おねーさんに□  どーんと相談してね」■ <> 「あはは……考えておきます」■ <> 「あと、もう一つは」■ <> 「はい」■ <> 「なるべくお店の中で喧嘩しないでね、って事。□  ほら、他のお客さまの迷惑になるでしょ?」■ <> 「喧嘩はなかよく、お外でしてね♪□  それじゃあ、またね」■ 志津江さんは、しゃなりしゃなりと厨房へ戻る。□ たしかに、大声で騒いでたもんな。□ すいませんです。■ 俺は最敬礼をもってして志津江さんを見送った。■ //------------------------------------------------- // 3-3 喫茶店内 //------------------------------------------------- <> 「そういう訳で、店内はお静かにお願いします」■ 仁王立ちの暴力女に、ぴしゃりと言われてしまう。■ <> 「……はい。□  ご、ごめんね、美幸ちゃん」■ <> 「……」■ 何にも答えてくれない。□ 聞こえてはいるんだろうけど、□ なにも反応してくれない。■ そのまま、背を向けて去ってしまう。■ <> 「まーったく、本当に困った客ね。□  ほら、早く食べて出ていきなさいよ」■ <> 「ゆっくり食わせてくれよっ!□  ううう、コーヒーがしょっぱく感じる……」■ <> 「何をやっているんだか。□  はいはい、サッサと食べて帰った帰った!」■ <> 「……お前だな」■ <> 「なにがよ」■ <> 「お前だな、疫病神は」■ <> 「はぁ?」■ <> 「お前のせいだっ!□  お前のせいで、女の子と出会えても□  嫌われるばっかりでっ!」■ <> 「里美ちゃんにしてもそうだ!□  美幸ちゃんにしてもそうだ!□  飯島さんにしてもそうだっ!」■ <> 「はぁ?なによそれ。なんで私のせいなのよ。□  ……というか、飯島さんってだれ?」(早苗)■ <> 「う、うるさいっ!お前には関係ないっ。□  とりあえず姉妹ってことで、□  お前の口から里美ちゃんの誤解をといてくれよ。■  なんかまだ警戒されてる感じがするんだけど」■ <> 「いやよ」■ <> 「即答かよっ!?」■ <> 「言うべきことはちゃんと言ったわよ。□  これ以上は本人たちの問題よ。■  そもそもどうして□  隆也のフォローをしなくちゃいけないのよ。□  悪いのは隆也じゃない」■ <> 「た、たしかにつゆ草を踏んでたのは悪かった。□  でも、わざとじゃないんだって」■ <> 「わざとじゃなければ、□  何をやってもいいと思ってるの?□  そういう考えが、犯罪を助長しているのよ」■ <> 「人を犯罪者よばわりすんなっ!□  そっちがそう来るなら、俺にも考えがあるぞ」■ <> 「なによ」■ <> 「ここでパンツの色と柄を大声で発表する」■ (殴られる音)■ <> 「ごふぉぅっ!」■ <> 「バカッ! 変態っ! 何考えてんのよっ!」■ <> 「お、お盆で殴るのも何を考えてんだよっ。□  お盆は立派な凶器だぞっ」■ <> 「これは正当防衛よ!」■ <> 「たのむから、ちょっとはフォローしてくれぇっ!」■ <> 「……お姉ちゃん」(里美)■ <> 「うわぉっ!」■ <> 「里美どうしたの?□  今日はシフトじゃなかったと思ったけど」■ <> 「うん、ちょっと。様子を見にきたの。□  それで叔父さんに、□  良ければ手伝ってくれないかって言われたの。■  それでね、□  叔父さんがお姉ちゃんのこと呼んでいたよ」■ <> 「あ、いっけなーい。□  こんなとこで変態客相手に、□  無駄な時間を過ごしている場合じゃなかった」■ <> 「変態客ちゃうわっ!□  早く仕事に戻っちまえ! しっしっ」■ <> 「言われなくても戻るわよっ。□  ところでさ、飯島さんって誰なのよ?□  隠してないで教えなさいよ」■ <> 「う、うるさいなっ! 早くあっちに行けっ」■ <> 「ズイブンな言い方ね……。ふーんだ。□  フォローなんか、しないからね」■ それは困る、と思ったんだけど。□ そのフォローすべき人が、俺の正面に立っている。□ ここは……どうする?■ <> 「あ、里美ちゃん。元気かい?」■ <> 「そ、それでは……」■ ほーら、やっぱりよそよそしい。□ 完全に避けられてるもんな。■ <> 「あははは」(典乃)■ どうすればいいんだ。■ <> 「あはははは」■ なんか、笑い声が聞こえるんだけど。□ しかも、俺に向けられているような。■ <> 「あはは、里美ちゃんに□  すっかり嫌われちゃったねえ。□  ざーんねんっ」■ <> 「ほ、ほっといてくれっ」■ <> 「そ、それでは……。だってさ!□  完全にイヤがられてたよー。□  もう同じ空気をすいたくないって感じだったもん」□   <> 「うう……そうだよ、そうだよな……」■ <> 「うーわ、ホントにヘコんじゃってるんだ」■ <> 「うるせえ、ノリノっ!□  これ以上、傷口を広げなくてもいいだろうがっ」■ <> 「ノリ……ノ?」■ あれ?□ なんか新たに地雷を踏みました、ってやつか?■ そうそう、そう言えば。□ こいつの名前は……■ (お盆で殴られる音)■ <> 「がふぅっ!」■ <> 「また名前をまちがえてーっ!」■ <> 「テンノ!□  ノリノじゃなくって、□  テ・ン・ノ!」■ <> 「わ、わかったから、□  お盆で殴るのはやめてくれ……□  今日二回目なんだから」□   <> 「ううーっ!□  なんでそんなにまちがえるのさーっ。□  ばかーっ!」■ <> 「ひ、ひでえ店だ……□  コーヒー飲みに来たらお盆で殴られるわ□  バカ呼ばわりされるわで」■ <> 「そんなの、タカヤがいっぽーてきに□  悪いんじゃん。ばかー!」■ <> 「また言うか、コイツは……□  しかし今日は、店員の数が多いような」■ <> 「あ、ボクは見習いだから。□  まだしごとに慣れてないからね、□  店長にたのんで働かせてもらっているのだ」■ <> 「ふーん、ずいぶん殊勝な心がけだけど。□  お客さまをお盆で殴るのはどうかと思うぞ」■ <> 「いーのいーの、タカヤだから」■ <> 「よくねぇっ!本当にコイツは……□  あ、ほら、客がきたぞ。□  ちゃんと仕事しろ」■ <> 「いわれなくても、仕事しますよーだ。 (入り口に移動)□  い、いらっしゃいませっ!」■ <> 「あら、典乃ちゃん。こんにちわ」(可奈)■ <> 「こ、こんにちわっ!□  さっそく来てくれたんですねっ!□  うれしいなーっと」■ <> 「ふふ、私もうれしいわ。□  ちょうどこの辺に用事があったからね」■ <> 「用事って、タカヤの部屋ですか?」■ <> 「ふふ……まあ、ね。□  でも、本人はいなかったんだけどね。□  だから、典乃ちゃんいるかなと思って、寄ってみたの」■ <> 「わーい、うれしいなっと!□  あ、そうですそうです」■ <> 「可奈さんが探してるバカは□  そこに座ってますけど、どうしますか?」■ <> 「ば、ばか?」■ <> 「うん、タカヤそこにいますよ」■ <> 「え、えええっ!」■ あれ、あそこにいるのは……飯島さん?■ <> 「こ、こんにちわ」■ <> 「あ、飯島さん奇遇だねぇ。□  ちょっとびっくりしたよ」■ <> 「……」■ ははは……やっぱ機嫌がわるいのね。■ <> 「可奈さん可奈さんっ! □  こんなバカはほっといてっ!□  ボクといっしょに、ここで働きませんかっ」■ <> 「え、ええ?」■ <> 「ここ時給もいいですし、□  みんなも優しい方ばっかですし!」■ <> 「オマエ以外はな」■ <> 「うるさーいっ!□  さあさあ、こんなバカはほっといて。□  どうですか?」■ <> 「あ、たしかにバイトを□  始めようとは思ってたんだけど……」■ <> 「面接に行ったところがあってね、□  その結果待ちなの」■ <> 「そ、そうなんですかっ!□  ちょうどよかったっ!」■ <> 「あの、制服を着てみるだけでもっ。□  ここの制服、かわいいんですよ」■ <> 「え、ええっ?」■ <> 「さあさあ、たしか余ってた服が□  ありましたからっ!さあさあっ!」■ <> 「わ、わわわっ」■ ……飯島さん、むりやり奥に連れて行かれたけど。□ 強引なやつだな、典乃は。■ <> 「……ふーん、あれが飯島さんね」(早苗)■ <> 「うわっ、いきなり出てくるなっ!」■ <> 「ずいぶんと綺麗な人じゃない?」■ <> 「お、お前には関係ない」■ <> 「ふーん、まあそうだけども」■ <> 「と、ところでっ!□  せめて、美幸ちゃんにはフォローしてくれないか?□  完っ全にキラわれてるんだけど」■ <> 「そんなの知らないわよ」■ <> 「俺を見捨てないでくれ」■ <> 「見捨てるも何も、手遅れよ。□  無言で去ったのが、すべての答えよ□  ファイナルアンサー、英語分かる?」■ <> 「そ、そうなんだけども……□  そめてもうちょっとこう、マシなくらいには□  関係を修復したいんだよっ」■ <> 「なら、自分でなんとかしなさいよ。□  ほら、ちょうど来たわよ?」■ <> 「……」(美幸)■ <> 「や、やあ、美幸ちゃん」■ <> 「……」(何も言わずに去っていく)■ <> 「はい、しゅうりょうー」■ <> 「うるさいっ!□  まだ始まったばっかじゃねえかよっ!」■ <> 「知らないわよそんなの」■ <> 「ひ、ひでえ……」■ <> 「あきらめた方がいいんじゃないの?□  もう無理よ」(去っていく)■ まあそうなんだけど。□ ここまで強烈に嫌われると、□ どうにもならないんだろうけど。■ それでも……希望は捨てたくないんだよっ。□ ううう……■ <> 「……」(可奈)■ ううう……□ 誰かこんなオレをやさしく慰めてくれ……■ どこかに恋のキューピッドは、いないものか……□ 頼むから誰かのハートに矢を貫いてくれよ……■ <> 「い、いらっしゃいませ」■ 俺のハートに矢は貫かれましたよ。□ ……なんか元気でてきた。■ 制服の似合いっぷりに、ぼーっと眺めてしまう。■ <> 「あははー、可奈さんすっごく似合ってますよ!□  ほら、タカヤも顔がゆるみっぱなしだし」(典乃)■ <> 「う、うるさいっ!」■ ここで、二人の制服姿を見比べてみると……■ なんていうか。■ 胸の辺りが、こう……■ デザインが別物じゃないのかってくらい、□ 違うんですけど。□ マジでぼーんって感じだぁ。■ <> 「でもね典乃ちゃん。□  面接の結果を待っている所があるから、□  バイトするってすぐには決められないの」■ <> 「そうですかー……□  じゃあ、そこがもしダメなら、□  しぇいむで働いてくださいっ!」■ <> 「こーゆーヘンな客はきますけど、□  とってもいい職場ですからっ!」■ <> 「……おい典乃。□  俺を指さしながら、ヘンって言うな」■ <> 「あはははっ!□  あ、お客さんが来ちゃった。(去っていく)□  い、いらっしゃいませっ!」□   <> 「……」(可奈)■ 思わず見惚れてしまう。■ しかし……いいなあ。■ こんな店員がいたら、毎日でも通うのにな……■ <> 「あ、あの」■ <> 「……えっ?」■ <> 「ちょーっとまったぁっ!隆也くーんっ!□  私の制服もじーっと見てほしいなーぁっ!」(店長登場・私服で)■ <> 「うわぁーっ!□  なんですかそのピチピチな服はっ!□  コック服はどうしたんですかっ!」■ <> 「うん、脱ぎ捨てたよ。□  この服がっ!真の制服だからねーぇっ!」■ <> 「バカなこと言わないでくださいっ」■ <> 「私はね、隆也くん。□  おととい君を抱きしめーた時にだね」■ <> 「あ、間接技を極められたときですか。□  誤解を招きますから」■ <> 「こう、私の小さなちいさなハートにねぇ!□  恋のキューピッドが、ずぎゅーんと□  幸せの矢を貫いてきたんだよーっ!」■ <> 「……言ってることが、理解できないんですが」■ <> 「つまりは、隆也くん」■ <> 「はい」■ <> 「私はキミに、フォーリン・ラヴってこーとさ!□  はーっはっはっ!」■ 恋のキューピッドはいたけど、□ 貫くハートを間違えているよーっ!□ キューピッド、出てこーいっ!■ <> 「……ところで。□  キミは、ここでバイトをしたいのかな?」■ 飯島さんを見ながら、店長は話しかける。■ <> 「あ、そ、そういうことでは……」■ <> 「うん、合格!□  さーっそく、明日から来たまーえ」■ <> 「え、ちょっと、そういうことでは……」■ <> 「店長ー、コーヒーの注文、おねがいしますね」(志津江)■ <> 「はーっはっは!□  まーっかせたまえっ!□  では隆也くん、またね」■ <> 「ふう、店長にも困ったものね。□  すぐに厨房から抜け出しちゃうんだもの」■ <> 「いや志津江さん。□  人のことを言えないような気がするんですが」■ <> 「アタシはいいの、□  仕事は店長にぜんぶ丸投げしちゃうから」■ <> 「す、すごいですね。□  そこまではっきり言い切るとは」■ <> 「志津江さーん、料理の注文があるんですけど」(可奈消えて早苗)■ <> 「うふふ、見つかっちゃった」■ <> 「可愛らしく言ってもダメです。□  さあさあ厨房に戻ってください」■ <> 「はーい、戻るわね。□  ……そうそう、隆也くんに□  言っておくことがあったわ」■ <> 「なんですか?」■ <> 「店長は、本気よ」■ <> 「……マジですか」■ <> 「うふふ、それじゃぁね」(志津江去る)■ <> 「もーうっ、店長も志津江さんも、□  すぐにどこか行っちゃうのよね」■ <> 「……お前も、苦労してるんだな」■ <> 「ところで、隆也。□  飯島さんって……隆也の、なんなの?」■ <> 「何って言われても……□  同じ大学の、サークル仲間なんだけど」■ <> 「……ふーん、そうなんだ」■ <> 「お姉ちゃん、店長が呼んでいるよ」(里美)■ <> 「はいはーい、今行くね」■ <> 「さ、里美ちゃん。種から芽は出た?」■ <> 「あの種は、一日では芽はでません」■ <> 「あはは、タカヤったらバカじゃないの?□  そんなの小学生でも知ってるよ?」(典乃)■ <> 「なんでオマエが割り込んでくるんだよっ!□  小学生みたいな体のくせにっ!」■ <> 「?!」(里美去る)■ <> 「え? 違う!□  さ、里美ちゃんのことじゃないんだってば!□  おーいっ」■ (お盆で殴られる)■ <> 「おあぶっっ!」■ <> 「するってーと、ボクのことじゃないかよーっ!□  なに言ってんのさーっ!」■ <> 「いたた……。殴られるのはこれで三回目かよ……。□  でも、間違ったことは言っていない」■ <> 「なにをーっ!」■ <> 「わ、わかった、わかったから。□  お盆を振り回すのはやめろっ!」■ <> 「……」(美幸)■ <> 「あ、美幸ちゃん……、たすけて」■ <> 「……」(美幸 去る)■ 完全にムシですか。■ <> 「どうしたの、典乃ちゃん」(可奈)■ <> 「あ、可奈さんっ!□  タカヤがボクのこと、しょうがくせいってっ!」■ <> 「しょうがくせい?」■ <> 「はーっはっはっ!□  おまたーせ、隆也くーん!□  オムライスだーよっ!」(典乃退場 店長登場)■ <> 「頼んでないですよっ。□  しかも、ケチャップでハートが書いてあるしっ」■ <> 「これは私からのサービスだーよっ!□  さあ、愛情を感じてほしいなーっ!」■ なんか俺、店長に気に入られてしまったみたい。□ 本当はバイトの女の子たちと仲良くなりたいのに!■ <> 「ふふ、モテモテね隆也くん」(可奈退場 志津江登場)■ <> 「どこをどう見たらモテてるんですかっ!」■ <> 「意外と鈍感なのね隆也くんって。□  店長にモテモテじゃない」■ <> 「悪い冗談はやめてくださいっ」■ <> 「どうやら店員公認の仲になってしまったようだね。□  さあさあ、私が食べさせてあげるかーらっ!□  はい、あーん」■ <> 「や、やめてくださいっ」■ <> 「店長っ、志津江さんっ!□  早く厨房に戻ってくださーいっ!」(店長退場 早苗登場)■ (ここで携帯の着信音)■ <> 「あらあら、また見つかっちゃった。□  ……隆也くん、ケータイ鳴ってるわよ?」(志津江退場)■ <> 「誰からだ? もしもし……」■ <> 「あ、もしー、隆也ー?」■ <> 「おう、どうした?」■ <> 「あのさー、昨日のコーヒーありがとねー。□  トラックの中でねー、飲んだんだけどさー」■ <> 「はっはっは!ふっかーつっ!」(店長登場)■ <> 「わ、わわわっ!□  悪い荒巻、要点をすばやく言ってくれるか?」■ <> 「うんー、わかったー。□  あのねー、コーヒーがねー、□  すっごいおいしくってねー」■ <> 「お前、わざと冗長に言ってるだろ?」■ <> 「そんなことないよー。□  それでねー、コーヒーなんだけどねー」■ <> 「さあ、私の愛情たっぷりの□  オムライスを、ゆーっくりと□  味わってほしいなーぁっ!」■ <> 「店長っ、はやく戻ってくださいっ!」(早苗)■ <> 「お姉ちゃんも、□  トレイのコーヒーをお客様に出さなきゃ」(里美)■ <> 「タカヤーっ!□  よくもよくも、しょうがくせいってっ!」(典乃)■ <> 「隆也……くん。□  あのね、聞きたいことが……」(可奈)■ <> 「……」(美幸)■ <> 「なんか楽しくなりそうね、ふふふっ」(志津江)■ <> 「わ、わるい荒巻、あとでまた電話する。□  んじゃなぁっ!□  うわぁぁぁぁ、てんちょうっっ!!!」(ぶつり、と切れる音)■ //(ここから荒巻一人語り) あ、切られちゃったー。■ なんかにぎやかそうで、楽しそうだったなー。■ せっかく、どこのお店のコーヒーなのか□ 聞こうと思ったのになー。■ 久しぶりに、こんなおいしいコーヒーを□ 飲んだ気がするよー。■ ……あれー。■ なーんだ、紙袋に書いてあったよー。□ これは盲点だったねー。■ えーっと、なになにー……■ 紙袋に色鮮やかに書かれてある、□ 可愛らしい英文字のロゴ。■ 僕は、声に出して読んでみた。■ <> 「しぇいむ☆おん」■ 現在、鋭意製作中ですっ!■ //------------------------------------------------- // <三日目終了> //------------------------------------------------- //prolog終了